ダウナーダイバー×テンタクル 〜逆恨みでダンジョン深淵層に落とされ隻腕になったS級探索者さん、ツンデレデレ触手ちゃんと出会いなんやかんや頑張る。あと配信とかもする〜

にゃー

1.辞めようと思ってたのに

01


全二十話、約五万字で完結予定。

毎日昼十二時に一話ずつ更新していきますので、ぜひぜひよろしくお願いします。




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 ──空気が悪い。


 多田良ただらメイは気怠げに、小さくため息をついた。それはこの場が、魔力濃度が地上比十倍以上にも達するダンジョン深層だから……ではなく。強力無比なモンスターが棲まう深層深部のボス部屋だから……でもなく。今しがた六人がかりで亡骸に変えた、その部屋の主──灰燼龍が目の前に転がっているから……でもなく。


「──やったわねメイっ!遂に深層攻略よっ!!」


 そう言って自分の肩を叩いてくるクランメンバー──飯沼いいぬまサフラの瞳に、自分だけに向けられた剣呑な光が宿っているからだった。


(目がぜんぜん笑ってないんだけどー……)


 二十二歳のわりにやや小柄なメイに対して、四つ上のサフラはそこらの男性にも劣らない長身とそれに見合う豊満なスタイルの持ち主であり。女傑と称されるほどに鋭いその視線が、声音とは全く裏腹な冷たいそれであるとくれば、ここがダンジョンだろうが地表だろうが関係なく、居心地も悪くなってしまうというもの。しかもその敵意は、サフラの長く美しい紫黒の髪に遮られて、ほかのクランメンバーからはちょうど見えなくなっている。それがまた狡猾で嫌らしく、メイのメンタルをなおのこと削っていた。


「……あはは。わたしはあんまり、役に立ってなかったかもだけどー」


 なるべくサフラの神経を逆なでしないようにと、生まれつきのジト目を逸らしながら呟く……が、そんなメイの努力も虚しく、背後からもう一つ、声がかかる。


「──そんな事はない。メイの拳は、俺達の重要なメイン火力だからな」


 静かながらも芯の通った男の声。メイの所属するダンジョン最前線攻略クラン『パイオニア』のリーダー、軽井ムジナ。世界各地で同時多発的に起きた地下迷宮──ダンジョン発生に際し、日本国内でいち早くその探索・踏破を目的として結成された民間組織の頭目である。本格的な国の介入や法整備が整わない内に動き始め、探索者ダイバーと呼ばれる者たちの走りとなり、そして今日、国内最深の巨大ダンジョンの深層を突破した、弱冠三十三歳の若き先駆者。

 

 引き締まった長身にさっぱりとした黒髪の、国内の探索者ダイバーであれば誰もが憧れるその男に、しかしメイだけは、うんざりとした気持ちを抱いていた。


「……それは、どーも」


 なるべく何の感情も乗せない平坦な声で返したが、しかしそれだけで、肩に乗ったままのサフラの左手に力が入った。伸縮素材のシンプルな灰色のTシャツとその下の黒いインナータイツ越しに、僅かな圧迫感が伝わってくる。髪色と同じ紫を帯びた黒目が、ギョロリと殊更にメイを睨みつける。


(め……めんどくさぁ〜……)


 サフラがメイを敵視する理由は単純で、彼女がムジナへ向ける想いを、ムジナがメイに向けているから。どうもサフラとムジナは少し年の離れた幼馴染というやつらしく、そのあいだに割り込んできたメイが許せない様子。

 確かにメイは人目を引く容姿をしてはいる。生来の整った顔立ちに、ミディアムショートの髪もシミひとつない肌も色を抜かれたように真っ白で、瞳は霞でもくゆらせているような薄ぼやけた赤。ムジナも、そんな彼女のどこか浮世離れした雰囲気に惹かれているようなのだが……そもそもムジナもサフラも等しく同じクランのメンバーとしてしか見ていないメイにとっては、迷惑極まりない話であった。


「……あ、あー、あの扉の向こうがどうなってるか、わたし見てくるねー」


 これ以上こいつらの近くにいたくない。そんな思いからメイは、視線の先……灰燼龍の死骸の向こうにある大きな両開きの扉を顎でしゃくった。奥にあるのは地上への転移ポータルか、はたまた国内ではまだ存在が確認されていない深淵層への入り口か。事前予測から後者の可能性も有り得ると知らされてはいるが、少なくともこの場よりは息もしやすいだろう。肩を掴む手からするりと逃れ、制止しかけたムジナも無視して、メイは一足飛びに、小山の如き龍の死骸を飛び越えた。


