第5章【私の愛すべき親友バカップル編】
第45話【お泊り会・前編】
現実は小説より奇なり。
ウチがその
当時のバイト先に同僚として入ってきたのが主人公のひとり、『荻原沙優』ちゃんだった。
周囲の同い年の子と比べて妙に大人っぽく、それでいて子供みたいに可愛らしい一面も持った、魅力的な同い年の女の子。
あの年代の中卒の子はバイト未経験者か他ですぐクビになった子が多く、入ってきても
途中でバックレるか、お客さんと問題を起こして辞めてしまうかの二択が定石だったのに。
沙優ちゃんには不思議と初日から信頼していいかもと思わせる、天然の人たらしオーラが
まるでタイトルと表紙を見ただけで『これは絶対面白い作品だ!』と思わせるような、感覚に訴えかけてくる何かがウチの身体にビビっと走った。
気付けば私はその物語に土足で足を踏み入れていた。
我ながらデリカシーの
かの有名な作家も、常に何事にも好奇心を持って生きてきたとか、生きてないとか。まぁ細かいことはさておき。
今日もハッピーエンドのその先を、親友ポジジョンから覗いてみますか。
***
「え~と......うん。これがいいかな」
ウチの目には全て同じように見えていた袋詰めの玉ねぎの山を、沙優ちゃんは二・三袋手に取って何かを確認し、カートの中のカゴへと入れた。
「さすがは沙優ちゃん。選別の仕方からして主婦の貫禄が滲み出てるね」
「それ褒めてる? ていうか私、まだ結婚もしてないんですけど」
そう言ってまんざらでもなく照れている親友は、今度はジャガイモの袋の山も手慣れた手つきで手に取り確認してゆく。
お昼休みのピークを少し過ぎた時間帯だけあってか、店内は人もまばら。こんな他人にとって特別でも何でもない日の昼下がり。呑気に買い物を楽しむのは主婦か年金暮らしのおじいちゃんおばあちゃんくらいなものだ。
「でもせっかくの誕生日なのに本当にカレーなんかで良かったの?」
「もう全然。沙優ちゃんの作るカレー、前から一度食べてみたかったんだよね」
「何気にさらっとハードルが上げてるし。普通だよ。その辺の一般家庭のカレーと対して変わらないと思うけどなぁ」
沙優ちゃんの言う『対して変わらない』を絶対に信じてはいけない。
あれは確か去年だったか。吉田さんと沙優ちゃんの部屋にお邪魔した時、夕飯の残りの豚の角煮を一口頂戴したんだけど......舌が触れただけでほろほろとほぐれる肉の柔らかさ。中から溢れ出る醤油と
明らかに沙優ちゃんは、家出JK時代より格段に腕を上げている。
「またまたご謙遜を~。いつだか吉田さんベタ褒めしてたよ。「沙優の作る料理はこの世のどんな料理よりも美味い」ってさ」
「吉田さん、あさみにもそんなこと言ってるんだ」
「相変わらず愛されてますな~、このこの~」
肘で沙優ちゃんの脇腹を軽く小突いてやった。
「やめてよあさみ。くすっぐたい」
「しっかし、吉田さんも残念っだよね。まさかこんなタイミングで徹夜で仕事だなんて」
「ごめんね。何でも急なクライアントからの仕様変更の依頼のせいで、本来のスケジュールよりかなり押してるとか。先週末からずっと終電ギリギリで帰ってきてたし」
「沙優ちゃんが謝ることじゃないでしょ。悪いのはそのクライアント。相手の都合も考えろっての」
吉田さんがいないのは残念だが、そのおかげで今日ウチは二人の家に泊まることができる。
親友の家にお泊りなんて初めてのことだから、なんだか子供の頃に行った林間学校を思い出して前日からワクワクが止まらない。
調子に乗って大きめなスーツケース持参でやってきたものだから、沙優ちゃんが目を丸くして驚いてたっけ。
「吉田さんの代わりに今夜は私が寝かさないから、覚悟しておいてよね」
「はいはい。ほどほどにお願いします」
「ママ~、このお菓子買って~」
「変わり身はやっ。しょうがないわね。今日はあさみの誕生日だから、特別に1000円まで好きなもの買っていいわよ」
「やった~。ありがとうママ~」
おかしなテンションになっている私に引くわけでもなく、むしろ一緒に乗ってくれる沙優ちゃん。ヤバイ。てぇてぇ。
