第47話【本屋のアルバイト】

 私にとって本屋とは、子供でいうところの玩具屋おもちゃやに等しい。

 ワクワクで胸がいっぱいになり、時間を忘れて入り浸ってしまう。

 そうしていると自然とお店の好みや方向性が分かったりなんかして、非常に面白い。

 大手チェーン店はメジャーな作家さんの作品や、出版メーカーがこれから売り出したい作品なんかがメインに並んでることが多く、正直どこも似たり寄ったりな感じ。

 逆に今時珍しい個人で経営している本屋さんは、稀にとんでもない隠れた名作に出会わせてくれる。

 タイトルも作者の名前もまったく聞いたことがなく、分かっているのは表紙のやけ具合から、その小説が相当昔に入荷した事実のみ。

 誰からも手に取ってもらえず、書棚の中でほこりをかぶって待ち続ける彼・彼女を見つけ連れ出すことが、いつしか私の趣味と化していた。


「結城さんもやっぱり女の子だね」


 お世辞にも広いとは言えない休憩室兼事務所で返品予定の本を読んでいると、ノックと声かけのあとに扉が開いた。

 入ってきたのは店長の篠崎しのざきさん。

 両替から帰ってきた篠崎さんはレジ用のお金を金庫の中にしまい、長机の向かいにある店長デスクの椅子に腰かけた。


「あ、これですか。たまたまですよ。本部から回収の指示が出てて」

「そうだったんだ。僕はてっきり彼氏のために作るのかな~っと思って。ほら、バレンタインも近いし」

「前にも言いましたけど、私の恋人は今も昔も小説です。あと篠崎さんのその発言、セクハラに該当するので気をつけてくださいね。ウチならギリOKですけど」

「僕としたことが。これは失礼」


 やんわりと警告すると、篠崎さんは素直に頭を下げ謝罪した。

 珍しがられるのも無理もないか。大抵休憩時間中は小説を読んでいるか執筆しているかの本の虫が、柄にもなくお菓子作りの本を読んでいれば。


「バレンタインが近いだけにバレンタイン関連の本が売れてますね」

「そりゃね。今の時代、スマホひとつあれば何でも検索できちゃうけどさ、やっぱりどのジャンルも一定層は紙じゃないと嫌だって人がいるものなのよ」

「分かりますそれ。私も電子書籍を否定してるわけじゃないんですけど、コレクション性っていうのかな。物が目の前にあったほうが、手に入れた満足感みたいなのがあるんですよね」


 ネット通販が主流になった昨今、町の個人経営の本屋はおろか、大手チェーン店の本屋でさえ現象の一途を辿っている。

 電子書籍も普及し本屋に行かずとも簡単に本が手に入るようになってしまった現代社会。そう遠くない未来、本屋自体が完全に消滅してしまう可能性だって充分あり得るのだ。

 私がいま働いているこの本屋だって、いつ閉店のき目に合うことやら。

 それを理解した上で私はここを選んだ。

 いろんな人に人生を、世界観を変えるような一冊と直接出会って手に取ってほしいから。私がそうだったように。


「まぁ、バレンタインなんて僕には関係ないんだけど」

「まだ引きずってるし。半年も前に終わった恋なんてさっさと忘れて、新しい恋を見つければいいじゃないですか」

「そうは気楽に言ってくれるけど、僕みたいに人生の折り返し地点を過ぎた人間にとって、新しい恋を探すのって結構ハードル高いんだから。どうしたって若い時と違って恋愛のすぐ背後に『結婚』の二文字がくっきり見えるし」


