第6話 瞳の中の暗号
「サライがレオナルドに溺愛されていたことはさっき話したわね。一方のリザは、夫であるフランチェスコ氏から非常な敬愛を受けていたみたい。フランチェスコの遺言には『この遺言者(フランチェスコ自身をさす)は、愛する妻モナ・リザ(「私のリザ」の意)に心からの愛情と感謝を贈る。つねに気高く誠実に振舞ってくれたことに報いるためにも、今後彼女が必要とするものすべてを手にできることを望む……』と書かれていたそうよ[注14][注15]」
「すごーい、フランチェスコさんて、そこまで奥さんのことを愛していたんだ」
「そうね。そしておそらく、サライもレオナルドを愛し、リサもまたフランチェスコ氏のことを愛していたのだと思う。サライは、レオナルドとおよそ30年もの間一緒に暮らしていたようだし、リサはフランチェスコ氏との間に5人の子供をもうけていて、さらに、フランチェスコ氏の2番目の妻カミーラとの間にもうけられた子供も、5人の子供たちと一緒に育てあげているわ[注14]」
「へえー」
「それと、肉眼で見ただけでは分からないけれど、この絵には、そうしたことを物語るヒントが隠されているみたい」
「ヒント?」
「美術史家シルヴァーノ・ヴェンチェッティ氏が『モナ・リザ』の目の中にレオナルドのイニシャルなどの微細な文字を発見したと、2010年10月に英紙デイリー・メールが報じているわ。右目にレオナルドのイニシャルである「LV」が描かれ、左目には「CE」あるいは「B」と思われる記号があると[注1][注16]」
「え? 右目にレオナルドのイニシャルって……もしかして」
「そう。おそらくレオナルドは、そのモデルの瞳に実際に映っていた人物のイニシャルを残したのよ。もしそうであれば、右側のモデルはレオナルドのことを見ていた人物、つまりおそらくはサライ」
「じゃあ、左目の「CE」又は「B」っていうのは……」
「私は「B」だと思う。フランチェスコ氏の正式名は、フランチェスコ・ディ・バルトロメオ・ディ・ザノービ・デル・ジョコンドというの[注14]。「B」の文字は、おそらくバルトロメオ(Bartolomeo)の「B」よ。であるなら、左側のモデルは夫のバルトロメオのことを見ていた人物、つまり、妻であるリザよ」
「なるほど! ということは、やっぱり」
「ええ。たぶんレオナルドは、モデルとなった人物が当時もっとも愛していたであろうとされる人物のイニシャルを、その瞳に描き残したのだと思う。愛で満たされていたそれぞれの瞳の中にね」
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