鳳龍師

坂本徹

第1話 赤い巫女

「……無理だよ。私にはできない!」

 そう言うと、私の目の前にいた女性は悲しそうな表情をして消え去り、朝を迎えた。この夢、昨日も見たんだよな。まさか、同じ夢を2日も見ることになるなんて。

 私は自室を出ると、洗顔を済ませて朝食の準備をした。お母さんは昨日も仕事で遅かったため、まだ寝ている。兄は朝練があるということで、始発の電車に乗っていった。お父さんは新潟に出張ということで私が起きたと同時に家を出た。

 朝起きてみんなで朝食という光景は久しく見てないよな。

 朝食の準備を済ませると、リビングに置かれているテレビをつけた。朝ごはんを食べながらチャンネルを回したが、どの局も妖獣のことは報じていなかった。

 1か月近く妖獣が出現していないなんて珍しいけど、私が小学校低学年の時までは、妖怪などの化け物は空想の産物として扱われていた。でも、今から2年前。なでしこジャパンがドイツでワールドカップ優勝を果たした年、空想の産物として扱われた妖怪が実体化してしまい、妖怪は空想の産物という定義は崩れ去ってしまった。

 あの年の3月、都内に妖獣第1号、「ぬえ」が出現。街角巨大モニターから飛び出ると、行き交う人々を次々と襲った。警察の力ではどうすることが出来なかったため、最終的には自衛隊が出動。何とか駆除したが6000人以上が1日で亡くなったため、「東京大災害とうきょうだいさいがい」として多くの人に刻まれることとなった。

 そして、その日を境に次々と妖獣が出現、今では妖獣という言葉が当たり前として定着した。私が住んでいる若宮わかみやでは今のところ妖獣は出現していないけど、今後も出ないという保証はないというのが現実なんだよな。

 そう思っていると、お母さんがリビングにやってきた。

由美子ゆみこおはよう。ごめんね。起きるのが遅くなっちゃった」

 欠伸をしながらお母さんが挨拶してきた。

「昨日帰ってきたのが21時過ぎ。仕方がないよ。法事まであったんだから」

 お母さんの名前は野口美幸のぐちみゆき。法事や通夜が行われた時に提供される会席料理をデリバリーする会社で働いている。今までは休みが自由に取れていたが、妖獣が出現するようになってからは、亡くなる人が増加。基本、友引以外は休めない状態が続いている。

「ああ、洗濯物もしないといけない、掃除もしないといけない。休みなのに、やることがたくさんあるって、なに!?」

 話を聞く限り専業主婦は大変そうだな。そう思いながらテレビを眺めていると、お母さんが話しかけてきた。

「由美子、そろそろだよ」

 そう言われたため、壁時計で時間を確認すると、7時45分を過ぎていた。準備して行かないと。テーブルに残っていた朝食を食べ終えると、食器を流しに置き、自室で制服に着替えた。

 私の名前は野口由美子のぐちゆみこ若宮中学校わかみやちゅうがっこうに通う1年生。私が住む若宮市わかみやしは埼玉県にある人口7万人の都市で、電車に乗れば15分で大宮。17分でさいたま新都心。40分で池袋に行ける場所にある。

 今日から授業が始まるため、カバンの中を確認して教科書とノートが揃っていることを確認した。はぁ、また重たいものを背負って歩く日々が始まるのか。

「お母さん、行ってくるよ」

「はいはい。行ってらっしゃい」

 お母さんがそう言いながら玄関まで見送りに来た。運動靴に履き替え、玄関を出た途端、私はくしゃみをしてしまった。

 ああ! もう! 花粉が飛んでいる!

