冤罪で追放された挙げ句、婚約者を寝取られた魔導師~後から復縁要請されても、信頼できる仲間とともに最強を目指すのでお断りです~

一本橋

第1話 冤罪

「レイラ!!」 


 夜闇に包まれた森の奥深くにて、仲間の叫ぶ声が響く。


 レイラと呼ばれた獣人の少女は、目の前に佇むドラゴンゾンビの前へと背後から突き飛ばされた。

 その後ろには、魔導師を彷彿とさせる黒いローブを纏った男の姿があった。


 そして、俺は目を疑った。


 なぜなら、その人物とは自分と瓜二つの容姿をしていたのだから。


 次の瞬間、レイラは至近距離でドラゴンゾンビの放った炎のブレスに包まれた。




 ──そして、今に至る。


 力強い拳が右頬へと飛んでくる。鈍い痛みが走り、視界がぐらりと揺れる。

 体勢を崩した俺は、そのまま背中を壁に打ち付けた。


 金髪の髪を縛り、白の鎧に赤いマントを羽織っている男は一歩、また一歩と迫ってくる。

 彼は、俺を殴った張本人にして、パーティーのリーダーのミハイルだ。


 眉間にしわを寄せ、目を尖らせて体を震えさせている様子からは、彼の凄まじい怒りを感じさせる。


「俺は絶対に許さない。お前のせいで、お前のせいでレイラは……っ!」


 乱暴に胸ぐらを掴み、激しい怒声を浴びせるミハイルの瞳からは、大粒の涙がポタポタと床に落ちていた。


 レイラが死んでから三日。あれから、俺の周りは一変した。


 あの日の後、殺人の疑いで身柄を拘束された俺は冒険者ギルドによる尋問を受けた。

 最終的には、嘘を見抜く魔法により、身の潔白が証明された。

 晴れて身柄を解放されたのは良かった。


 しかし、それでも皆の疑いの目が消えることはなかった。

 何か細工をしたのではないかと憶測の声は日々、増すばかり。

 なにしろ俺を含むパーティーのメンバーは実際に目にしているのだ。


 本人である自分でさえも、瓜二つだと目を疑う程の人物を──


「違っ……、俺はやっていない!」

「ふざけるのも大概にしろ! ここにいる皆がっ、お前がレイラを後ろから突き飛ばしたのを見てるんだぞ!」


 ミハイルの声は怒りで震えており、感情に身を任せ右手を振り上げる。

 視界を拳が覆い、それから続けて二発、三発と殴られる。


 真っ直ぐな性格で、誰よりも仲間想いであることを友人である俺は知っている。

 だからこそ、なおさら俺が許せなくて仕方がないのだろう。


 そこへ、部屋に閉じ籠っていたはずの騎士であるエレナが姿を見せる。


 普段はキリッと力強い目が印象的な彼女だが、やつれた様子で目元に隈をつくっている。

 それもそのはず、彼女はパーティーの中で、レイラと一番仲が良かった。

 なので、心に負った傷も人一倍深いはずだ。


 そして、昔ながらの幼馴染みでもあった。


「エレナ」


 とっさに、助けを求めるかのように名前を呼んだ。


 エレナと目は合ったものの、すぐに俯いてそらされてしまう。


「頼む、信じてく──」

「無理に決まってるでしょっ!!」


 荒々しい声に、俺の言葉は遮られる。


 エレナが俺に向ける瞳は、強い憎悪を燃やしているような鋭く冷たいものだった。

 それと同時に、仇敵に対するような殺気を当てられたショックで言葉を失う。


「……二度と話し掛けないで、顔も見たくないっ……!」


 背を向けて部屋を去るエレナ。

 それとすれ違うように神官であり、婚約者であるリリィが現れる。


 エレナと同じ幼馴染みであり、ともに将来を誓い合った彼女なら信じてくれるのではないかと。

 俺は声を振り絞り、すがるような思いで手を伸ばした。


「リリ……」


 しかし、それは叶わなかった。


 一切の気に止める事もなく、リリィは横を通り過ぎていく。

 そして、さも当たり前かのようにミハイルの元へ駆け寄ったのだ。


 予想だもしない事に、開いた口が塞がらない。


「いい加減にしてください。あなたがレイラさんを殺したんですよ」


 あきれ果てたような軽蔑の目付きとともに出た言葉に、まるで胸を抉られたような息苦しさを覚える。


 怒り疲れて精神がまいってしまったのか、ぐったりとしているミハイルを、慰めるように優しく抱擁するリリィ。

 それは、仲間の域を越えた親密さを窺わせるには十分だった。


「それと、すみません。私……ミハイルさんの事が好きになってしまったんです。……だから、婚約はなかった事にしましょう」


 突然の婚約破棄は、衰弱しきった心にトドメを刺した。


 ……今思えば、いくつか思い当たるふちがあった。

 いつからだろう、ミハイルとリリィが二人でいることが多くなったのは。

 時には、夜中に二人で出歩いている所を見かけたこともあった。


 そして、なによりミハイルと話すリリィの顔はとても楽しそうだった。


 心のどこかでは気付いていても、認めたくなかったのかもしれない。