 さすが。私の人生の倍を生きている篠崎さんが言うと説得力がある。


「じゃあ身近な人で済ませるとか」

「うちの店舗、既婚者の女性ばかりなの知ってるよね」

「他店の社員さんは?」

「論外。残ってる人は皆我が強くてさ。本好きの女性は誰しも優しく穏和いんわな人ばかりなんて話、あれ大嘘だよ。空想の世界が抱かせた幻想」


 納得してつい大きく頷いてしまった。

 以前篠崎さんが長期の体調不良で休んでいた際、代理でやってきた他店の店長がまさにそれだった。

 親族に全く同じタイプを抱えている身なので、バイト先でも苦しめられるのかと辟易へきえきしたのを未だによく覚えている。


「仕事関係がダメならウチが大学の子、紹介してもいいですよ」

「大学生ねぇ......」

「なんですか。歯切れの悪い」

「え、だって結城さんと同じ大学生ってことは20歳前後でしょ。そのくらいまで下だと彼女というよりもはや子供に感じるんだよね」


 8年間付き合っていた彼女と別れた原因は相手方の不満によるものだと語っていたけど、七・三の割合で篠崎さんが原因ではないかと私は思っている。

 仕事では従業員の自主性を尊重して好かれる人間だが、こと自分の好きな相手となると束縛がすぎるようで。

 決まった時間に必ず連絡をよこせとか、男友達と飲みに行くのもNGだとか。

 彼女さん、よくも8年ももったな。


「心配してくれるのは嬉しいんだけど、僕は生涯独り身を貫くと、もう心に決めたからさ」

「そういう考えを持ってる人ほど、ある日悪い女に引っかかって全財産失ったりするんで。気をつけて下さいね」


 知り合いが世間で一時期話題になった頂き女子の被害に遭っては寝覚めが悪いので、遠回しに忠告しておいた。


「まさか。僕そこまでバカじゃないよ」


 冗談だと思われたのか篠崎さんは笑って流した。

 人がいい・店長兼エリアマネージャーなのでお金持ってる・独身・そこそこのイケオジ。

 あなた、カモにされる好条件が揃いまくってますよ。と言ってあげてもいいが、暖簾のれんに腕押し状態の人には何を言っても無意味だ。


「じゅあ僕は他の店舗回って来るから。何かあったら連絡頂戴ね」

「は~い。お気をつけて~」


 グットラック、篠崎さん。

 書類を鞄の中に詰め込んで部屋を出てゆく篠崎さんをいろんな意味を込めた言葉で見送り、私は再び本に視界を落とす。が、ものの数秒であくびが漏れた。

 昨日親友の家で夜更かしした影響が今頃になって出てきたらしい。

 長机に身体を伏せ、昼寝の体勢を作る。

 

「......バレンタイン、かぁ」


 ふと脳内に、今朝徹夜の仕事から帰ってきた吉田さんに言われた時の記憶がリピートされた。


『やっぱりお前、すっぴんの方が綺麗だな』


 普通彼女が近くにいるのに別の女子褒める?

 てか、こっちはすっぴん見られて凄い恥ずかしかったんですけど!

 ......でもまぁ、吉田さんに褒められて悪い気はしなかったけどさ......。

 その言葉が何度も反芻はんすうし、私の眠りをさまたげる。

 吉田さんにとって私は年の離れた友達。

 沙優ちゃんと出会っていなければ、友達どころか知り合うこともきっとなかっただろう。

 不思議な縁から友達になった人は、親友が北海道に帰ってからも続いて。気付けば両親の喧嘩から吉田さんの家に避難することが当たり前のようになっていた。


「......しゃーない。もう一人分作ってやりますか」


 勘違いするなよウチ。

 これはあくまでお世話になっているお礼としてで、決して男女の仲を意識したものではないぞ。

 沙優ちゃんには手作りの友チョコで、吉田さんには去年同様その辺のコンビニで売られているチョコじゃ不公平でしょうが。

 そういうの気にするタイプとは到底思えないけど、今後も小説を読んでもらうためには少しの波風でも立てるのは悪手だ。うん。

全てはこれからも良好な関係を保つため。

 無理矢理結論付けたところで、私はスマホのアラームをセットし、残りの休憩時間を仮眠に費やしたのだった。


 

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