「まだ、花粉飛んでいるからマスクしないとだめでしょ」

「大丈夫かなって思ったけど、ダメだったわ」

 急いでリビングに行き、マスクを着用。病院から貰った花粉症の薬を飲んだ。

「そうだ。由美子に渡すものがある」

 そう言ってお母さんが渡してきたものは、指輪だった。

「指輪?」

 お母さんから受け取った指輪を右手の人差し指にはめた。龍の紋章が刻印されている。どこで買ったんだろう。この指輪。

「本当は土曜日に渡そうと思ったけど、忙しくて忘れていたんだ。学校って指輪はめていいんだっけ」

「たぶん、ダメだと思う」

「だったら、ポケットとかに入れておきなさい。お守り代わりとして」

「ありがとう……。これいくらしたの?」

「お祖母ちゃんからのもらい物だよ」

 予想もしない言葉に思わず聞き返してしまった。

「私のお祖母ちゃん。由美子から見たらひいお祖母ちゃんだね。由美子が13歳の誕生日を迎えたら渡してって言っていたんだ。」

「……曾お祖母ちゃん、私が生まれる前に亡くなっているけど?」

「まぁ、曾お祖母ちゃんの逸話いつわは今度聞かせてあげるから。はい。学校に行った」

「分かったよ。じゃあ、行ってきます」

「うん。気を付けるんだよ」

 歩いて10分のところに中学校はある。私が通っていた若宮西わかみやにし小学校が自宅から歩いて20分くらいだったため、随分と近くなったものだ。桜並木の下を歩いていると、中学校に到着。正門をくぐり、昇降口に向かっていると、後ろから肩を叩かれた。

「由美子ちゃん、おはよう」

 同じクラスメイトの西村にしむらななみが挨拶をしてきた。先週行われた身体測定の結果だと、身長は私よりもちょっと低いくらいで、髪型はショートとロングの中間。いつも熊のヘアピンをしている。

「おっ、由美っち、おはようさん」

 ななみと同じタイミングでクラスメイトの小西優子こにしゆうこも挨拶してきた。私よりも身長は5センチ低く、髪型はいつも三つ編みにしている。さっきみたいに「っち」って呼ぶ癖がある。

「野口、おっす」

 クラスメイトの斎藤将大さいとうまさひろも挨拶してきた。身長は私と同じくらいで、スポーツ刈りみたいに短めの髪型をしている。一緒のクラスになって1週間経過するけど、愛想は良いとは思えないんだよな。クールキャラなのかな。

「ななみ、優子、斎藤おはよう。あれ? 黒崎くろさきは? 一緒じゃなかったの?」

 四人とも朝日ヶ丘あさひがおか小学校に通っていて優子、黒崎、斎藤に関しては幼稚園の時からの知り合いみたい。いつも一緒に遊んでいたとか。私も同じ幼稚園だったんだけど、同じクラスになった記憶はないんだよな。

智樹ともきのやつは寝坊だよ」

「黒くん、遅刻しなければいいけどね。早くななっちが何とかしないと」

「こらっ! 優子! そんなこと言わない」

 ななみがそう言うと同時に、私はくしゃみをしてしまった。

「由美子ちゃん大丈夫?」

「野口、花粉症か?」

「由美っち、くしゃみ連発したから、集合写真なかなか撮れなかったよね」

「集合写真で一人だけマスクは嫌だよ。だから、外したけど……もう、花粉症嫌だ! えっ? みんな花粉症の経験なし?」

「俺はないぞ」

「私も」

「生まれてこの方一度もなったことありません」

 口々にそう言ってきた。マジでうらやましい奴らだ。4人で昇降口に入り、上履きに履き替えると、斎藤が話しかけてきた。

「野口さ、さっきから気になったけど、右手の指輪ってどうしたの?」

 斎藤に指摘されて、私は右手を見た。やば、指輪したまま登校していた。

「かっこいい! 由美っち、どこで買ったの? その指輪」

「お母さんから貰ったんだ。本当は私の誕生日に渡す予定だったけど忘れていたみたいで、今日学校に来る前に貰ったんだ」

「指輪とか俺はよくわからないけど、なかなかいいんじゃない?」

「ありがとう。授業に関係ないものは持ち込むなとか言うけど、ゲーム機とかじゃないから大丈夫でしょ。さして、影響はないと思うし」

 指輪を外し制服のポケットに入れると自分の教室に向かった。4階建ての校舎で1階と2階は3年生、2階と3階は2年生、3階と4階は1年生と割り振られており、私が所属している1年1組は4階まで上らないと到達できない。階段を上るのがダル……。

 PCルームの隣にある自分のクラスに到着すると、クラスメイトから朝の挨拶を受けた。芸能人のスキャンダルがどうのとか、昨日の妖獣がどうたらとか。いろいろな話が飛び交っている。

 今日から本格的に中学生として勉強をすることになるのか。そう思いながら教室の窓を眺めた。中庭に植えられた桜の花は徐々に散りだしている。もう少しで桜の季節も終わりか。そう思っていると、誰かが語った。

