二章 復讐のその後
34 喫茶店
春夜君に告白した日の帰り道、それまで『春夜君の好きな人は晴菜ちゃん』と思っていた私の誤解は解けた。春夜君が「それは大きな誤解です!」と、じっくり説明してくれたからだ。
歩道を並んで歩く彼に確認する。
「じゃあ春夜君の好きな人って本当に私だったの……?」
目を見開いて春夜君を見つめる。
「やっとその答えに辿り着いてくれたんですね。そうですよ」
言いながら横目に非難するような視線を送ってくる。私は苦笑いでそれらを受け止めた。
「両想いですね?」
確認された。
「そう……だね」
照れてしまって答えながら足元に目線を移動させた。
「正解したご褒美をあげます」
春夜君が突然そんな事を言ってきたので思わず顔を上げて彼を見た。彼は子細を説明する。
「但しご褒美をあげる代わりにオレの頼みを聞いて下さい」
「頼みって何?」
「この間、明と行きたかったんですけどその時は行けなかったので。一緒に来てほしいんです。ほら、商店街の真ん中くらいに喫茶店がありますよね? ずっと行ってみたいと思ってたんです。明と。明ってそこの食品サンプルのパフェを気にしてましたよね? 奢りますよ」
「……っ」
そんなところも見てたの? 少しだけ、春夜君の好きな人が私だって信じ切れてない部分があったけど。たった今、本当なんだって実感した。私が考える程度より好かれている気もするような?
商店街、件の喫茶店に到着した。お店の入口付近に看板が出ていて、お会計から二割引きの札が貼ってあった。
二割引きの日とあって店内はお客さんが多い。暖色系の照明は明る過ぎず落ち着いた雰囲気。晴菜ちゃんのお母さんの美容室みたいに奥に長い造りのお店で、左右にテーブルと椅子が配置され真ん中を人が通れるように空けてある。
店員さんに奥の方の席へ案内されている最中、後から来たお客さんの声に振り向いた。聞いた事のある声だったからだ。
「わーい! アイス、パフェ、プリン! 聡、全部食べたい!」
「ダメだ。どれか一つにしろよ」
はしゃいでいる様子の姫莉ちゃんとそんな姫莉ちゃんに釘を刺している岸谷君がこっちへ歩いて来る。岸谷君が私たちに気付いた。
「わっ? 坂上? ……に沢西」
岸谷君が苦笑いを浮かべた。私も少し気まずく笑い掛ける。
「偶然だね」
先週の夜、公園で会った以来だ。教室では岸谷君に避けられていたのか話をする機会がなかった。
岸谷君たちは店の中程にある席へ案内されている。私と春夜君は奥の真ん中にある席へ通された。
「えっ? 花織……? 理兄ちゃんも!」
春夜君の声に顔を向けると奥の左の席に花織君と理お兄さんが座っている。テーブルを挟んで花織君と向かい合う位置には綺麗な女の人がいた。
誰だろう。……まさか?
私はすぐにピンときた。この人が予てから噂の『佳耶』さん?
