今を生きる君たちへ

福山慶

世界の終わり 逃避行の始まり

 篠原しのはら家のリビングは薄ぼんやりと照らされるテレビの音のみがこだましている。テレビを見ているのは中学二年生の秋人あきとただひとり。画面に映るニュースキャスターが慌ただしく速報を伝えた。


『ただいま政府から公表された情報によると、火星軍による攻撃でアメリカの首都ワシントンが陥落したとのことです。火星軍の地球侵略が始まってまだ一月しか経っていません。国連は全世界の総力を持って戦うことを発表。日本でも今日から自衛隊がアメリカ及び火星軍の侵略が始まっている要所へ派遣されるようです』


 ワシントンの凄惨な状況が映し出される。コメンテーターが気難しそうに腕を組みながら発言する。


『もしかしたら、地球と火星の生存競争になるかもしれませんね。明日には人類が滅亡するということも十分にあり得ます』


 秋人はテレビを切った。それから家にある金をあらかた集めて、家族が起きないようにと慎重に鍵を開けて家を出る。

 世界はまだ暗い、暁の時間。爽やかな空気が秋人を迎えた。

 人類が滅亡するのなら、そのときくらいは自由に生きよう。秋人はショルダーバッグのベルトをギュッと握って逃避行の旅に出た。


 中学生の秋人にとって、駅とは縁遠いものだった。家族で遠出をするときは車だし、ひとりでどこかへ行くにしても自転車で行ける距離にしか行ったことがないのだ。

 とりあえず、一番高い切符を買おう。これなら誰もついてこれないだろう。

 どこの電車に乗ればいいのかは電光掲示板で知ることができたが、それが本当に正しいのか秋人にはわからない。

 電車が来た。人がたくさん降りていく。乗っていく。

 秋人はなかなか一歩が踏み出せなかった。怖かった。けれどそれ以上に逃げ出したいという気持ちが勝った。

 秋人が乗車したのと同時にドアが閉まった。もう、引き返すことはできない。空いている椅子に座り、一息つく。ここで初めて心臓が高鳴っていることに気づいた。

 ――僕は、ここまで来た。

 窓枠に頬杖をつく。都市部からぐんぐんと離れていく電車はやがて緑豊かな場所を走るようになった。しばらくしてトンネルをくぐる。閉塞感に包まれた。

 秋人は虐待を受けていた。生きる希望がなかった。先の見えない絶望が重くのしかかる。

 やがて、光が差した。トンネルを抜けるとそこは海が広がっていた。空も海も青かった。水平線がどこまでも続いている。


「すごい……」


 心を縛っていた鎖が解き放たれたようだった。秋人は自由になった。窓に射す朝日は車内を温かくしている。


 終点に着いた。秋人は未知の世界に足を踏み入れた。県を二つまたいだのだ。

 金は十分ある。もっと遠くに行くこともできるし、ここらで生活用品を買うのもいいだろう。

 これからの予定を考えながら秋人が一歩踏み出したとき、頭上から轟音が響いた。その音は一瞬にして遠ざかっていく。

 空を見上げると、数十機の戦闘機が飛行していた。駅前にいる人たちは呆気に取られている。戦争の始まりを実感させられた。

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