「いつ見ても桜は美しいな」

 この声は誰? 辺りを見渡しても、声の主は見当たらない。うーん、気のせいか。花粉症の薬が効いてきたのかどうかは分からないが、眠くなってきた。ちょっとだけ寝るか。マスクをしたまま寝ると息苦しくなるため、外すと机に突っ伏した。

 この体勢だと5分も寝ることができない。そう思ったが、チャイムと同時に私は目を覚ました。15分近く寝たのか。結構寝たな。そんなことを考えていると、黒崎が滑り込んできた。

「はぁはぁ、間に合った」

「おっ、黒くんだ」

「智樹、レッドカード」

「智樹……アウト!」

「はぁ? 滑り込みセーフだろ」

 私と同じクラスメイトの黒崎智樹くろさきともきが教室に入ってきた。身長は斎藤と同じくらいだけど、髪はちょっと伸ばしている。息を切らしながら足を押さえていると、入り口の扉が開いた。

「おーい、黒崎そんなところで何立ちすくんでいるんだ? 早く席に座れ」

 担任の立花たちばな先生がそう言うと、黒崎は自席に座った。

「今日の日直は小西と黒崎か。じゃあ、黒崎、号令」

 ついさっきまで走っていた黒崎は息を整えると号令をかけた。そして、朝の会が始まり、連絡事項を立花先生が告げる。頬杖をしながら先生の話を聞いていると、そういえばマスクしていないことに気が付いた。やばい。花粉症対策しないと。

 右ポケットにはお母さんから貰った指輪が入っている。ここじゃないから反対側かな。そう思って左のポケットからマスクを取り出そうとしたが、くしゃみとかしていない自分に気が付いた。

 朝のニュースを見たときは花粉の飛散率は100%とか言っていた気がするけど、まぁ、薬の効果が出てきたんだな。きっと。

 先週までの私は花粉症に悩まされていたが、今日の私は違う。授業中、くしゃみをすることもなければ鼻水が垂れることもない。眼もかゆくならない。

 薬万歳。私はそう思いながら1時間目の授業を受けた。


 ※


「ヒョーヒョー」

 鳥のトラツグミに似た気味の悪い鳴き声が鳴り響くと、歩いていた人たちが足を止め周りを見た。今の鳴き声は何だったんだ。そう思った時には、多くの人は手遅れになり、あたり一面は地獄絵図と化していた。

 妖獣、鵺が出現したのである。猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尻尾は蛇。3メートル以上の巨体の持ち主で、逃げ遅れた人々は次々と食われてしまった。

 もちろん生き延びた人は存在しており、あるものは建物の中に隠れたり、あるものは鵺の姿を写真に撮ったり。あるものは一心不乱に逃げている。

「こちら仙波せんば5号。410出現。繰り返す。410出現。場所は……」

 現場に遭遇したパトカーが無線でやり取りをしている。警察用語で410は妖獣を示しており、発見した場合はすぐさま報告することが決まりとなっている。

「410事案発生了解。付近を警邏中けいらちゅうのPC(パトカー)はすべて5号と合流。410事案の対応に当たってください」

 警察無線からは的確なやり時が流れており、無線からは次々と反応を示す返答が聞こえていたため、現場の緊迫感が伝わっていた。

SAFが到着するまで最低でも10分はかかる。何としてでも足止めをしろ」

「了解」

 パトカーに乗っていた制服警官2名と事態を聞きつけた交番勤務の警官2名、計4名が銃を取り出し装填の準備を始めた。

「こちら仙波警察署せんばけいさつしょです。これから、妖獣への発砲を行います。流れ弾が当たる可能性がありますので、安全な場所に避難してください。これから、妖獣への発砲を開始します。流れ弾が当たる可能性がありますので、安全な場所に避難してください」

 スピーカーで警告を示すアナウンスを流すと、逃げていた人々が建物の中に避難した。そして、妖獣に向けて発砲が行われたが効果はなかった。

「全弾命中。効果なし。退避!」

 鵺が制服警官に向かって突進してきたため、四方に散り、鵺から逃げようとしたが1人の警察官は反応が遅れてしまい、帰らぬ人となってしまった。鵺は何事もなかったかのように進行。人々はただただ逃げ惑うだけだった。


 ※


「埼玉県仙波市に妖獣が出現した。5分後にヘリが飛ぶ。準備に取り掛かれ」

 元々、妖獣に関してはSATが対処していたが、度重なる妖獣事案。そしてどさくさ紛れに発生する凶悪犯罪の増加によりSATの負担が増加。そのため、各都道府県本部配下に妖獣事案を担当する特別攻撃部隊(Special Attack Force)が設立された。通称SAF。

