第24話

裕之がふるえる指先でメールボックスを開いた。



そこに表示されていたアドレスを見て大きく息を吐き出す。



それはのろいメールと同じアドレスだったのだ。



「いや、開かないで!」



咄嗟に裕之の手を両手で押さえていた。



これ以上メールを見たくない。



もうイオリからの呪いに踊らされたくない。



しかし、私の両手を裕之がそっと払った。



私は力なくそれに従う。



そしてメール画面を開くと……そこには『呪いを回避しました』という文字が入力されていたのだった。



誰かを犠牲にすることで本当に呪いを回避することができた。



裕之を助けることができたのが嬉しい反面、なんの罪もない少年を殺してしまった罪悪感から私は家の中に閉じこもっていた。



今の所あの事故に関して誰かになにかを聞かれるようなことはなかったけれど、目撃者がいなかったとも限らない。



一秒後には玄関のチャイムが鳴って、警察が押し入ってくるのではないかと息を潜めて生活していた。



両親には事故現場を見たとだけ説明して、その後ずっと閉じこもっている。



勝手に事故を目撃したショックのせいでそうなったと思ってくれているみたいだ。



でも、こんな生活をいつまでも続けられるわけがないとわかっていた。



いずれ学校から連絡が入るだろうし、今日で3日目だからそろそろ両親もなにか言ってきそうだ。



あれ以来裕之からの連絡はなにもない。



きっと私のしてしまったことに幻滅しているのだろう。



そう思うと涙がにじみ出てきて鼻をすすり上げた。



ベッドにうつ伏せに寝転んで枕を顔に押し当てる。



なにも見たくないし、聞きたくないし、誰にも会いたくない。



まるで本当の引きこもりになってしまった感じがする。



夜になると毎日少年が私の枕元に立ち、恨み言を呟いてくる。



『どうしてあんなことしたの』



『どうして僕が死なないといけなかったの』



そのときの少年は決まって死んだときの姿をしていて、全身が血まみれだった。



ポタポタと床に落ちる血は血溜まりをつくり、少年はその中で佇んでいる。



朝になると少年は忽然と姿を消しているから、それがすべて自分の幻想に過ぎないと気がつくのだ。



「結。今日も学校を休むの?」



ドアの向こうから母親の声が聞こえてきて枕から顔を上げた。



サイドテーブルの時計は朝の7時半を指している。



学校へ行くならそろそろ起き出して準備をしないといけない時間だ。



「……休む」



短く答えて再び枕に顔をうずめたときだった。



乱暴にドアが開く音が聞こえてビクリと体を震わせ、再び顔を上げた。



母親が眉間にシワを寄せて部屋の中に入ってくる。



「ショックだったのはわかるけど、いつまでそうしているつもり?」



そろそろ怒られるんじゃないかと思っていたら、案の定だ。



なにも知らない母親は半分呆れ顔をしている。



「あんたが事故を起こしたわけじゃないんだから、そこまで気にしてどうするの」



そう言われても、なにも返事はできなかった。



あの時少年の背中を押したのは自分だと言うことができたら、どれだけ楽だったか知れない。



「体調が悪いから、今日は休む」



布団を頭までかぶってどうにかやり過ごそうとする。



母親は大きくため息を吐き出して「明日には学校に行きなさいよ」と言って部屋を出ていった。



足音が遠ざかるのを聞いてホッと息を吐き出し、布団から顔を出した。



この分じゃ明日には無理矢理にでも学校に行くことになりそうだ。



裕之とどんな顔をして会えばいいんだろう。



呪いメールなんてなかったときには、毎日裕之と会える学校が大好きだったのに。



あのメールのせいで私達の人生は壊れてしまった。



今日もまた誰かのスマホに呪いのメールが届いているかもしれないと思うと胃の奥がズッシリと重たくなる感覚があった。



あの事故があってから食べ物もロクに食べていないし、自分自身の体力も限界が近いのかもしれない。



少しくらいなにか食べようとベッドから抜け出したとき、テーブルに置いてあるスマホが光っていることに気がついた。



そういえば今日は起きてからまだスマホを確認していない。



もしかしたら裕之から連絡があったかもしれないと淡い期待をしながら画面を確認する。



しかし画面を見た瞬間私は氷ついていた。



サーッと音がして全身から血の気が引いていく。



キーンと耳障りな耳鳴りが聞こえてきて、ゴトンッと音がしたことでスマホを床に落としてしまったことに気がついた。



だけどそれを再び手に取ることはできなかった。



ついさっきまで感じていた微かな空腹感は今や消え去ってしまった。



「なんで……」



つぶやく私の足元に転がったスマホ画面の中では、どこかの建物から落下して死んだ私の写真が表示されていた……。


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