06


「──っていうわけで……あの、さすがにもうわたし説明しなくていいよね?」

 

 配信開始から一時間。通算四度めの状況説明が終了。現在の視聴者数は──


『Listener :about 462,000』


〈日本初の深淵層が発見されたと聞いて〉

〈S級探索者ダイバーが深淵層から配信してると聞いて〉

〈ここが深淵層かぁ。テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ〜〉

〈うおっすんげぇ美少女……〉

〈“美少女”じゃなくて“““美女”””な。メイさんは22歳やぞ〉

〈ずっと詳細不明だった国内5人目のS級がこんな儚げな美人だったとはなぁ〉

〈まあパイオニアが抱えてるだろうとは言われてたが……〉

〈そのパイオニア内でもう一人のS級に刺されたとか控えめに言ってド修羅場で草〉

〈マジで片腕無いんすね……〉

〈切り落とした左腕ならその辺でズブズブに溶けてるらしいぞ〉

〈マジ?見てぇ!!〉

〈倫理観〉

〈ダンハブ民に倫理観とか無い定期〉


 コメントは凄まじい速さで流れており、人間離れした身体能力を有するメイですら雑把に目で追うのがやっとという有様。度重なる本人の説明や視聴者たちのSNS上での拡散も相まって、“『パイオニア』所属S級探索者ダイバー多田良メイが深層深部攻略直後に同クラン所属S級探索者ダイバー飯沼サフラに痴情の縺れで刺されて深淵層に突き落とされた”ということのあらましは、既に国内で急速に広まっていた。


「……んで?『パイオニア』と『ダイバーズギルド』はまだ動いてくれないって?」


〈ギルドは真偽確認中だとさ〉

〈パイオニアは今のところだんまり〉

〈動き遅すぎね?S級探索者ダイバーからの救援要請だぜ?〉

〈ギルドの動きがすっトロいのはまぁ……〉

〈いつも通りと言えばそう〉

〈こいつがS級なのはマジだとしても、刺された云々は嘘の可能性もあるしな〉

〈ホントはドジって自分で落っこちた説〉

〈こいつからサフラに喧嘩吹っ掛けて返り討ちにあった説〉

〈まあそういう可能性もゼロではないって話やね〉

〈実際あの『有毒女傑』が色恋がどうこうでんなアホなことするかぁ?〉

〈そこなんよなぁ〉

〈おれはメイちゃんを信じるぜ!可愛いから!!!〉

〈マジで顔は良いんだよなボディは薄いけど〉

〈おっぱいでっかいからサフラの方が好き〉


(……うーん。半々……でもないかなぁ?)


 ムジナと共にメディア露出をしていることもあり、サフラは一般的な知名度が非常に高い。全く世間に知られていないメイが彼女を糾弾したところで、当然ながら視聴者の中には懐疑的な者も大勢いた。それでも今は自分が深淵層にいて、かつ救助は可能な環境であるという情報が地上に広まれば良し……という心境で、メイはコメント欄を眺める。配信開始前までの状況と比べれば、地上とリアルタイムで繋がれているというだけで気持ちの面はかなり楽になっていた。


 ……の、だが。


「……んんぅ?」


 浮遊カメラの頭頂部、配信タイトル・視聴者数の表示の上に“配信サイトからのメッセージ”なるポップアップがおもむろに出現した。投影された便箋マークに触れ、内容を確認する。


「…………」


〈どうした黙り込んで〉

〈お、放送事故か?〉

〈この配信自体が盛大な放送事故みたいなもんなんだよなぁ……〉


 困惑する視聴者たちへ向けて、メイは眉根を寄せながら口を開いた。


「……ダンハブ運営から、“『パイオニア』から配信の削除申請が来てる”ってさ」


〈ファーーーーーwwwwww〉

〈まじすかぁ?〉

〈この配信はパイオニアにとって都合が悪い…ってコト!?〉

〈いや、ホラ拡散すんなってことだろ〉

〈どっちだこれ?〉

〈パイオニアから声明出たわ〉

〈“当該配信者は当クラン所属探索者ダイバー多田良メイに間違いないが、虚偽を含む発言があり他メンバーへの風評被害に繋がる恐れがあるため削除を申請した”だとさ〉

〈いやだからって深淵層からの生存報告配信を消せとか言うか普通?〉

〈それな〉

〈ちなみに救助作戦は現在、地上に戻ったムジナらを中心に立案中らしい〉


「……とりあえず情報ありがと。うーむ……」


 視聴者たちは喧々囂々意見を交わしているが、この時点でメイは『パイオニア』というクランそのものに対して不信感を抱き始めていた。意図や内情はどうあれ、メイの命よりもサフラの外聞を優先しているようにしか見えないのだから、それも当然のことではあったが。

 

〈え、これマジで削除されるんか?〉

〈えー勿体ねぇめちゃめちゃ盛り上がってるのに〉

〈不謹慎過ぎて草〉

〈ダンハブ民に良識とか無い定期〉


 ひとまず、今この配信やチャンネルを運営権限で消されてしまうのはマズイ。メイは少し考え、配信中というこの状況を利用して、サイト運営へすることを選んだ。

 

「……ダンハブ運営さーん。たぶん誰かしらこれ見てるんでしょ?いいんですかぁー?こんな刺激的なおもしろコンテンツ削除しちゃってー??」


〈そうだそうだ〉

〈元よりダンハブは無法地帯だろーが!〉

〈何でもありのノンフィクションダンジョン探索配信専門サイトダルォォン!?〉

〈事実がどうとか関係なくこんな面白そうな配信消すんじゃね―よもったいないだろ!!!〉

〈そもこのお方をどなたと心得る!!!!〉

〈超絶美少女S級ダイバーの多田良メイ様やぞ!!!!!〉

〈うーんこの〉

〈ついさっきまでフェイクだ偽造だと騒いでた奴らの姿がこれである〉

〈盛大な手のひら返しはダンハブ民の特権〉


「……噂には聞いてたけどマジで民度終わってるんだねー。あと“美少女”じゃなくて“““美女”””」

 

 『Dungeon hub』。

 

 ダンジョン関連の倫理が人々へ浸透する前に誕生・肥大化し、現在では最早、その規模や世界への影響力から取り締まることも困難となってしまったダンジョン探索動画・配信専門投稿サイト。ダンジョン内で起こることであればエログロその他一切の規制がない、世界中の探索者ダイバーたちのあらゆる“生”を発信する公然のアンダーグラウンド。通称ダンハブ。刺激に飢えた現代人たちの憩いの場であり、当然ながら彼ら彼女らの民度は終わりに終わっていた。

 自分が今まさに配信しているその超大規模サイトがまさか日和るなんてことはあるまいなと、メイは視聴者たちをも利用して運営に語りかけており。実際にダンハブ運営としても、こんなどう転がっても盛り上がるであろう愉悦コンテンツを……いやさそれ以前に超貴重な深淵層の様子を収めた配信を、簡単に手放すことなどできようはずもなく。


 かくして、それから十分と経たない内に『パイオニア』からの削除申請は却下され、メイの配信はさらに凄まじい勢いで視聴者数を伸ばしていった。

 

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