 内部規則などはすべて、SATの焼き増しと言われているが、SAFは自衛隊に配備されている重火器を扱うことを許可されており、妖獣事案に関する捜査権も有されている。所属人数に関する制限は都道府県ごとに異なるが、基本的には7名前後が所属しており女性隊員も存在する。

「伴、配属されて今日が初の出動だろ」

「はい。緊張しています」

 配属されたばかりの伴秀樹ばんひできは緊張した表情を見せた。22歳の若者だが、レンジャー課程を卒業したエリートであり、これからのSAFを支える人物として期待されている。

「緊張することなんかない。訓練通りにこなせばいいだけさ」

 部隊を指揮する伊吹淳いぶきじゅん隊長が伴の肩を叩いた。45歳。元々は警察学校の教官だったが、妖獣の出現に伴い現場に復帰。新設される特別攻撃部隊の隊長を任命されることとなったのである。

 SAFの移動手段は基本、車だが妖獣はどこに現れるか分からない。そのため、遠くで出現した場合は県警の航空隊と連携して出動する。

「伊吹隊長、ヘリの準備は完了しました。いつでも飛び出せます」

 埼玉県警航空隊に所属する隊員がSAFを指揮する伊吹隊長に報告すると、視察に訪れていた埼玉県警本部長がやってきた。

岸田きしだ本部長に敬礼」

 形式的に敬礼を行うと、岸田本部長が語った。

「伊吹隊長、相手は我々警察が屈辱を受けた相手だ。2年前のあの日、警察は鵺の前になすすべなく敗れ去り、自衛隊が駆除するという結果に終わった。あの時のリベンジマッチだ。必ず対象を排除すること。SAFの諸君の健闘を祈る」

「必ず結果を出してきます」

「頼んだぞ。SAF、出動!」

「了解!」

 岸田本部長がそう言うと、県警航空隊が準備したBK117 C-2に全員搭乗した。

「妖獣は現在、県道12号を北東に進行中。初期発砲を開始したが効果なしの報告あり」

「仕方がないことだ。それは」

 ヘリの中では警察無線が次々と飛び交っている。

「伊吹隊長、間もなく妖獣を補足します」

 操縦士がそう言うと、窓側に座っている塚本勝一郎つかもとかついちろう副隊長が眺めながら声を上げた。38歳。伊吹の後に隊長を務める可能性が高い人物だと言われており、任務に対する責任感は強い。

「妖獣確認」

「了解。着陸できる場所を選定していただけますか?」

 伊吹隊長がそう言うと、助手席に座っていた特務員がモニターに表示されている地図を見て確認した。

「仙波市民グラウンドならば着陸は可能かと思います」

「よし、連絡を頼む」

 操縦士がそう言うと、特務員が施設の管理者に緊急着陸の連絡を行った。場外離着陸場の大半は避難所になっている可能性があるため、着陸しようとしたらそこに人がたくさんいましたというパターンがあるため、それを避けるべく連絡することとなっている。

「連絡完了」

 その頃、仙波市民グラウンドには妖獣から逃れていた人々が休んでいたが、ヘリの緊急着陸の連絡が入っていたこともあり、施設の職員が総出で対応を行っている。

「こちらは仙波市民グラウンドになります。ただいま、埼玉県警からヘリの緊急着陸の報告が入りました。同グラウンドに着陸しますので、安全な場所に避難してください。繰り返しお知らせします……」

 施設内にアナウンスが流れ、避難していた人たちがグランドから離れた距離に移動を始めた。

「ゴミが落ちていないか確認。発煙筒の準備は大丈夫か?」

「問題ないです」

 対応していた職員が反応を示すと発煙筒に火をつけた。発煙筒の煙は飛んでいたヘリからも確認できる。

「こちら仙波市民グラウンド。住民の誘導は完了しました。散水は間に合っていませんが大丈夫でしょうか」

「ご協力感謝します。散水の件、承知しました」

 応対した特務員が無線を切ると、操縦士が後ろを振り向いた。

「伊吹隊長。これより着陸態勢に入ります」

「了解。全員、装備の点検だ。ここからは実戦だ。気を引き締めていくぞ!」


 ※


「交通規制の報告が入りました。あとは迎え撃つだけです」

 池田猛いけだたけしが手短に報告すると、伊吹隊長は頷いた。31歳で隊内では中堅として位置づけられており、塚本副隊長の隊長昇格後は副隊長になるのではないかと言われている。

