不可抗力

in鬱

不可抗力

 「旅行楽しみー」


 「準備済ませておいてね」


 「分かってるよ」


 中学生の美香みかがリビングでアイスを食べながら言った

 母の妙子がキッチンで料理を作りながら返す

 我が家は明日に旅行を控えている。1泊2日の旅だ

 家族全員で旅行をするのは初めてのことなので僕も楽しみだ



 「真哉、準備出来てるの?」


 「これからやるよ」


 長男の高校生の真哉しんやが自分の部屋から出てきて菓子の入った箱を取り出しコーヒーを淹れる

 真哉は夕方になると自分の部屋から出てきて菓子をむさぼり食う

 さらにコーヒー愛好家でもあるので1日に何杯もコーヒーを飲む



 「これからって明日よ。早くしてちょうだい」


 「わかってるってば」


 妙子が急かすように言うが真哉はのんきに菓子を食いながら答えた

 相変わらずマイペースだな

 


 ――――――



 「ただいま」


 「おかえりなさい」


 夕方の時間はあっという間に過ぎ、日も落ちて夜になった

 夜になると父である俊文としふみが仕事から帰ってくる

 俊文が帰ってくる頃にはみんな席について夕食を食べていた

 僕はもう夕食を食べ終わったのでテレビでも見ていた

 今はクイズ番組をやっていた。1問も分からなかった。勉強不足だ



 「真哉、準備終わってるのか?」


 「これから」


 「明日の午後には出るからな。午前中には準備済ませておけよ」


 「うぃー」


 俊文が鞄の荷物を整理しながら真哉に言った

 真哉は俊文に目を合わせもせず頭を下げて軽い調子で言った

 人の話を聞いてるのか分からないな

 僕は二人のやり取りを見て若干呆れながらもソファーに座ってテレビを見続けた

 やっぱりクイズ分からないや



 ――――――



 「真哉、ラーメン食べる?」


 「食べる」


 次の日になりとうとう出発の日を迎えた

 真哉が寝ぼけた様子で自分の部屋から出てくる

 時刻は12時。もうすぐ出発する時間だ

 また深夜まで起きてたな。旅行の前日くらい早く寝ろよ

 寝ぼけていながらも妙子の質問にはちゃんと答える

 妙子は真哉の返答を聞いてキッチンでラーメンを作り始める



 「真哉、準備出来た?」


 「もうスーツケースに入れた」


 真哉はラーメンを食べ終わると自分の部屋に戻り荷物をスーツケースに詰め込む

 これで家族全員の荷物が揃った。あとは出発するだけだ

 


 「忘れ物無いわね?」


 「ないよー」


 「大丈夫」


 妙子が荷物を玄関に運びながら真哉と美香に尋ねる

 妙子の言葉に二人はいつもの調子で返事をする

 二人は先程まで自室で手荷物の準備をしていた

 これでみんなの準備は完璧に終わった。出発するだけだ

 


 「荷物詰めちゃおうか。車出してくるよ」


 「お願い」


 俊文が荷物を車に詰めるため車を出しに外へ出た

 しばらくしてブゥンとエンジンのかかる音が聞こえてくる。そして、車が発進し玄関先で停車する

 玄関においてあった荷物は車に運ばれ出発の最終準備が出来た



 「よし、乗っていいぞ」


 「はーい」


 みんなが車に乗り込みシートベルトをつける僕もみんなと同じようにとはいかないけどしっかりシートベルトをつけている

 車に乗るのは久しぶりで長時間、車に揺られるのは初めてのことなので得体のしれない不安が僕を襲う

 なので途中喚いてたりしてしまったけどみんなが優しくなだめてくれた

 僕のいるほうは日光が眩しいので真哉が手荷物のバッグを影にしてくれた。おかげでだいぶ涼しかった

 細かい気遣い出来るのが真哉の長所だ。日常でもいつも助かっている

 だとしても深夜まで起きて遅刻するのはやめてほしい



 ――――――

 


 「トイレ行きたかったら行ってきな」


 「わかった」

 

 何時間か車に揺られ途中で止まった。話を聞く限り休憩のために止まったみたいだ

 外には建物が1つあるだけで周りは山に囲まれている

 結構来てたんだな。寝てるだけでここまで来るんだ。車ってやっぱり速いな



 「トイレ行きたい。面倒見てて」


 「行ってきな」


 隣に座っている真哉がそう言うと座っている方の扉を開けトイレに向かった

 早歩きで行ってる。我慢してたんだな。寝てたから分からなかったけど

 俊文も真哉のあとに続いてトイレに向かった

 美香と妙子が残って僕の面倒を見ている

 

 

 「美香もトイレ行きたい」


 「お母さんたちも休憩してくるから面倒見てて」


 「わかった」


 真哉と俊文が同時に戻ってきて僕の面倒を見る係が代わる

 俊文は戻ってくると運転席に座り、エンジンをかける。ブゥンと音がして振動が来る

 なれない振動に僕は体を震わせた。それを見かねた真哉が僕を抱きかかえる



 「あともう少しだから」


 「はいよ」


 俊文が運転席で伸びながら後ろに座っている真哉に言った

 真哉はスマホを触りながらいつもの調子で答えた

 人の話聞いてるのか?僕は座っている真哉を見上げながらそう思った



 「あとどれくらい?」


 「あとちょっと」


 美香と妙子が戻ってくる。二人が戻ってくると僕はに戻された

 美香が戻ってくるなりそう言った。俊文がいつもの調子で答える

 妙子は助手席に座り、美香は真哉の座っている席のさらに後ろに座る

 この二人は兄妹だが仲が悪い。僕が来た時から悪かったので相当険悪な関係だ

 車が発進してさらに山奥に向かっていった



 ――――――

 

 

 「着いたよ」


 「出ていい?」


 「父さんと母さんでチェックインしてくるからちょっと待ってて」

 

 目的地につき全員降りる。僕も降りるが繋がれたままだ

 外は自然に囲まれていて山奥に来たんだろうと推測できる。自然豊かな場所に来るのも悪くない

 俊文が真哉にそう言うと妙子と一緒にどこかへ行ってしまった

 僕には真哉と俊文の会話の内容が分からなかった

 真哉はめんどくさそうな顔を浮かべたので良い事では無いのだろうと勝手に予想した



 「荷物出すから」


 俊文はそう言うと車に乗り込みエンジンをかける。ブゥンと音がして地面に振動が伝わる

 僕は車の振動を間近で受けたことが無かったので体をビクッとさせて反射的に遠くに行ってしまうが繋がっているため行ける場所も制限されている。僕が遠くに行こうとすると真哉の手が僕の動き合わせて動く。真哉の手に握られてるもので僕は繋がれている

 俊文は車を少しだけ前に出すとエンジンをかけたまま出てきて車の後ろに扉を開けた

 荷物が全て後ろに詰められているので少し前に出さなければ取り出せなかったのだ



 「泊まる場所、すぐそこだから」


 俊文が先導して今晩泊まる場所に向かう

 俊文の言う通りすぐそこで車を止めた場所から30秒ほどで着いた

 泊まる場所は住んでいる家くらいの大きさで中に入ると様々な子の匂いがした

 玄関に階段があり上か下に行ける。上にリビングがある。下にはプレイルームやトイレ、お風呂があった

 見たことない作りだ。ワクワクするけど、匂いがいっぱいするからそれどころじゃない



 「すごーい」


 「すごい作りだね」


 「広っ」


 「結構広いんだ」


 みんなは思い思いの感想を言ったつもりなんだろうが美香と妙子で言ってること一緒だし、真哉と俊文で言ってること一緒だ

 家族だな。僕が思ったのは匂いがすごいってことだ

 上に行っても下に行っても匂いがすごい。しかも、上と下で匂いが違う

 えげつない……



 「外に色々あるから外に行こうか」


 「はーい」


 俊文の提案で外に行くことになった

 僕が自由になったと思ったのも束の間、すぐにリードで繋がれた

 正直言うと外にあまり行きたくない

 外には色んな子がいた。僕はあまり他の子と関わるのは好きじゃない

 でも僕がどれだけ訴えたって聞き入れてもらえない



 「ドッグランがあるよ」


 「小型犬用。ちょうどいいじゃん」


 少し歩くと小型犬用のドッグランがあった

 そのドッグランに入り、リードから解放され自由になる

 でも初めて来た場所で走り回るなんて僕には出来ない

 慎重に匂いを嗅ぎ回りながら歩く。ここも匂いがすごい

 歩いているとみんなから笑われた。僕は真面目に歩いてるだけなのにどうして?

 なんで笑われなきゃいけないの?



 「あそこ行ってみようよ」


 「いっぱい犬がいる。仲良く出来る?」


 無理だ。そんなところ行きたくない。他の子と仲良くなんて出来ない

 僕は立ち止まって抵抗した。思いっきり叫んだ

 でも、みんなの耳に僕の叫びは入らなくて僕は妙子に抱き抱えられた

 そして、他の子がいる場所に無理やり連れて行かれる

 嫌だ!!行きたくない!!

 僕は必死に叫んだ。でも、それは届かなかった

 それどころか笑われた。僕の声は誰にも届かない



 「ワンワン!!!!」


 「何吠えてるのモナカ?お友達いっぱいいるわよ」


 「興奮してるんじゃないの?」


 「そうかもね。ほらいってらっしゃい」


 僕は他の子が大勢いるドッグランで降ろされリードを外された

 僕は好奇心で寄ってくる他の子から必死で逃げた。でも、だんだん疲れてきて足が止まる

 みんなの方を見てみるとみんな笑ってる。どうして?僕がこんなに必死で逃げてるのに分からないの?

 言葉が通じなくても行動を見れば分かるでしょ?なんで?どうして分からないの!!?

 家族でしょ!?家族なら僕の気持ち分かるでしょ!!?

 


 ニンゲンには分からないんだ。犬の僕の気持ちなんて。どうあがいても無理なんだ

 僕は逃げることを辞めなかった。でも、限界が来て足が動かなくなった。喉も乾いた。気力が無くなってしまった。僕に出来るのは叫ぶことだけだ

 四方八方を他の子で囲まれ、どんどん迫ってくる。僕は来ないで!!と必死に叫んだ

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