第3章【沙優・二十歳の誕生日とクリスマス編】

第23話【祝賀会・前編】

 プロジェクトも無事成功に終わり、俺の正式なリーダー昇進も決定した。

 今日はその二つのお祝いを兼ねた祝賀会......のはずなんだが。


「えッ!? 19歳ッ!? わっかッ!?」

「二人はどっちから付き合おうって言ったの!?」

「吉田先輩は家ではどんな感じ? やっぱり家では仕事の時とは違って優しい感じ?」

「ええっと......」


 乾杯からの開始して早々、沙優には事情を知らない同僚や部下からの質問の嵐。


「皆さんちょっと落ち着いて! 沙優ちゃん困っちゃってるから」

「そうよ。質問は一人一問まで。その質問がセーフかアウトのジャッジは私が務めるわね」

「そういう神田先輩が一番タチ悪いですよ」


 興味津々な連中を必死になだめようとする三島。

 と、フォローするフリをしながらそれをさかなに楽しむ神田先輩。

 これから公開処刑が始まる予感しかなくて、今すぐ逃げ出したい。

 まさか前に言っていたことが本気だったとは。


『何言ってんの。あんたがリーダーになれたのは自分や班の皆の力以外にも、沙優ちゃんのおかげでもあるでしょうが。だったら呼ぶのが筋ってもんじゃないの?』


 神田先輩の言う通り、沙優のサポートもあって俺はプロジェクトを、リーダーへの昇進を決めることができたと思う。そこは感謝している。

 しかし......会社の人間ではない沙優を呼ぶ必要があったかと言われれば、胸を張って「イエス」とは頷けず。

 完全に神田先輩に言いくるめられてしまった感は否めない。


「まぁまぁ二人ともその辺にして。沙優ちゃんごめんね。みんな吉田の彼女も来るって言ったら気合入り過ぎちゃって」


「いえ。ちょっと驚きましたけど、大丈夫です」


 唯一の二十歳未満ということもあり、一人だけオレンジジュースを飲んでいる沙優は少し緊張した様子。無理もない。

 初めての居酒屋体験が俺と隣同士で主役席に座しての、見ず知らずの連中からの質問攻め。

 こうなってしまった以上、ここは彼氏として彼女のことを全力で守らねば。


「ずっと正座も足痺れないか? 崩しちまって構わないからな」

「ひゅー! 吉田リーダー優しーい!」

「これがギャップ萌え......参考にさせてもらいます」

「う、うるせーお前ら! もう酔っぱらってんじゃねぇぞ!」


 上司をからかうノリの良い男は入社してまだ2年目の福島。

 チャラチャラした見かけと態度によらず、仕事は堅実にこなしミスも少ない。


 その福島と同期。丸い眼鏡がトレードマークの佐藤は、社内でも大人しく、定時になれば即帰宅するタイプ。

 飲み会にもあまり参加することはなかったので、正直彼女が今日参加したのは意外だった。

 そういえば佐藤、俺と橋本が話しているとよくこっちを見ているイメージがあるな。


「ではまず最初の質問は......じゃあ、そこの元気のいい福山」

「福島ですよー。いい加減ちゃんと呼んでくださいよー」

 

 俺の部下は完全に神田先輩のいい玩具おもちゃにされている。

 福島も満更嫌というわけでないらしく、自分から積極的に絡みに言っては苗字でいじられるのが二人の会話の定番だ。


「二人はえーっと9歳? も年が離れてるじゃないですか。どんな知り合い方を?」

「はい。吉田さんとは私が高校生の頃、電車内で困っている時に偶然声をかけてもらいまして」

「ナンパとかではなく?」

「するか。お前じゃねぇんだから」


 場の空気がクスクス笑いに包まれる。


 本当は長年片思いした相手に振られたショックで泥酔した帰り道、当時JKだった沙優を拾ったのがきっかけとは言えず。

 ギリギリありえそうな内容で誤魔化す。


 ちなみに俺が沙優の祝賀会参加条件として出したのは『二年前の出来事はみんなには秘密にする』こと。

 なのでもしも沙優や俺がピンチに陥りそうな時は、事情を知っている三人がフォローに入る手筈になっている。 


「吉田さんは誰も助けてくれず、一人途方に暮れていた私を助けてくれました。あの、男性の方がJKに話かけるのって勇気がいるじゃないですか」


「そうだね。外歩いていると、JKに限らずたまに明らかに困ってる女性とか見かけるけど、僕みたいなおじさんが話しかけていいものか迷うんだよね。不審者に間違われても困るし」


「橋本さんでダメなら世の中のほとんどの男性がダメってことになる気が」


 さり気なく女性後輩社員から顔面偏差値で侮辱された気がするが、ここは無礼講ということで許そう。

 

「あの時に吉田さんが助けてくれたおかげで、今の私があります。吉田さんには本当に感謝しきれません」


「そこから恋に発展したと」

「はい」


 視線だけをわざとこちらに送る沙優。

 顔が熱い。

 俺たちの公開処刑と見せかけて、実は沙優も”あっち側”の人間ではないかという疑念が

生まれ始めてきた。


「いいなー! 俺も電車の中でJK助けたいッスよー!」

「やめとけって福島。お前がやったら確実に相手に逃げるから」

「なるほど。そういう王道な展開もありですね」

「えっと佐藤さん? なんでメモしてるのかな?」


 各々がほぼ一緒の反応をする中、佐藤だけは先程から熱心に話を聞きながらメモを取っている。

 この子は書記官か何かか?