「俺と池田、桂木かつらぎで攻撃を開始する。鵺の口が開いたら伴、ハチヨンをお見舞いさせてやれ。相手が苦しみ出したら、塚本は左側面、三井みついは右側面から攻撃を開始。伴は西田にしだのサポート。ここで蹴りをつけるぞ!」

 伊吹隊長が指示を出すと、各自、所定の場所に散らばった。

「報告! 鵺、横川町よこがわまち交差点、通過確認!」

 桂木百合子かつらぎゆりこが報告すると場に緊張感が走った。伴よりも1歳年上の23歳で、チームの紅一点。伊吹隊長や塚本副隊長からの信頼が厚い。

「伴、しっかり支えろよ」

 西田文夫にしだふみおが伴に声をかけた。伴の指導担当を務めている26歳で、伴の悩みや相談をいつも聞いている。

「了解です」

 鵺が近づいてくる足音が響く。そして、目視でも確認できる位置に鵺がやってくると、鵺もSAFに反応。速度を上げて近づいてきた。

「攻撃準備」

 塚本副隊長の檄が飛ぶと、それぞれが所持していた武器を構えた。

「掃討せよ!」

 伊吹がそう言うと、鵺に対して攻撃を開始。躊躇ちゅうちょすることなく持っていた89式5.56mm小銃の引き金を引いた。池田隊員、桂木隊員も続いて攻撃を始めた。制服警察官が所持している拳銃とはわけが違う。明らかに威力が違ったこともあり、鵺は苦しみ出し、口を開けて鳴き声を発した。

「西田! 今だ!」

 伊吹隊長がそう言うと、西田は不敵な笑みを浮かべた。

「了解! いい面しているじゃないか。笑って……。ハイ、チーズ!」

 84mm無反動砲を構えていた西田が鵺の口にめがけて攻撃を開始。命中すると、鵺は横転した。

「追撃だ。相手に止めを刺すぞ」

 伊吹隊長がそう言うと、側面に陣取っていた塚本副隊長、三井も攻撃を開始。至近距離まで接近して鵺に弾丸を撃ち込むと、苦しんでいた鵺が光の粒子となって消え去った。

「状況終了!」

 SAFが妖獣を倒したため、周りで見ていた人々が拍手をした。

「我々の勝利ですね」

 三井一平みついいっぺいが嬉しそうな表情で話した。28歳。感情をストレートに出すところがあるため、妖獣を倒したときは素直に喜び、取り逃がしたときは苦虫を噛みしめたりする。

「さ、基地に戻るぞ」

 伊吹隊長がそう言った時だった。航空隊の特務員が伊吹隊長のもとに駆け付けた。

「報告、埼玉県若宮市に妖獣第1号、鵺出現」

「もう1体現れたってことか。ぼやぼやしている暇はない。現場に行くぞ」

 伊吹隊長がそう言うとSAFはヘリに乗り込み、第2戦が行われる場所に向かった。


 ※


 今日の授業はすべて終わった。今日は5時間授業だけど明日以降は6時間授業。5時間でもきついのに、6時間とかついて行けるのか分からん。しかも、明日からは仮入部も始まる。基本、剣道しか興味ないけど、一応、いろいろなところ行ってみようかな。

 そう思いながら、帰宅の準備をしているとななみが声をかけてきた。

「由美子ちゃん、一緒に帰ろう!」

「途中までだけどいいの?」

「気にしない。気にしない」

 ななみが手を振りながら返答すると、優子が叫んだ。

「ななっち、ずるい! 私も一緒に帰る!」

「優子は日直でしょ?」

「待つべし! 日直の仕事が終わるまで待つべし!」

 優子がそう言うとななみがため息をついた。

「分かったよ。日直の仕事が終わるまで待つから、終わらせて」

「将大、お前も残るよな。なっ、なっ!」

 愛玩動物のように黒崎が見つめると、斎藤は分かった、分かったと返事した。優子は日誌を書き、黒崎は履き掃除をしている。待っている間暇だなって思っていると、ななみが話し出した。

