36 話し合い
植え込みを前にして立ち竦んでいた私の後ろを親子連れが通った。子供が父親に肩車してもらいはしゃいでいる。そちらへ向けていた顔をもう一度車の方へ戻した。あっ。
キスは終わっていた。というか、さっきの親子の気配で中断したのかもしれない。理お兄さんが佳耶さんの肩に手を置いたままこっちを睨んでいる。……見つかった。
渋々、植え込みの横の方へ回って姿を見せた。車の側へ寄る。
佳耶さんが慌てた様子で理お兄さんから離れている。理お兄さんが運転席側の窓を開けてくれた。
「すみません。間の悪いところに来てしまって。これ……佳耶さんのハンカチじゃないですか?」
ハンカチを差し出して尋ねてみる。助手席の佳耶さんが目を大きくした。
「あっ! 私の。ありがとう……!」
キラキラした瞳でお礼を言われ照れてしまう。理お兄さんがハンカチを受け取り佳耶さんへ渡してくれた。
「それじゃ……」
そう言い残して私はその場を去ろうとした。
「見た?」
戻ろうと踵を返し掛けていた私に、理お兄さんが聞いてくる。彼の表情を見る。真顔だ。
「見ました」
ほかに何て言いようもない気がして正直に言った。
「ふぅん、そう……」
理お兄さんは不服そうに目を細め呟いた。しかしその双眸はすぐに朗らかな笑みを作る。
「そういう事だからよろしく。佳耶の事、花織には俺から言うよ」
ニヤリとした不敵な眼差しを最後に窓が閉められた。車が走り去ったのを見送ってマンションの中へ戻った。
「あードキドキした」
胸を押さえて独り言ちた。
「ごめん。オレ、好きな人がいる」
花織君が舞花ちゃんの両肩を掴んで言い含めている。沢西家に戻るとそんな場面に出くわした。一拍置いて舞花ちゃんがボソリと言う。
「やっぱり佳耶さんには敵わないんだ……」
彼女は俯いてしまった。花織君は慌てたように否定する。
「違う! 佳耶じゃなくて……別の」
「別のっ?」
舞花ちゃんは聞き返した後、花織君を睨んだ。
「まだほかに好きな人がいるのっ?」
舞花ちゃんの言葉に責めるような響きが滲んでいる。花織君が右下に顔を背け彼女から視線を外した。
「舞花ちゃんを見てたら何でかその子の事を思い出すんだ。オレたちと同じでユララが好きな子で、この間初めて会ったばかりなんだけど。ずっと忘れられなくて……凄く気になるんだ」
花織君が口にすると暗かった舞花ちゃんの瞳に光が灯った。
「一応、聞いておくけど。さりあちゃん? それとも朔菜……ちゃん?」
舞花ちゃんの質問に花織君が彼女へ視線を戻した。
「『朔菜』」
花織君の答えを聞いた舞花ちゃんは再び俯いた。
「お兄ちゃんがユララが好きって言ったから……」
紡がれた言葉の意味が分からないだろう花織君が「えっ?」と聞き返している。顔を上げた舞花ちゃんは微笑みを浮かべた。彼女は目を伏せ首を横に振って「ううん。まだ秘密です」と小さい声で告げ、意志の強そうな眼差しを花織君へ向けた。
「私のデートの日……私じゃなくて花織お兄ちゃんが気になってるって言う、その子を呼びます。それで本当に好きなのか確かめてほしいです。その子とだったら……お兄ちゃんが本当にその子の事を好きなら私は賛成します。但し佳耶さんには丁重に交際を断って下さい」
「舞花ちゃん。ごめんな。オレ、こんな奴で。久しぶりに会って舞花ちゃんが凄く美人になってて驚いた。……好きになってくれて、ありがとう」
『朔菜ちゃん』も、すぐ近くにいる人なんだけど気付いてない様子の花織君。うーん残念。
舞花ちゃんって朔菜ちゃんやユララになっても舞花ちゃんだって気付かれないレベルの変装ぶりだし凄いな。
この間の撮影旅でのユララ姿も本当に綺麗だった。花織君じゃなくてもメロメロにされちゃうよ。私は隣に立つ春夜君を盗み見る。私じゃ舞花ちゃんみたいに似合わないのは分かってるけど。
「私もユララの格好してみたいな」
何気なく呟いてしまった独り言を春夜君は聞き逃してくれなかった。
「絶対ダメです!」
――と、強張った顔で断言された。そ、そんなに似合わないと思う?
春夜君はゾッとしたような表情で視線を花織君の方へ戻した。
「可愛過ぎて兄に見られたら……」
何か呟きが聞こえた。
花織君と舞花ちゃんの話も一段落ついたので、そろそろお暇しようかと舞花ちゃんと話していた。「理兄ちゃんに送ってもらえばいい」と春夜君が言う。
「そういえば理兄ちゃん遅いな」
「ひゃっ?」
春夜君の疑問に、先程見た理お兄さんと佳耶さんのキスシーンが思い出されて口から変な声が出た。慌てて話を逸らす。
「あっ! ほら! 夕方だし道が混んでいるんじゃないかなー?」
目線も、どうしても春夜君から逸らしてしまう。
二人の事を私が勝手に伝えちゃダメだよね。理お兄さんも「俺から言うよ」って言っていたし。
「私、舞花ちゃんと帰るよ。舞花ちゃんもバス停まで道が分かればバスで帰れる筈だから」
「明……?」
私の不審な態度に春夜君が眉を寄せ訝しむような視線を送ってきたけど、気付かないフリをした。
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