 それに、今までの関係を壊したくなかったのだ。

 笑顔が絶えず、仲睦まじかったパーティーはとても居心地が良かった。


 けれど、そこまでして守りたかったものは、結果的に別の形で手放すこととなった。


 気が合い、よく酒を飲み明かした親友ミハイル


 初恋であり、一途に愛し続けた婚約者リリィ


 幼い頃から、互いに競い合った幼馴染 エ レ ナみ。


 愛くるしく、よく自分を慕ってくれた後輩レイラ


 全てを失った。


 深い絶望感に襲われ、唖然として立ち尽くすしかない俺にミハイルは告げる。


「出ていけ! そして、二度と俺たちの前に姿を見せるな!」


 事実上の追放宣言。


 どのみち、このまま拠点ここに留まることは叶わないだろう。


 言いようのない悔し涙を堪え、俺は慣れ親しんだ拠点ホームを後にする。




 外に出て、拠点を振り返るとそこには思い入れのある『朝顔アサガオ』と記された看板が掲げられていた。

 

 故郷によく咲いていた朝顔の花言葉である『固い絆』に、天に向かって成長する樹木のようにという意味が込められている。


 パーティーを組んで間もない頃、皆と夜通しで案を出し合った上に、名付けられたものだ。


 あの頃が懐かしくて、愛おしくてしかたがない。


 雨が降り注ぐなか俺は立ち尽くし、天を仰いで涙を流した。


 自分が何をしたというのだ。


 理不尽な仕打ちに、悔しくて悔しくて堪らない。


 そんな想いを胸に、ゆっくりと背を向けると重い足を進めた。




 街の中心部にいくにつれ、次第に周りの視線が増えていく。

 こちらを見ては露骨に嫌な顔をして、ひそひそと話すのが聞こえる。


 恐らく、どこからか俺がレイラを殺したという噂が広まったのだろう。


 それを裏付けるかのよう、俺を取り囲むように集まった人々からは罵倒の声があがる。


「この人殺しっ!」

「お姉ちゃんを返せ!」


 中には子供の姿もある。


 レイラはその人懐っこい性格と、愛想のよさからパーティーだけではなく、町の人々からも慕われていた。


 怒り狂った民衆の中から、石を投げるものが現れる。

 その内の一つがゴツッと、鈍い音をたてて頭に当たる。


 一瞬、よろけるが何とか歩みを続ける。


 かつての栄光というものは跡形もなく、今の自分に向けられるのは軽蔑と怒りだけだった。


 もうここには居場所など存在しないのだと。

 嫌でも実感せざるおえなかった。


 冒険者ギルドにつく頃には頭から血が流れ、身も心もボロボロだった。


 だからといって、冒険者ギルドにおいても周囲の態度が変わるわけではない。


 ここには、パーティーを抜けるための手続きをするために訪れた。


「手続き、お願いします……」


 顔馴染みであり、たまには冗談を言い合う程の仲だった受付嬢ですらさえ、俺を前にしては侮蔑の目を向けた。


「失望しました」


 ふと、手続きの合間に聞こえた声。


 もはや、何も感じなかった。


 それからというもの、冒険者ギルドを後にした直後に数人の男によって路地裏に連れ込まれた。


 中には、冒険者だと分かる服装をした者も混ざっている事に気が付く。

 

 殺気に満ちた様相からは、これから何が行われるのかを物語っていた。


 無抵抗に殴られ、蹴り飛ばされてはの繰り返し。

 たとえ、ひとりが殴り疲れたとしても、今度は別の男が襲いかかる。


 それは三十分にも及んで続いた。


 意識が薄れ、ぐったりと動かなくなった俺を見て我に返ったのか、男たちは慌ててその場から逃げていった。


 口の中は鉄の味でいっぱいだ。

 痛みは感覚が麻痺しているため、感じない。


 目を開けば、曇り空が見える。ポツリポツリと雨粒が肌をつたう。


 なんとか力を振り絞り、起き上がろうとすると、水溜まりに写った自分の顔が視界に入る。


 今までにないような酷い顔で、目は虚ろだった。


 自分の無様な姿に、なんともいえない怒りが込みあげて顔が火のようにほてり、歯をギリギリと食いしばる。


 俺に冤罪を着せた者がいるのは確実。

 ミハイルたちや冒険者ギルドに、真の犯人がいることを知らせたが聞く耳を持たれなかった。


 レイラを殺し、俺をこんな目に遭わせたんだ。


 必ず見つけ出して、その罪を償わせてやる!


 そう決意すると、俺はその日のうちに町を後にした。

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冤罪で追放された挙げ句、婚約者を寝取られた魔導師~後から復縁要請されても、信頼できる仲間とともに最強を目指すのでお断りです~ 一本橋 @ipponmatu

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