満天の夜空
店員にラーメンを注文したとき、訝しげに見られたと秋人は錯覚した。居心地が悪い。
店内に設置されたテレビは火星との戦争についての報道がされている。どうやら日本はまだどこも攻撃を受けていないらしい。しかし日本の軍人が何人か死んだということも報じられている。先の光景を思い出す。彼らも戦地へ行くのだろう。近くの席に座っている人たちの会話でこの市にはアメリカ軍基地があるということがわかった。これからも戦闘機が飛び交うことになるのだろうか。
あまり箸が進まなくて、最後の方は麺が伸びてしまっていた。
午後は野宿セットや生活用品を買うのに時間を使った。この年齢だからホテルには泊まれない。泊まれたとしても野宿セットを買うほうが長期的に見て安く済むと判断した。
ショルダーバッグは捨てて、大きめのリュックサックに買い替えた。これで金が尽きるまではひとりで生きていける。財布の中身は半分以上が減っていた。これからは節約しなければならない。
秋人は銭湯に足を運んだ。毎日とはいかなくてもできるだけ風呂は入りたい。
人は少なかった。老人が数人と親子が一組。髪と体を洗って湯船に浸かる。秋人は天井を仰いだ。
今頃家族はどうしているだろうか。僕が帰ってこなくて慌てているだろうか。いや、そんなはずはないか。多分だけどあの人たちは僕の捜索願いだって出さないだろう。
憂鬱になっていく。秋人はそれを誤魔化すために両手でお湯を掬って顔にパシャリと吹っかけた。
風呂を出てコンビニで買った新しい下着を履く。服は朝から着ているやつのままだ。明日は服を買って、クリーニングに出そう。
秋人は銭湯を出てひとり歩く。夜風がぼんやりとした頭を冷やしてくれて心地いい。視線を上げると満天の夜空が広がっていた。星がひとつひとつ、それぞれの輝きを放っている。
どこかで戦いが起こっているとは信じられない光景だ。地球はこのまま安らかな眠りにつくのだろうか。そうであるなら美しい終わりだ、と秋人は思う。
寝床を探しながら歩いていると河川敷に着いた。ちょうど橋がある。この下にテントを張って眠ろう。
鈴虫の声が聞こえる。車が通る音も聞こえる。秋人は不慣れながらも一心不乱にテントを張った。
中にマットを敷いて重いリュックを下ろす。そして寝袋に入った。
疲れがどっとのしかかる。まぶたは自然に閉じていった。
……けれど、眠れない。寝ようと思っても嫌な記憶と途方もない不安が脳を締め尽くす。
あの人たちから逃げることができた。自由になった。けれど秋人にとっての自由は不自由でもあった。味方は誰ひとりとしていない。ひとりで生きていかなければならない。
寂しかった。孤独はどこに逃げても追いかけて来ていた。涙がじんわりと滲む。
「くそ……くそッ……!」
逃避行初日の夜は嗚咽が止まらなかった。
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