「斎藤、学ランの着心地ってどう?」

「結構息苦しいぞ」

「第一ボタンまで閉めているんだよね。なんだか、苦しそう」

「それを言い出したら、スカートとかよく履けるなって思うわ。意識の差なのかな」

 斎藤がそう言うと、ななみが口を開いた。

「じゃあ、スカート履いてみる?」

 思わずえっと口に出してしまった。

「いや、遠慮する」

 斎藤は真顔で否定すると、日直の仕事をしていた優子が嬉しそうな表情をした。

「制服交換! やろやろ! 学ラン着てみたい」

「スカート着るの? それはちょっと……」

 黒崎も抵抗している。2対2、同数だから無理。そう思っていると、ななみと優子がこっちを向いた。

「由美子ちゃんはどう思う?」

「制服交換、面白そうだとは思わない? 由美っち」

「えっ? 確かに、面白そうだなって思うけど……」

 そう口にすると斎藤と黒崎が抗議の声を上げた。

「野口さん! それはあんまりだよ」

「何が面白そうだ! 野口は交換する相手がいないだろ!」

 教室に残っているのは私とななみ、優子、斎藤、黒崎の5人だけ。他はいない。

「それもそうだ! ははは。いいんじゃない」

 いつの間にかキャスティングボードを握っていたため、私の投票行動で制服交換というイベントが実行された。

「優子、ななみ、制服交換するのは良いけど、どうやってやるの?」

「そうだそうだ。制服交換ってどっちかが脱がない限り無理だろ」

 斎藤と黒崎が我が意を得たりという顔をしている。

「そうだね……。じゃあ、こっちが脱げばいいんじゃない?」

 そう言うと、優子とななみがいきなり制服を脱ぎだした。

「ちょっと待て!」

 いきなりの行動だったため、私と斎藤、黒崎で止めようとしたが、スカートを脱いだ瞬間、なんで強気な行動をしたのか理解した。

「えっ? ちゃんと体育着、着ていますよ」

「もしかして期待していた?」

 さも、当然でしょという表情をしている。私、スカートの中そのまんまなんだよな。明日は体育の授業があることだし、私も制服の中に体育着は着ておくか。

「ごめん、いきなりだったからびっくりした」

 斎藤も黒崎も後には引けないって表情をしている。そして、優子とななみが体育着になると、制服を渡した。

「はい。着替えてきてね」

「仕方がないな。智樹、やるぞ」

 斎藤は優子、黒崎はななみから制服を受け取ると、肩を落としながら教室を出た。私は制服交換をする相手がいない。このまんまの状態だ。二人が着替えてくるまで待っていると、ななみが私の右肩に顎を乗せてきた。

「由美子ちゃん、もしかしてスカートの中、体育着とか着ていないのかな?」

「えっ。いや……そんなことはないけど」

「由美っち、じゃあ、なんでさっき慌てていたのかな? 体育着を着ていたら制服を脱いでも問題はないって分かるよね」

 優子とななみが不敵な笑みを浮かべている。この表情はやばい。後ずさりして、距離をとろうとした時だった。優子が私の後ろに回り込むと、いきなりスカートをめくってきた。

「ちょっと! 優子!」

「ななっちの予想通りだね!」

 慌てて左手でスカートを押さえたが、今度は前のスカートをななみがめくった。

「おお! 由美子ちゃん、こんな色が好きなんだ!」

 右手で前のスカートを押さえたが、今度は優子が左の側面からスカートをめくった。やばい、波状攻撃が止まらない。めくれた左側面のスカートを押さえると、今度はななみが右側面からスカートをめくってくる。

「いやっ! 本当にやめろ!」

 スカートを押さえると、優子が10年くらい前に流行った演歌のフレーズを歌った。優子。私たちの年代でそれをやるのは古いぞ。

「斎藤と黒崎に見られたらどうするんだよ!」

「さすがに二人がいるときにスカートはめくらないよ」

「うん、どこぞの誰かさんみたいに公衆の面前でやらないから」

 えっ? 公衆の面前でスカートめくり? それはきつい。私のスカートをめくって満足したななみと優子。このまま終わるわけにはいかない。ななみと優子の背後にそっと近づくと、二人の体育着の裾を引っ張って中を見た。