 その後も楽しいはずの宴は無礼講という名目で公開処刑が続き、俺の体力はどんどん擦り減って行った。

 せっかく久しぶりにノンアルじゃないビールを飲んでいるとういうのに、味わう余裕

も酔う余裕も一切無い。


「ん? 沙優もトイレか?」


 一時避難も兼ねたトイレから出ると、隣の女性用トイレの前には沙優が待っていた。


「うん」

「そうか」

「あ、待って吉田さん。良かったら少し話ししていかない?」

「別にいいけど」


 トイレ前での気まずさもあって早々に戻ろうとする俺の袖を掴み、沙優は引き留めた。


「皆さん、私の年齢訊いてビックリしてたね」

「そりゃな」


 思い出して苦笑を浮かべる。

 沙優の年齢を知った時の事情を知らない連中の顔ときたら――人間って、本当に驚いたら口をポカンと開けるんだなという見本市がそこにあった。


「なんかいいね。こういうの」

「こういうのって?」

「大人の社交場の雰囲気って言うのかな。みんな楽しそうにお酒と料理を楽しんでるよね」


 壁を背にし、目の前に広がるテーブル席で埋まった店内に目を向ける。

 個室にいる時はそこまで気にならないが、居酒屋特有の喧騒が店内に響き渡り、もつ鍋の食欲を誘う匂いが厨房の辺りから漂ってくる。


「そうだな。中には羽目を外し過ぎて粗相をしちまう奴もいるけど」 

「吉田さん、食事の時にそういう話をするのはどうかと思うよ?」


「わりぃわりぃ。でも酒の席って不思議なもんで。普段は訊くのに勇気が必要な質問でも、スルっと訊けたりするんだよな」


 丁度目に付いた席に座っている一団が、まさにそれを実践している雰囲気。

 若いサラリーマンが真剣な表情で、上司と思われる人間に何かを話している姿に、自分が新入社員だった時のことをふと思い出した。 


 ――彼女はいま、元気でやっているだろうか――。


 彼女の居場所を奪ってしまった俺が思うのもなんだが、大事な想いに気付くきっかけを与えてくれた感謝の気持ちだけは忘れたくない。


「だから皆さん遠慮なく私たちのこと訊いてきたのかな」

「いや。あれは酒が入ってなくても関係無いだろ。人の恋バナは全人類共通の格好のネタだからな」

「壮大だね」


 クスリと笑った沙優の薬指には指輪が。

 夏祭りの日に改めての告白と一緒にプレゼントした物を、沙優は外に出る際は必ず身に着けてくれている。


 一時期その指輪をはめることによって俺の中での所有物感が強まり、黒く歪んだ劣情を湧かせてしまうこともあった。

 しかしそれを乗り越えた今は、また以前のように純度の高い気持ちの良い温もりが現れた。


 倦怠期? と呼ぶにはあまりにも俺の独りよがりな期間。

 あの通過儀礼があったからこそ、お互いの未来に向かってまた一歩近づけたのだと、沙優の紅潮した横顔を見ながら思う。

 

「......あーあ。私の誕生日があと一ヶ月早かったら、皆さんと一緒に飲めたのにな」


 壁に背中を預け、沙優が呟いた。


「こればかりはどうしようもないだろ」

「わかってるよ。でも悔しいものは悔しいんです」


 神田先輩は論外として、今日祝賀会に参加している班のメンバーは全員酒が飲める。

 飲めない人間が飲みの席に参加するのは、自分だけ取り残された雰囲気がして輪に入って行きづらいと、昔同期が言っていたのを耳にしたことがある。酒飲みの俺には到底理解できないことだが。


「来月は沙優様のためにいろいろと企画を用意してありますので、それでご容赦ください」

「ふむ。ならば良しとして進ぜよう」

「殿様か」


 そうだ。


 来月は沙優の誕生日だけではない。


 二年前はその前に北海道に帰ってしまったが、今年は二人で過ごせる。

 しかも恋人として――俺の心は、長期休みを目前にした子供のように、期待で胸がいっぱいだった。


「一応言っておくけど、決してこの飲み会が楽しめてないわけじゃないからね。吉田さんが普段、どんな感じで職場の人たちと接しているのが知れて嬉しいし。それに......吉田

さんから同僚の人たちに紹介したいって言われて、喜ばない彼女がいると思う?」


「沙優って、男が喜ぶことをさらりと言うよな」

「男じゃなくて吉田さんが喜ぶこと、ね」


 大人になった沙優に、俺は翻弄されっぱなしだ。

 日々年相応の女性へと美しく成長していく彼女。

 結婚する頃にはきっと、俺は沙優の尻に

今よりももっと敷かれているに違いない。


 隣でにへらと笑う最愛のパートナーの未来の姿を、なんとなく想像してみた。

 

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