「……私も一緒に見てくるわ、皆は一息整えてて。ムジナは地上に連絡。リーダーの口で直接、偉業を知らせてあげなきゃ。ね?」


 クランのサブリーダーであるサフラが、一見それらしく指示を飛ばしていく。彼女らに次ぐ実力者である他三人の探索者ダイバーたちが、揃って石畳の地面に腰を下ろした。


「……死ぬかと、思った……」


「俺らよく生き残れたなァ……!」


「タンク役がそういうこと言うのやめてくれないかな?今になって怖くなる」


 これまでに解明されたダンジョンの性質上、ボスモンスターが倒されたボス部屋はしばらくのあいだ安全圏となる。緊張の糸が切れ、口々に言う男(陰キャ)と男(筋肉ダルマ)と男(インテリ眼鏡)。ムジナもまた、彼らに苦笑を向けつつも肩の力を抜いて、懐から連絡専用の端末を取り出した。彼の、密かにメイを追い続けていた視線が、間違いなく逸れた。



 

 ◆ ◆ ◆



 

「──メイ、どう?」


(うげぇついて来ちゃったよ……)


 男衆から少し離れ、開け放たれた扉の向こうで女二人が再び肩を並べる。極力視線を合わせないように、メイはそこにあったへと目を向けたまま返事をした。


「予測通り、って感じかなぁ」


「……これは、また……」


 広がるのは、サフラも思わず息を呑むような大穴。真っ暗で、まさしく深淵へと続いているようにも思える、巨大な縦穴。二人の眼前には、そのようなものがぽっかりと口を開けていた。


「深淵層、ねぇ……」


 世界規模で見れば数例発見されている、上層・中層・下層・深層の更に下の階層に位置するダンジョンの最奥。探索者 ダイバーの最高位、S級ダイバーであるメイやサフラですらも踏み入ったことのない暗闇。しかしメイは、ムジナへ報告しなくては……と思う一方で、どこか他人事のようにその穴を見つめていた。


(まーもうわたしには関係ないけどね。前線攻略組辞めるし)


 深層の攻略をもって『パイオニア』を脱退する。それは、どうとも思っていない男からの好意と、そのせいで生じた別の女からの敵意に嫌気が差したメイが、前々から決めていたことだった。

 そもそもが、十代半ばで両親を亡くし食い扶持を稼ぐために始めた探索者ダイバー家業。どうも才能があったらしく、気が付けばS級探索者ダイバーとして最前線攻略などに勤しんでいたが……正直なところ、もう一生慎ましやかに暮らしていけるだけの貯蓄はできているのだから。命をかけてまで気の滅入るグループに居続けるつもりもない。


(……サフラにはここで話しておくかなぁ。そしたら安心してくれるでしょ)


 今後のダンジョン攻略は多少滞ってしまうかもしれないが、妙に静かになった左隣の女にとっては、そんなことより自分が居なくなる方が喜ばしいだろう。そう思い立ったメイは、大穴へ視線を向けたまま、小さく口を開いた。


「ねえサフラ。ちょうど良いタイミングだから言うんだけどさ」


「………………そうね、丁度良い。ええ、丁度良いわ……」


「……?サフ、ラ──ッ!?」


 なにか変だ。そう思うのと同時、メイの左手に鋭い痛みが走った。


「っ……!こ、れッ……!!」


 見れば手の甲には、サフラが──巷で『有毒女傑』などとあだ名されている彼女が好んで用いるダガーが突き刺さっており。その刃先に塗られた毒の強力さを知るメイの顔が、苦悶に歪んでいく。


「これだけじゃあんたは死なないだろうから、どうしようか悩んでたんだけど……」


 怨嗟の籠もった声で囁きながら、サフラはダガーを引き抜いた。それと同時に、硬直するメイの肩に手をかけ、深淵層へと続く縦穴に押し出す。


「ぉ、まえっ……!」


 恐らく即効性の麻痺毒も塗布されていたのだろう、声を張り上げることもできずに、メイの体は宙へと投げ出された。見上げたサフラの顔は、狂気的な笑みに歪んでいて。


「──メイッッ!!??大変っ、皆、メイがっ!!!!!」


 そして次の瞬間には、スイッチでも切り替えたように悲痛な叫びを上げ始める。その転身ぶりを、メイは下から思いっきり睨みつけた。


(あの女ぁ……!まさかここまでやるとはねぇっ……!!)


 ようやく始まるはずだった第二のスローライフ人生を絶たれた憤り。彼女の憎悪を読み違えた自分自身の不甲斐なさ。手の甲からゆっくりと回り始めた猛毒の苦しみ。様々な激情と共に、メイは暗闇へと落ちていく。何があるとも知れない、深淵の階層へと。

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