第24話【祝賀会・後編】

「お帰り吉田。随分長いトイレだったじゃないか」

「ああ。ちょっとな」

 トイレから帰って来ると、斜め横の席の橋本が出迎えた。

 俺と沙優がいない間も話題は続いていたらしく、目があった神田先輩が意味深気な笑みを浮かべる。


「こいつらに余計なこと言ってないでしょうね?」

「そりゃ鬼の居ぬ間に話すことはあるでしょうよ」

「あんたは鬼がいようがいまいが関係ないじゃないですか」


「あーん? 高校の先輩に向かってよくあんたなんて口が利けたわね。リーダーになっても高校時代からの上下関係はリセットされないわよ?」


 周囲が生ビールやサワー系を中心に飲んでいるところ、一人だけ升酒ますざけを味わっている神田先輩は噛みつく。


「神田さんは吉田リーダーとは高校時代からの付き合いなんですよね」


「そっ。吉田が一個下の後輩で野球部員。で、私はそのマネージャー。よくお世話してあげたわね。あんなことやこーんなことも」


「「「「「おぉぉぉぉぉぉ!」」」」」


「その手の動きやめてください! 変な誤解を生むじゃないですか!」


 指でわっかを作り、その中を焼き鳥の串を出し入れして卑猥ひわいな表現をしてみせた。

 昔から性に寛大なのは知っているが、距離感に統一感のない大勢の飲み会でそれは勘弁してほしい。

 というか社内で俺と神田先輩が付き合っていた事実を知っているのは橋本と三島のみ。

 さらなる燃料の投下だけは本気で何としてでも阻止せねば。


「神田さん! コンプラ違反は厳禁です!」

「厳しいね三島ちゃんは」

「神田さんが緩すぎるんです!」

「外から歓声が聴こえましたけど。何かあったんですか?」


 タイミング悪く、そこへ沙優がお手洗いから帰ってきてしまった。

 相変わらずの美しい所作で座布団の上に正座で座る。


「聞いてくださいよ彼女さん。吉田リーダーが高校時代に神田さんからいろいろお世話になってたらしくて――」


「それ以上言ってみろ福島。次の案件はいつもの倍の仕事量振るぞ?」

「ていうのは冗談でーす。忘れてくださーい」

「吉田、部下にパワハラはよくないわよ」

「コンプラ違反の人間がどの口で言いますか」


 ツッコミの連続でセンサーが絶好調に働いている俺に、さばけない言葉はない。

 ゲラゲラと笑う同僚や部下たちにもてあそばれてる感は否めないが、沙優が笑ってくれているならとりあえず良しとしよう。



「......疲れた」

「ふふ。お疲れ様でした。吉田リーダー」


 祝賀会、もとい公開処刑からようやく解放され、俺と沙優は駅に向かって歩いていた。

 華の金曜の夜らしく、繁華街の路上には、俺たち同様飲み会を終えたばかりのたむろするサラリーマンの群れが至る所に。

 それを沙優の手を握りながらかわしていく。


「沙優も疲れたろ。ごめんな。あんな質問攻めされて」

「ううん。私は凄く楽しめたよ。なんていうか、芸能人の婚約発表の記者会見みたいで」


「となると俺の班のメンバーはとりわけマスコミか。じゃあ神田先輩は厄介な芸能リポーター、いやジャーナリスト気取りの新聞記者ポジションか」


「酷いねそれ」


 フォローする側の人間は人の揚げ足を取るような真似をそもそもしない。

 その当の本人はというと、例によって三島や下の連中たちを引き連れて二次会へと向かった。

 一応三島には神田先輩が余計なことを漏らさないよう監視しろと指示は出しておいたの

で、無事を祈りたい。

 そして二次会不参加組の橋本は、俺たちとは反対方向にある別の駅の利用なので、同じく店の前で解散。


「本当なら今日、もう一人参加してほしい人がいたんだけどな」

「用事があって来れなかったの?」

「まぁ、そんなところだ」


 日頃から世話になっている恩人、高松リーダーにももちろん声をかけてみたが、


『俺はいいよ。そういう飲み会ってのはな、距離が近い人間同士が集まるから盛り上がるんだ。俺みたいな上の人間が参加したら気を遣って楽しめないだろ。お前らだけで楽しんで来い』


 そう言われて断られてしまった。


 他のリーダーに比べて不思議なフレンドリー感漂うあの人に緊張する人間がいるとも思えないが。

 あの人にはあの人なりのスタンスがあってのことなので、無理は言わないでおいた。


「さすがに外は寒いね」

「そりゃ11月も半ばだからな。もう完全に冬だ」

「秋、一瞬で終わっちゃった」


 ひょっとしたら後ろから知り合いに見られている可能性だってある。

 でも腕に胸を押し付け、上目遣いで暖を取る沙優を離すことは俺にはできない。


「沙優って北海道出身の割にはまぁまぁ寒がりだよな」


「北海道出身だからって誰もが寒さに強いと思うのは偏見だよ? それに前にも言ったでしょ。北海道の人は冬場は家中ガンガンに暖房器具使ってるから、家の中では半袖で過ごす人が多いって」


「何度聞いても温度差凄くて体が壊れそうだ」


 冬場は鍋はあまり食べずに暖房の効いた室内でアイスをよく食べるとか、住む地域が違うだけで人の生活は大きく変わる。

 関東平野部出身の俺にとって、北海道に住んでいた沙優の地元話しは毎回聞いていて「へぇ」とさせられる。

 

「冬休みは実家に帰るのか?」

「吉田さんは私に帰ってほし――」

「いやッ」

「言葉尻をかぶせるくらい私に帰ってほしくないんだ」


 自分でも焦り具合に驚いた。

 ニヤニヤ顔の沙優と視線を合わせられなくて目を横に逸らす。


「今年は帰らないよ。兄さんは向こうで年末年始は過ごすみたいだけど」

「そうか」


「お母さんも「あんたの好きにしなさい」って言ってくれてるし。それにバイトもだけど、年が明けたら初めての大学の期末テストもあるからさ。だから、今年の年越しは一緒にいられるね?」


「ありがとうございます」

「お礼言われちゃった」


 俺はできるだけ出していい本音は素直に口に出すよう心掛けている。

 恋人同士になったとはいえ、結局は他人同士。

 口に出さなければわからないことだって当然として出てくる。

 は、俺たちが今後も良い関係でいられるための通過儀礼だったんだなと、今にして思う。


 会話をしているとあっという間に駅前のスクランブル交差点前まで到着。

 夜9時を過ぎているというのに、人の波はどちらの方向にも大きく流れていてとどまることを知らない。

 

「大学とバイトだけでも大変なのに、そのうえ俺の面倒まで見てくれて。沙優には頭が上がらないな」

「もしかして吉田さん酔ってる?」

「酔ってねぇよ」


 アルコールが入っているといまいち言葉の純度が低く伝わってしまって困る。


「酔ってはいねぇけど......ちょっと食い足りない気分」

「吉田さんも? 実は私もなんだよね」

「そうなのか?」


 大勢での飲み会は会話や酒に集中する反面、食べることを後回しにしてしまうのが俺の悪いクセだ。

 特に今回はいろいろと気を遣う部分が多かったので尚更かもしれない。

 ある意味今回の飲み会の主役? だった沙優も、どうやら同じみたいだ。


「確かこの辺りのガード下に屋台のおでん屋があったな。良かったら行ってみるか?」

「屋台のおでん屋さんか......いいね。うん。行ってみたい」

「あ、でも外だから寒いぞ」


「何言ってるの、そのくらい我慢できるよ。

おしゃれと食べ物のことなら多少の寒さなんて。大人の女を甘く見ないでよね」


 余程沙優的に屋台のおでん屋に興味があるらしく、目を輝かせ早く連れて行けとかす。


 法律上は大人ではあるが、酒やタバコはまだ禁止されている狭間の大人、19歳。

 そこまで協調しなくても、俺の中では沙優はもう立派な大人の女性なんだがな。


「わかったわかった。その代わり、耐えられそうになかったらいつでも言えよ」

「了解です。吉田リーダー」 

「ここでその呼び方はやめてくれ。沙優に言われると、どうにも背中がムズムズしてたまらん」


 交差点の信号が青になり、皆一斉に渡り出す。

 俺たちは駅の入り口方面から少し横に反れた方向へと足を向ける。


 高級なフレンチのお店でもない、デートで連れて行くにはまず敬遠される、開放感はあるがとても店とは呼べない場所。

 でも沙優だったらきっと楽しんでくれる。

 これから始まる二人だけの二次会に、ワクワクが止まらなかった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る