SS
SS6【餃子カレー】
サラリーマンと家出JKの同居関係から彼氏・彼女の同棲関係に進展し、俺がまず率先してするようになったことのひとつが、夕飯の手伝い。
平日は仕事で帰りが遅くなることが多いので難しいが、今日みたいな休みの日。一緒にキッチンに立つ機会が増えた。
「こんなもんか」
「上手いね吉田さん。子供の時以来にしては上出来だと思うよ」
居室のローテーブルの上に餃子の
「中学に入ってからは部活が忙しくて機会は無くなったけど、小学生まではよくおふくろに手伝わされてたからな」
「昔取った
「よくそんな言葉知ってるな」
「現役JDをなめないでください」
手先は決して器用な方ではないが、久しぶりにやってみると、これがまた自分でも意外と綺麗に包めた。恐るべし、幼少期の経験。ただやはり沙優の包むものに比べたら幾分劣る。
「沙優こそ、随分慣れた手つきじゃないか」
「北海道に戻ってから気分転換にたまに作ってたんだ。餃子の餡を包んでる時って、不思議と無心になれるんだよね」
「梱包材のプチプチを無心で潰すみたいな感じと一緒か」
「そんな感じ」
水気を帯びた色白の指先が餃子の皮の縁半分をなぞり、中心にスプーンで一口サイズの餡を置いたらそっと閉じる。仕上げに開かないよう、縁を端から端まで等間隔に数か所つまんでゆき完成。餃子職人顔負けの無駄のない美しい所作だ。これで味も美味くないはずがない。
「にしても、この前彩花さんが来るまで全然知らなかったな。北海道に餃子カレーなんてもんがあるなんて」
「どうしても北海道っていうと海産物とかラーメンのイメージが強いもんね。かという私も餃子カレーを初めて食べたのは去年だけど」
包むペースを落とさず、沙優はうんうんと頷いた。
先日彩花さんが家にやって来た日の夕飯のシメに食べたのは、餃子カレーならぬ餃子カレー雑炊。今日はちゃんとした餃子カレーを食べてもらいたいということで、餃子は冷凍食品ではなく、皮以外は全て手作りと気合の入り用だ。
「旭川にも餃子カレーのお店はあったけど、家からも学校からも遠かったし。だからようやく卒業前に彩花たちと一緒に行って体験できた時は嬉しかったな」
「沙優だったらスマホでレシピ検索して家でも作れただろ」
「分かってないねぇ~吉田さん」
わざとらしくため息をこぼした沙優。
「いい? 吉田さんにとっての私が作った味噌汁と一緒で、思い出は料理の旨味成分にもなるの。何もない状態で家で作って食べても、それはただカレーの上に餃子を乗せただけの料理なの」
「すげえ説得力」
「分かってくれたかね。さすがは来年30歳を迎えるおじさま」
「さり気なく年齢いじんな。餃子カレー関係ないだろ」
にししと笑い、人が思い出したくもない現実を突きつけてきやがった。
来年の春には俺もついに30歳。正真正銘”おっさん”の仲間入り。
できれば30歳を迎える前には北海道にいる沙優のおふくろさんへ挨拶に行きたい。あと
沙優や一颯さんの話では同棲を許してくれた証拠に、以前みたいな気難しい性格はかなり緩和したらしいとのことだが。
とはいえ『娘さんを僕にください!』シチュエーションは、考えただけで否が応でも緊張で胃が締め付けられる思いだ。
「本場の餃子カレーのお店もだけど、今度吉田さんと二人で北海道に帰ったらいろんな場所に行こうね」
「あ、ああ」
心を見透かされた気がして、思わず肩がビクリと跳ねた。
「北海道もいいが、今年はどこか二人で旅行にも行ってみたいな」
「いいねぇ~旅行。じゃあ二泊三日で四国にでも」
「お
「え〜、しようよお遍路。大変だけど絶対いい思い出になるよ」
あさみに勧められて某伝説的ローカル番組のアーカイブをネットで見始めた沙優は、すっかりその中毒性のある面白さの虜に。最近の夕食後は専ら映画ではなくその番組を二人でよく見ている。確かに面白いが、アレを実際行うとなるとちょっと笑えない。
「第一俺、車の免許持ってないのにどう実行するんだよ。諦めろ」
「そこはあさみに車出してもらうとかさ」
「四国じゃなくて『死の国』の方の死国に行くわ。その前にあいつまだ初心者マークだろ。そんな奴に長距離運転させんな」
俺と沙優が同棲を開始して間もなくだったか、あさみはこっそり車の免許を取得していた。早く独り立ちしたいと常日頃漏らしていたあいつらしい。実家暮らしで駐車場代もかからない。賃貸アパート暮らしの俺にとっては少々羨ましくもあったり。
「じゃあ、私が車の免許取ってほしいってお願いしたら、吉田さんは取ってくれる?」
「......報酬次第では」
「......エッチ」
目と目で通じ合った俺たちは思わず揃って噴き出した。
「でも今はまだいいよ。吉田さんも出世したばかりでまだまだお仕事大変だろうし」
「仕事に理解のある彼女で助かる」
「いえいえ。となると電車やバスを使って行ける場所か......じゃあ、夕飯食べ終わったらネットでいろいろと検索してみようよ」
「そうだな」
機嫌良さげに鼻歌混じりに餃子を包む沙優。ピッチも上がり、こちらも負けじと追いつこうと集中して餃子を包む。
沙優はもう大人だ。未成年という記号で縛られていた頃と違い、自分の意思でどこにでも自由に行ける。それこそ海外にだって。
だとしても俺は、俺の手で沙優にいろんな景色を見せてやりたい。酷く自己中心的で独りよがりな想いであっても。
沙優の喜ぶ表情を、特等席で眺めていたい。
その経験が社会に出る前の沙優に、ほんの僅かでも役に立ってくれるのなら......。
恋人になり早いもので半年以上一年未満が経過しても、俺の気持ちには相変わらず保護者的な感情も同居していた。
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