第27話【企て】

「......んぅ」


 休日。土曜の、朝と呼ぶには少々遅い時間帯。

 視界に映るのは、薄いピンク色のカバーに覆われた枕。


「......そうか......沙優はバイトだったな......」


 俺との時間を優先し、基本土日はバイトを入れない沙優ではあったが、バイト先の都合とかで11月の半ば頃から土日も出勤している。

 しかしそれも明日まで。

 一週間後の沙優の誕生日までには元のシフトに戻る予定にしても、やはり目覚めてすぐ顔を見られないのは寂しい。


「......」


 数時間前まで主の頭を乗せていた隣の枕に手を伸ばす。

 ひんやりとした感触と、沙優の使っているシャンプーの香り。

 何気なく枕の匂いを嗅ぎ、いま自分が何をしているのかと我に返った。


「......俺は変質者か」


 本人に見られたらドン引き、もしくはからかわれること間違いなしの痴態を恥じ、上半身をゆっくり起こしてベッドの縁に腰かける。

 沙優が暖房をかけままにして出かけてくれたらしく、12月に入り肌寒さの増してきた室内でもぐっすり眠れたようだ。

 そしてテーブルの上にはその優しい恋人からの書置きで、


『冷蔵庫の中に昨夜の残りのカレーがあります。ちょっと味変しておいたから、帰ってきたら感想聞かせてね』


 とのメッセージが。


「いつの間にそんなことを......」


 世間はもう師走しわす

 俺も年末らしい仕事の忙しさに追われているが、沙優だって例外ではない。

 なのにこうして日々の生活の中に遊び心を落とし込んでくる気配りが、一人の人間として純粋に尊敬し鼻が鳴る。


 その味変したカレーを美味しくいただきながら、俺は今日の予定を脳内でざっと整理した。

 今年も終わりまであと残り三週間を切ったこの時期――俺に課された使命は二つある。

 まずは沙優の誕生日のお祝いデートを成功させる。それから――。


『蔵にクリスマスツリーあった!』


 あさみからスマホにメッセージが届く。

 そう。その四日後のクリスマスイブ。

 沙優に内緒でサプライズパーティをこの部屋で開くこと。

 あさみはその協力者兼参加者だ。


『ウチが子供の頃に買ってもらったヤツだからちょっと年季が入ってるけど、灯りもまだしっかり点くし綺麗だよ☆』


『サンキュー。じゃあ手筈通りよろしく頼む』

『了解ー! そっちこそ特訓頑張ってねー♪ 終わったらあとで失敗作貰いに行くからー☆

『失敗作言うな』


 あさみとのメッセージのやり取りを終え、とりあえずほっと胸を撫で下ろした。

 これで部屋の飾りつけの件は解決し、あとはある意味目玉となるクリスマスケーキのみ。


 食後の眠気に襲われる前に着替え、近所のスーパーに材料の調達に向かう。

 土曜の昼らしく店内は家族連れでごった返していたものの、今回も無事に必要な材料は全て調達できた。


 部屋に戻ってくるなり休む暇も無く、特訓の準備に取り掛かる。

 沙優が土日いないこともあってあまり時間を気にすることなく自由にキッチンを使えたが、何せ俺の28年間の人生において初めてな経験。

 ぶっつけ本番でやるにはリスクが高すぎる。

 だからこうして、空いた一人の時間を利用して特訓にいそしんでいるわけだ。


「......いい感じじゃないか」


 出来上がった”それ”を眺め、スマホのカメラで画像として納める。

 実物と写真を交互に見比べ、過去一番の出来栄えに満足した。


「これなら人前に出しても恥ずかしくはないだろ」


 ――ピンポーン。

 

 タイミング良くインターホンが鳴り玄関を開けると、そこには約束通り回収する人間が元気よく立っていた。


「こんちわー! 不要になった糖分を回収しに参りましたー!」

「バカにした言い方しやがって。悪いが今回はそうはいかねえぞ」


 業者のノリで帽子を取って軽くお辞儀をするあさみにイラっとしたが、部屋に上がるなり実物を見て態度が変わった。


「おっ、ムラも無く均一に塗られてるね」

「だろ?」

「吉田さんが提案した時は驚きよりも心配の方が大きかったけど、やればできるじゃん」


 クリスマスパーティの計画自体は一ヶ月前からあさみと打ち合わせしていた。

 ただやるからにはさらに沙優を驚かせてやりたい。

 思案した結果、自分でも意外なサプライズに辿り着いたのだった。


「伊達に一人暮らし歴は長くなかったからな」

「沙優ちゃんが来るまでほとんど自炊したことなかった癖に」

「ぐぬぬぬ。料理をまともにしたことないお嬢様がよく言うぜ」

「お嬢様言うなし!」


 わざとお嬢様と発言してあさみを煽ってやると、被っていたもこもこした帽子を俺に深めに被せた。

 付き合いはそれなりに長くなってきたが、実家がどれほど裕福なのかはあまりよく知らない。

 でも実家に蔵がある時点で、一般家庭の水準より確実に高いことだけはわかっている。


「今日も食べて行くんだろ?」


「うーん。今日はパス。急遽もう一本、今月末締め切りの小説のコンテストに応募したくてさ。家で書きながらありがたくいただくね」


「悪いな。そんな大事な時に」


「全然。私もサプライズクリスマスパーティ、楽しみにしてるから。そのためにも吉田さんはまず誕生日デートを成功させなね」


「ああ。任せろ」

 

 家で食べるというあさみの言葉を受けて、俺はできたばかりの物を切り分け、大きめで底の深いタッパーに入れ持たせた。

 あさみが帰り、残った一部を少し遅い3時のおやつ代わりにリビングでいただく。

 沙優もあまり甘味が強いのは好まないので、このくらいがきっと丁度良いと思う。


 そのあとはキッチンを片づけながら、証拠隠滅のため、入念にシンク周りの掃除。

 サプライズはバレた瞬間からサプライズではなくなる。

 ゴミも白いビニール袋でわざと二重に覆ってゴミ箱の奥底に。

 匂い消しに消臭スプレーを部屋中に撒く。

 毎回思うが、浮気相手を家に招いたあとの気分とはこれに近いのだろうか。

 

 そうこうしている内に時計の針は夕方4時を周り、バイトを終えた沙優からスマホにメッセージが届いた。


『今バイトが終わったので帰ります。だから駅に着くのは30分後くらいかな?』


 今日はバイト終わりの沙優と駅で合流し、そのまま夕飯と一週間分の食料の買い出しを行うことになっている。

 週に一度のルーティン。

 どれだけお互いが忙しくてもこれだけは欠かさない。


『わかった。気を付けて帰って来いよ』


 メッセージを送信。

 部屋を出る前に改めてキッチンとリビングを見回し確認を済ませると、少し早いが俺は沙優を迎えに駅前まで向かった。

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