「えっ? 明ちゃん?」
「坂上さんに沢西君!」
後方から呼び掛けられて振り返った。入口付近に立つ灰色い制服姿のほとりちゃんとさりあちゃんだった。黒いスカジャン姿の朔菜ちゃんもいる。
「わー! 凄い偶然! あっ! 花織君に理お兄さんも! えっ? 姫莉ちゃんもいる! やっぱり皆、二割引きの日に釣られちゃうよね~!」
ほとりちゃんがニコニコ顔でしみじみと言った。店員さんと話をしていた朔菜ちゃんがこちらを向いて目を細めた。
「知り合いがいたから、そこに座らせてもらいます」
彼女は店員さんにそう言って店の中央を奥の方へ歩んで来る。ほとりちゃんとさりあちゃんも彼女の後ろに続いた。
お店が混んでいて奥の右側にある二人用のテーブルしか空いていないようだ。朔菜ちゃんはほとりちゃんとさりあちゃんにその席を譲った後、私の座る席の横……隣のテーブルの椅子に迷う事なく腰掛けた。
「空いてないから、ここに座らせて。いいよね? 理お兄さん……花織。それから佳耶さん?」
「えっ? どちら様?」
花織君の向かい……私から見て朔菜ちゃんより奥の席に座っている綺麗なお姉さんが驚いた様子で声を上げた。
「私? 私は『朔菜』。佳耶さんの事は理お兄さんと花織が話してるの聞いてたからすぐに分かったよ」
「え、ええー? ちょっと二人とも私の話って? 何を話してたの?」
佳耶さんが少し怒っているような表情で二人に聞いている。
佳耶さんは胸くらいまである長さの黒髪を後ろの低い位置で一つにした髪型でレースの掛かった白いシュシュを付けていた。大きくて優しげな目で小顔。フリルの付いた白いブラウスと薄紫色のスカートという服装。可愛らしいお姉さんといった印象を持った。
佳耶さんが尋ねているのに花織君と理お兄さんは何故か黙っている。花織君は暗い様相で俯いているし、理お兄さんはニコニコ微笑んだまま。理お兄さんは何か楽しい事でもあったのかな?
花織君が理お兄さんを睨んだ。彼は言う。
「おいちょっと待て。この知り合いの多い中でオレは言わないといけないのか? 想定してたよりエグ過ぎるシチュエーションになってるんだけど。今日はやめて次の機会にって事には……」
「ダメだ。写真と動画を送ってやっただろ? 佳耶にバラされたくなければ……」
「くっ!」
妖しく微笑む理お兄さんの様子に花織君は悔しそうな顔をしている。私はまたもピンときた。以前、車中で二人が話していた内容が頭を過る。
まさか? 今ここで告白するのかな……?
「何? 二人して何の話をしてるの?」
佳耶さんが理お兄さんと花織君に疑念を孕んだ目を向けている。花織君は一瞬、朔菜ちゃんを見た後で佳耶さんに向き直った。
「佳耶」
花織君が彼女の名を呼んだ後、はっきりと言うのを聞いた。
「オレ、佳耶の事が好きなんだ」
一時、周囲が静まったように思った。息を呑んで成り行きを見守った。暫くして佳耶さんが口を開いた。
「えっ……! そうなんだ……」
佳耶さんは照れたように俯いた。小さな声で返事が聞こえた。
「……私も」
「えっ?」
返答が意外なものだったのか花織君が声を漏らした。彼は心底驚いたと言わんばかりの顔をしている。花織君は理お兄さんへ勢いよく顔を向け、責めるように睨んだ。
「お前。もしかして知ってたな?」
花織君の言葉に理お兄さんは目を細めただけで、その口からは答えを聞けなかった。
急に朔菜ちゃんが立ち上がった。
「トイレ」
低い静かな声でそう呟いて席を離れた朔菜ちゃんの背中を見送った。彼女がいつも愛用しているお化粧の道具が入ったバッグを持っているのに気付いた。まさか……ね。
私の予感は十分後に的中した。トイレから戻って来たのは何故か朔菜ちゃんではなく舞花ちゃんだった。服もちゃんと灰色い制服に着替えていて、バッグも別の物だ。
「えっ? 舞花様っ?」
さりあちゃんがびっくりした表情で彼女を見ている。舞花ちゃんはさりあちゃんの呼び掛けには応えず、少し怒ったような表情で元の……朔菜ちゃんが座っていたテーブルの前へ立った。
「お久しぶりです。花織お兄ちゃん。私の事、覚えていますか? 小さい頃、遊んでもらっていた舞花です」
先程までの朔菜ちゃんの声とは違う、儚く可憐な声音で花織君に話し掛ける舞花ちゃんをその斜め後ろの席から見上げていた。
何だろう。背中がピリッとするような……トラブルが起きそうな予感がする。
パフェを食べながら震えた。
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