「ちょっと! 由美っち! なにやっているの!」

「えっ? 由美子ちゃん! それは卑怯だよ」

 異変に気が付いた二人が体育着の裾を押さえた。

「ほぉー、優子とななみはそう言う色を好むのか。心配しないで、私も斎藤や黒崎がいたときにはしないよ。ズボンを下されるよりはましでしょ」

 これでイーブンになったな。

「くそっ! 待て! 由美子ちゃん!」

「もう一回やるしかないな」

 ななみと優子がそう言って迫ってきたため、教室内を逃げていると、出入り口が開いた。

「着替えてきたぞ」

「お待たせ」

 元気のない声で斎藤と黒崎が入ってきた瞬間、声に出して笑ってしまった。

「智樹がスカートを履いている」

「将くんの女子制服姿はだめだ」

 当たり前の話だが、男子が女子制服を着るのはよくない。

「はい。男子制服」

 虚無の表情になっている斎藤と黒崎がそれぞれ男子制服を渡すと、優子とななみが男子制服を着た。学ラン姿の優子とななみは若干違和感あるけど、少なくとも、スカートを履いた斎藤と黒崎に比べたらましかな。

「満足したし、そろそろ帰るか」

 ななみがそう言った時だった。突然、入り口の扉が開いた。

「まだ残っていたのか。早く……」

 立花先生の視線は斎藤と黒崎のほうを向いている。しばらくの間、沈黙が流れると、立花先生は引き返した。

「えっ? えっ? どうしたんだろう」

 謎の行動に首をかしげていると、再び立花先生がやってきた。手に持っているのはデジカメ?

「おまえら、写真撮るから。固まれ」

「写真はだめです!」

「記録に残すのはだめ!」

 斎藤と黒崎が抗議の声を上げたが、ななみと優子は乗り気だ。

「なんだ、野口は制服交換していないのか?」

「私は相手がいなかったので」

「ふっ、そうか。じゃあ、撮るぞ」

 そう言うと、デジカメの電源を入れた。私が真ん中に陣取り、右隣にはうれしそうな表情をしたななみと優子。左隣には虚無の表情をした斎藤と黒崎いる。

「ハイチーズ」

 何回かカシャっという音がすると、立花先生が口を開いた。

「誰か携帯持っている人は居ないか?」

「えっ? 携帯出してもいいんですか?」

「せっかくの思い出だろ。残しておかないと」

 立花先生がそう言うと、優子とななみは嬉しそうに携帯を渡した。斎藤と黒崎は恐怖で顔が引きつっている。

「野口はどうする?」

 せっかくだし、記念に残しておかないと。私はカバンからiPhoneを取り出した。

「えっ! 由美子ちゃん、iPhoneなの!」

「由美っち、すごい!」

「両親が契約している会社がiPhoneを取り扱っていたから、たまたま購入しただけだよ」

「俺もガラケーからiPhoneにしようかな」

 携帯で写真を撮った立花先生はiPhoneの操作方法に戸惑った。

「野口、これどうするんだ?」

「写真は……」

 手順を説明すると、なるほどなるほどと立花先生がつぶやき、写真を撮った。よし、これで、中学校に入って最初の思い出が出来たぞ。

「着替えたら、早く帰れよ」

 立花先生がそう言うと、教室を後にした。

「じゃあ、制服渡さないとね」

 ななみがそう言うと、最初に制服交換を行った時と同じ手順で男子制服を脱ぐと、斎藤と黒崎に手渡し、二人とも教室を出た。女子の制服を着るときは戸惑ったが、自分の制服を着るのは手間取らない。二人とも数分で帰ってきた。

