33 解
「あースッキリした! これで私の復讐も完了ね」
晴菜ちゃんがそう言って背伸びをしている。
「よくも滅茶苦茶にしてくれたな。邪魔ばかりして」
岸谷君が晴菜ちゃんを睨んだ。
「何の事?」
晴菜ちゃんは背伸びをやめ真顔で岸谷君を見た。
「そんなに俺の事が好きなの?」
「……は?」
岸谷君の言動に晴菜ちゃんは心底呆れたと言いたげな様相で聞き返している。やがて彼女は笑い出した。
「好きだなんてよく言えるよ、岸谷。……明ちゃんにはもう相思相愛の相手がいるから好い加減諦めてよね」
「さあ……どうしようかな? 代わりに俺を満足させてくれる?」
岸谷君は目を細め、左腕に姫莉ちゃんをしがみ付かせたまま右手で晴菜ちゃんの左頬に触れている。晴菜ちゃんは左手で岸谷君の右手を払いのけた。
「タイプじゃない」
言い捨てた彼女に岸谷君は寂しげな笑顔を向けた。
「退屈さえ埋まればいいんだ」
呟いた岸谷君を晴菜ちゃんは睨んだ。
「じゃあ何で悲しそうな顔してるのよ。ホント馬鹿なんだから。あんたの日頃の行いを見てたら私の明ちゃんは絶対に渡さないって気になるんだよ。これで諦めないんだったら、これからも邪魔してやるから!」
晴菜ちゃんの宣言に岸谷君は苦笑いした。
「坂上は俺が最初に見付けた一番大好きな人だから、こんな寂しい気持ちになるんだろうな……」
「知らなーい!」
晴菜ちゃんが呆れた様子で言い置いて、岸谷君に背を向け歩き出した。彼女の後に付いて行く岸谷君と姫莉ちゃんに、晴菜ちゃんはイラッとしたようだった。トゲのある声が聞こえる。
「ちょっと、もう付いて来ないでよ! 今日の話は終わり! 明日は午前中に彼氏とデートの約束してて今日は早めに寝ないといけないのよ。久しぶりに会うのよ! 邪魔しないで!」
「え?」
岸谷君と私と春夜君の声がハモった。
晴菜ちゃん……彼氏いたの? あれ? でも岸谷君とキスしてたよね? ???
晴菜ちゃんは足早に帰って行った。残された私たちのいる公園が少しの間、静寂に包まれた。虫の音や風の音に交じって誰かの腹の虫が鳴いた。
「聡! 姫莉お腹空いた! 早く聡の家に行こう?」
姫莉ちゃんが岸谷君の腕を引っ張っている。
「あ、ああ……」
呆然とした様子だった岸谷君が引っ張られて坂を上って行く。彼は去り際こちらに右手を挙げた。
「じゃあ、坂上……またな」
言われて少し返事に困った。取り敢えず「う、うん。またね」と返した。
「岸谷先輩……『またな』って、もしかしてまだ明の事諦めてないのかな?」
岸谷君たちが大分遠くなってから春夜君が呟いた。春夜君の眉間には皺が寄って表情が険しい。
その時スカートのポケットに入れていたスマホが振動した。取り出して見ると通知が何件か来ている。ありすちゃんから一件と親から二件。
ありすちゃんのメッセージを読む。「その後どうなったのか今度教えてね」という内容だった。親からは「遅い! お鍋が冷めちゃったよ」というものだった。
「あー」
声が漏れる。親に連絡するの忘れてた。もう十時四十五分だし。バスの最終便の時間もとっくに過ぎている。春夜君を見る。
「春夜君、もしよかったらうちに泊まっていかない? 今日お家の人いないんだよね? お鍋でよかったら作ってるらしいから」
私が誘うと春夜君は暫く無言で私を見ていた。そして私は思い至る。春夜君は晴菜ちゃんが好きだから私の家には泊まりたくないのかも。誘ったのが晴菜ちゃんだったらきっと喜んでくれたんだろうな。
「あ……」
虚しくなって取り消そうと口を開いた時、春夜君が答えた。
「いいんですか? オレ……今、凄く嬉しいです」
「う、うん。もちろん!」
言いながら内心考える。あれっ? こんなに喜んでもらえるなんて。……きっと私じゃないほかの友達に誘われても春夜君はこんな風に言ってくれるんだろうな。凄くいい人だ。
休み明けの火曜日、屋上でありすちゃんと話した。春夜君も一緒だ。
「そういう事だったのね」
ありすちゃんは納得した雰囲気で頷いた。
「分かった。教えてくれてありがとう。じゃあ私はこれで……」
ありすちゃんが不自然に早々と教室へ戻ろうとしている。
「えっ? ありすちゃん?」
去り行く背中に呼び掛けると彼女は少しだけ振り向いて言い残した。
「圧が凄くて耐えられない。後の昼休みは彼氏さんと過ごしなよ」
「圧?」
ありすちゃんの言っている事がよく分からなかった。そして恋人のフリをしていた名残で春夜君との関係を勘違いされているようだった。
「ありすちゃん勘違いしてたね。私たち付き合ってないのに。『恋人のフリをしてた』って打ち明けた方がいいかな?」
ありすちゃんが屋上から去った後で春夜君に聞いてみた。彼は事もなげに言う。
「本当に付き合ったら言う必要なくないですか?」
「えっ?」
思わず相手を見つめる。口を衝いて疑問が零れる。
「どういう意味?」
彼は目を細めてこっちを見ている。
春夜君の左手が私の前髪を弄った。気を取られているうちに唇が合わさった。瞬きの間程の出来事だった。
「こういう意味です。そろそろオレの好きな人が誰か分かりました?」
尋ねられて一時、逡巡した。意を決して伝える。
「うん。大丈夫。分かってる。春夜君が何で今も私を好きなフリしてるのかも分かってるから」
「…………絶対分かってないですよね?」
何でだろう。否定された。
「分かってるよ」
少しムキになってしまい語気を強めに発した。ハッキリ言っておく。
「春夜君が晴菜ちゃんを好きな事」
彼は一拍、言葉に詰まったような顔をした。私は今まで心の内に抑えていた思いを吐露する。
「全部……今までの事は全部……晴菜ちゃんを振り向かせる為にしてたんだよね? 晴菜ちゃんに頼まれたから? それとも私を好きなフリして彼女の気を引きたかったの?」
惨めだ。嫌な女だと思う。自分も……本当は晴菜ちゃんの事も大嫌いだ。
「は? あっ? オレの好きな人が内巻先輩?」
言い当てられて戸惑っている様子の春夜君の懐に身を寄せた。晴菜ちゃんの所へは行かせない。彼へ伝える。
「岸谷君と話してちゃんとお別れする」
この間の公園ではハッキリしないまま帰ったので、あっちがまだ付き合っている認識だったら困ると思っていた。
「私が嫌だから。好きな人としかイチャイチャしたくないから。私は全部、春夜君とがいい」
「もう、そういう事言うの……」
春夜君が疲れた様相で溜め息をついた。指を額に置いて俯いた彼は言う。
「オレに心開き過ぎでしょ。前も言いましたよね? 勘違いするって。その言い方だとオレの事が好きみたいに聞こえますけど。もうオレの事を好きなフリしなくていいんですよ? 復讐は終わりなんですよね? これ以上そんな態度だったら……本気にしますよ?」
「いいよ」
すぐさま答えた。春夜君が絶句している。
予鈴が鳴った。自然と綻んでしまう顔を見られるのが恥ずかしくて先に歩き出した。大事な事を言っておく。振り向いて告げた。
「私、春夜君が好きだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます