第2話 二人のモナ・リザ
私は、開いていたノートパソコンを机の端の方にやり、2枚のモナ・リザの絵のコピーを机の上に並べた。< pic2 >
「はじめに言っておくけど、忘れないで欲しいのは、これから話すことは、すべて私の個人的な見解、つまりあくまで解釈の一つに過ぎないっていうこと」
「ふん、ふん」
「この絵に限ったことじゃないけれど、どう解釈しようと、結局はそれを見る人の自由だと思うの。芸術って、そういうものじゃない?」
「そうだね。私もそう思うよ」
「うん。じゃ、説明するわね。そもそものきっかけはあなたの本、ほら、絵の描き方の基本について書かれているものが居間の本棚においてあるじゃない」
「えっ……あっ、あの本か。私が美大に入学したときに買ってきたやつでしょ。私、それまでは自分の好きなように絵を描いていたから、ちょっとは絵のことを勉強しようかなーって思って買ったんだけど、結局ほとんど読んでない。あの本がどうしたの?」
「二週間くらい前かな、居間でくつろいでいるときにたまたまその本が目について、手に取って、なんとなく読み眺めていたの。そしたら、その中にモナ・リザのことが少しだけ書いてあって。その本によると、モナ・リザの左手は右手よりも大きく描かれているというの[注2]」
「へえー」
「それでネットで調べて、モナ・リザの絵を見てみたんけど、私にはそうは見えなかった。右手も左手も同じくらいに見えたの」
「ふん、ふん」
「でも、そうしてみているうちに、腕の太さが右と左で違うようにみえてきたの。右腕のほうが、左腕よりも若干太いのよ」<pic3>
「ほんと、姉さん?」
妹は、さきほどプリントアウトしたモナ・リザの絵の一枚を手に取った。
「うーん、確かに言われてみれば、そう見えなくはないけどさ……でも、同じ様に描いていたとしても、多少違ってしまうってこともあるんじゃない?」
「ええ、一般的にはそうかもね。でも、レオナルド・ダ・ヴィンチに関しては違う。Lua、覚えておいて、これはネットで調べていて知ったことなんだけど、彼は完璧主義者だったらしいの[注3][注4]」
「完璧主義者?」
「そう、つまり、彼は、敢えてそう見えるように描いていたかもしれないということ」
妹の顔は怪訝な表情そのものだった。彼女の興味がうすれてしまうのを恐れた私は、話を先に進めた。
「本の話に戻るけど、その本にはこうも書いてあった。『モナ・リザ』の顔は、左右で違う表情に描き分けられている、と[注2]」
「あっ、それってどこかで聞いたことがある。たしか、微笑んでいるのは片方だけっていう話じゃない?」
「そうよ。それで私、とりあえずモナ・リザの右顔をじっとみてみたの。そうしたら、この顔ってもしかして男の人じゃないかって思えるようになって」
「男!?」
「ええ、不思議なのよ。でもいったんそう思えてしまうと、もう頭から離れなくて、私には男性の顔にしかみえなくなってしまった」
「ちょっと待ってよ、姉さん。この絵、どうみたって女性じゃない」
「私が言っているのは右側の顔だけ、左側の顔は女性にみえるよ」
「へ?」
「私もどういうことなのかさっぱりわからなくて、困惑したわ」
私は、机の上に置いてあったカップを手にとり、コーヒーを一口含んだ。
「それからはもう気になって、しばらくこの絵を見続けているうちに、また変なことに気が付いたのよ」
「え? 今度は何?」
「それはこの絵の背景よ。もしかしてこの絵の背景って、右端と左端とがつながってるんじゃないかって」
「はあ?」
私は、さっきプリントアウトした2枚の『モナ・リザ』の絵を、机の上で、上下の端を揃えて横に並べた。<pic4>
「ほらみて、こうして並べた方が、背景がしっくりくるような気がしない?」
「うーん、そういわれてみれば……確かに、そうかも」
「ネットで調べたら、やっぱり私と同じように考えている人もいたわ。そのサイトでは、2枚の絵を並べると、背景に山が現れるという話だけど[注5]」
「うん、そうだね。中央に山が見えるね」
「ただ、私はこれでも少し変だと思った」
「どうして?」
「なんとなくだけど違和感があって……だからこうして、右に置いた絵を少し下に下げると、ほら、これでだいぶ良くなったと思わない?」<pic5>
「うーん、そうかもしれないけれど、ほんとにこの位置でいいの?」
「確信はないけど、たぶんね。というのは、こうして位置をずらすと、モナ・リザの背後にある壁の上面に、“謎の物体”が現れるのよ」<pic6>
「謎の物体? ほんとだ。何これ?」
「初めは椅子の背もたれの部分かなとも思って、いろいろ調べたけれど、結局分からなかったわ。でも、この物体も絵の謎を解く重要な手がかりの一つだったの」
「へえー」
「この物体についてはまた後で話をするわ。とりあえず今はこの二人のモナ・リザのことを話すわね」
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