ちょっとエッチ? なSS3【タイミング】

「もう夕飯食べた? 残り物で良かったらすぐ出せるけど?」

「助かる沙優ちゃ〜ん。二人とも夕飯の最中に喧嘩始めるからまいったよ〜」


 突然の連絡にも親友は嫌な顔ひとつせず、ウチを迎えてくれた。

 いつものように両親の喧嘩がかなりエキサイトしてしまい、とても家にいられる状況ではないので、夜も遅い時間にもかかわらずこうして吉田さん・沙優ちゃん宅にやってきたのだ。


「大変だなお前も」

「これもあと二年の辛抱ってね。大学卒業と同時に絶対出てってやるんだから」


 居室でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる吉田さんの向かい側に腰を降ろし、軽く足を伸ばす。そのまま身体を前に倒すとポキポキと関節の音が鳴り、少し痛気持ちいい。

 普段なら絶対に金曜の夜になんかやって来ない。何故なら......。


「あと数時間もすれば新しいのが届くのに、なんでこんな時間に朝の新聞なんか読んでるの」

「朝読んでる暇がなかったからだ」

「ふ〜ん」


 新聞が上下逆なのはツッコむべきか。迷う。吉田さんは相変わらず嘘が下手だ。さっきから新聞を顔の前に隔ててこちらを見ようともしない。

 一方、私のために夕食の残りであるビーフシチューを持ってきてくれた沙優ちゃんのほうはというと。


「量はこのくらいで足りる?」

「あ〜もう全然OK。めっちゃ美味そうだね〜」

「隠し味にコーヒーを少々入れてみました」

「それ食べる前に言っちゃったら隠し味じゃなくない?」

 

 笑みを浮かべながらキッチンに戻る沙優ちゃんのお尻の辺りには、紐がぶらぶらと動いていた。良く見たら部屋着の下が前後逆だ。

 試しにわざとらしくならないよう、伸びをするふりをして背中のベッドの上を手で触れてみた。まだ生暖かい温もりが微かに残っている。

 さてはこの二人......ウチが来る直前までシてたな?

 そういえば居室に入った瞬間に少しイカみたいな臭いがしたような気が。今はしないけど。

 夕飯をご馳走になり、三人でいつもの他愛もない会話を繰り広げて時間を潰し、帰ろうとした頃。


「ウチの両親に二人の仲の良さを少しは見習えって言ってやりたいよ」


 と、帰り際に玄関先でついボヤいてしまう。すると吉田さんは眠たそうな顔でこう言ってきた。


「喧嘩するほど仲が良いっていうだろ。本当に仲が悪かったらそもそもとっくに別れてるんじゃないか」

「どうだか。あの人たちは外面そとづらを気にして別れないだけな気もするけどなぁ」


 私も年齢的に大人の仲間入りを果たしたので、そのくらいのことは分かっている。

 本当に嫌だったらどちらかが別居だってしているだろう。なのにしていない。基本、一応毎日帰っては来る。つまりそういうことだ。


「私は本気で相手に感情をぶつけられるのって、相手を信頼してる証拠でもあるんじゃないかなって思うんだ。喧嘩が終わったあと、二人とも少し仲良くなってない?」

「......本当に、ほんの少しだけ、ね」

「やっぱり」


 覚えがあるのか、二人とも苦笑を浮かべながら見つめ合う。


「いざという時はあさみが本音をぶつけて両親の目を覚まさせてやれ。小説の執筆で鍛えたお前のその文章力があれば十分いけるはずだ」

「吉田さん、ウチを買いかぶりすぎだって」

「そんな気持ちでどうするの。両親を説得できなくて、どうして読者を頷かせるような面白い作品が書けるの?」


 言ってくれるなぁ。ウチが来るまでこの部屋でシてたくせに。

 二人を応援してる側のはずなのに、気づくと逆に二人から元気をもらってしまう。これも無意識の依存ってやつなのかな。


「......ありがと。その時は両親の顔を思い切り引っ叩いて、今までの不満を全部ノシ付けてぶつけてやる」


 まあ依存でもなんでもいいんじゃない。人間は一人では行きていけないのだから。支えてくれる人が近くにいる間は、思う存分甘えようじゃないか。その代わり、ウチも親友カップルにピンチが訪れたら全力でフォローしよう。

 ドアノブに手をかけ、思い出したかのように二人に振り返る。


「あ、帰る前にこれだけは言わせて」

「どうした」

「毎回避難させてもらっておいてこんなこと言うのはどうかと思うけど......エッチは計画的にね」


「「なッ!?」」


 二人の真っ赤になった顔を拝んでから「じゃあお休み!」と言ってウチは逃げるように玄関の扉を閉めた。

 暦はもうすっかり春。

 暖かくなってくると冬眠していた動物は目覚め、同時に繁殖活動も再開するというが......年中発情期なあの二人に関しては関係なさそうだ。

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