そんな調子で買い物するものだから、気付けばカゴの中身はお菓子やジュース。あと私が以前から興味を持っていたカクテル系のお酒ばかりに。参加できない代わりにと諭吉さん一枚を置いていってくれた吉田さんに感謝しなくては。
「そっか。バレンタインもう来週なんだよね」
レジに並ぼうと横の催事場を通りかかった時、カートを押す沙優ちゃんがそこで立ち止まった。
「もうそんな時期ですか。ついこないだ年が明けたばかりだと思ってたのに」
「ね。あさみは今年のバレンタインはどうするの」
「どうするも何も。去年同様、文学サークルの男どもに激安の特売チョコ配るくらいかな」
いわゆる社交辞令というやつだ。JK時代と違い、その辺が変に気を遣わなくいいので助かる。
「サークルの人たち可哀そう」
「いいのいいの。そういうのは女子力高い人間に任せておくに限るの。どうせあげたって貰ったことすら忘れてるような連中だからね。お金かけるだけムダ」
「酷い言いようだね」
言葉とは裏腹に、沙優ちゃんはクスクスと笑ってみせた。日頃からサークルでの愚痴を聞いてもらってるからなぁ。
「沙優ちゃんこそ、今年は吉田さんにチョコあげるんでしょ?」
「もちろん。そのつもりだよ」
赤と黒で彩られた棚から沙優ちゃんが手にしたチョコは、透明なビニールに包まれた地味なパッケージの板チョコの
「初めてで上手くできるか分からないけど、思い切って手作りに挑戦してみようかな~、と」
「え、意外。沙優ちゃん手作りチョコ作ったことないんだ」
「去年一昨年と勉強でそれどころじゃなかったし。あと私、あさみが思ってるほど何でも作れるような器用な人間じゃないよ」
確かに言われてみれば。沙優ちゃんといえば家庭料理のイメージが強く、家でお菓子を作っているイメージはあまり湧いて来ない。
勝手な先入観で沙優ちゃん=料理なんでも作れる凄い人のイメージが構築されてしまっていた。
「だとしても、沙優ちゃんなら余裕でしょ。飲み込み早いし。おまけに今のご時世、スマホでだって簡単に手作りチョコのレシピ動画見れちゃうんだから」
「うん。まさにいま検索中。吉田さんお酒好きだから、お酒に合うチョコを作ろうと思って」
「となるとウイスキーボンボン? とかか。 試作品ができたら真っ先に私に食べさせてよ」
吉田さんには申し訳ないけど、彼女の手作りチョコの真の『初めて』は私がいただこう。
長年二人の架け橋役を務めてきたのだから、対価として試作品を食べる権利を要求してもバチは当たらないよね。
「いいけど、あさみまだどのくらいお酒に耐性あるか分からないのに平気?」
「少なくともクリスマスの沙優ちゃんみたいにべろんべろんにならないよう気をつけます」
「もう、あさみの意地悪......あの時のことは忘れてって言ったでしょ」
沙優ちゃんは顔を真っ赤にして抗議した。
本人はかなり気にしてるみたいだけど、いざという時のアキレス腱として効果は抜群だった。
「こうなったら罰としてあさみにも手作りチョコ作ってもらおうかな~」
「ウチはいいよ。詳しくは分からないけど、なんか難しそうだし」
「そんなことないよ。だって買ってきたチョコを湯煎で溶かして冷蔵庫で固めるだけだし」
「出た湯煎。料理する人間しか馴染みのない単語出て来る時点でウチには向いてないの」
今日で丁度20年の私の人生において、料理をした経験なんて学校の調理実習での数回のみ。
食べる専門に徹してきた私に、チョコを作るなんて大それたことができるわけがない。
「お願い。私のために友チョコ作ってよ」
「友チョコ、ねぇ」
「きっと楽しいよ? それとも、親友の言うことが信用できない?」
声のトーンを落とし、沙優ちゃんは泣き脅しの手に打って出た。
正真正銘の大人になり、益々外も
「......そこまで言われたら、断れるわけないじゃんよ」
「やった! じゃあ決まりね! 夕飯食べ終わったら二人でどんなチョコ作ろうか決めようか」
沙優ちゃんは嬉しそうに喜び、カートを押してレジ前に並んだ。
拝啓、吉田さんへ。
貴方様のおかげで、彼女の沙優ちゃんは日々魔性の女へと成長しております。
責任取って早く結婚しろ。
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