 そして、ななみと優子が制服を着て、交換した制服が元の所持者に戻ったことを確認すると、私たちは教室を後にした。


 ※


「野口! 西村! 小西! あの写真を他の人にばら撒いたら許さないからな」

「野口さん! 小西さん! ななみ! 絶対だめだから」

 帰り道、斎藤と黒崎が恨みに満ちた表情をしている。

「私はばら撒かないよ」

 そう言ったが、ななみと優子はどうだろうと言って言葉を濁した。秘密を握ったから、ゆする気満々の表情をしている。カーストは確定した。

「明日からは6時間授業か」

「仮入部も始まるしね」

「由美子、明日バドミントン部に行かない?」

「良いよ。仮入部期間中はいろいろなところに行こうと思っていたから」

 まぁ、最終的には剣道部に行くけどね。そう思っていると、誰かの声が聞こえた。

「……この場から離れて」

「えっ?」

「うん? 由美子ちゃんどうしたの」

「あれ? なんか、私の近くで声が聞こえたようなしたけど……」

 周囲を見渡したけど、誰もいない。気のせいかな。そう思っていると、またしても声が聞こえた。

「……早く逃げて」

 耳元で語りかけるというよりもまるで脳内に語りかけるみたいだ。そう言えば、朝もこの声を聞いたな。誰だ? 誰が話しかけてくるんだ。

 本当はもう少し先、タワーマンションの交差点のところまで行けたけど、手前の交差点を渡ったところで私は分かれた。

「じゃあ、また明日ね」

 挨拶すると、ななみたちも挨拶した。そして、ななみたちを見送ると、再び脳内に声が響いた。

「……来る!」

 謎の声がそう言った時だった。

「ヒョーヒョー」

 鳥のトラツグミに似た気味の悪い鳴き声が鳴り響いた。この声はもしかして! 周囲を見渡すと、妖獣がデパートの屋上に出現した。

「逃げろ!」

「鵺が現れたぞ」

 周囲は騒然となり、怒号やら叫び声が響いている。

「……早く! どこか隠れる場所!」

 また、謎の声が語りかけてきた。隠れる場所はどこだ? そう思いながら、周囲を見渡すと、公園のトイレがあったため、急いで個室に潜り込んだ。

 ここなら大丈夫かい?

 謎の声に返答すると、その途端、女子トイレの個室の様子が一変した。あたり一面、ひかりの空間に包まれている。

 えっ? どうなっているんだ? そう思っていると、私の目の前に一人の女性が姿を現した。

 あっ、この女性、最近夢で見た人だ。

 身長は私よりも高い。たぶん、166くらいかな? 黒髪のロングヘア―。赤い小袖、白い袴を着用している。神社とかで見る巫女さんの服装に似ているけど、袴の長さが短いんだよな。白足袋を着用しており、白木で鼻緒が赤の下駄を履いている。ここまでだったら、巫女っぽいけど、決定的に違うことがある。それは、腰に日本刀を所持していた。

 巫女と侍のハイブリット? そう思っていると、目を閉じていた女性がゆっくりと目を開いた。青い目をしている。

「……初めましてかな? 私の名前は鳳龍師ほうりゅうし

「……ほう……りゅう……し?」

「聞きなれない言葉だよね。鳳凰の鳳、青龍の龍、そして師匠の師、漢字で表すとそうなるよね」

「なんだか言いにくい名前ですね」

「昔の人が付けた名前だから仕方がないよ。まぁ、私は気にいっているけどね」

 鳳龍師はそう言うと、私の目を見て話してきた。

「単刀直入に伝える。私と一緒に戦ってくれる?」

「戦うって……えっ? もしかして、さっき現れた妖獣と!?」

「そう。あなたにしかできないことなんだ」

「無理だよ! 私にはできない! 鳳龍師が戦えばいいじゃない。なんで私なの?」

「私はこの世界でしか生きていけない身体になっているんだ」

「この世界? じゃあ、私がいる世界には行けないってこと?」

「基本的には行けない。でも、誰かを依り代にすれば私は実体化することが出来る」

「その依り代が私なの? 鳳龍師が現実に現れるためには、私の身体を借りるってことなんだよね」

「理解が早くて助かる。一緒に戦うことになったら、相当つらいことになると思う。でも、これしか選択肢はないんだ。あなたが拒否したら絶対後悔すると思う。今まで以上に被害が出る。少しでも減らすためにはあなたの協力が必要なんだ」

 身体を明け渡す。鳳龍師がどれだけの実力を兼ね備えているのか私には分からない。負けたらどうなる? 私はこの世にいなくなるの? それだけは嫌だ! そんな……危ない橋は渡りたくない。

「……無理だよ。私には……」

 そう言いかけたとき、私の目の前には外の光景が目に飛び込んできた。泣き叫んで逃げ惑う人たち。その中にはななみたちも含まれていた。制服警官が発砲したが、鵺はびくともしない。そして、逃げていたななみが転ぶと、迫ってくる鵺を見てしまったため体が固まってしまい動けなくなっていた。

「ななみ! 逃げて!」

 優子と斎藤、黒崎が後ろから叫んでいる。このままじゃまずい! 躊躇している暇はなさそうだな。

「出来ないって言いたかったけど……、どうやらそんなことも言えない状態だね」

 うつむいていた鳳龍師が顔を上げた。

「良いの?」

「どれだけの期間、戦うことになるか分からないけど……私! やりきって見せる!」

「ありがとう……。あなたには絶対に負担をかけない」

 そう言うと、ポケットに入っていた指輪が光りだした。

「その指輪をはめて」

「どこにはめればいいの?」

「……あなたの場合は、右手の人差し指かな」

 鳳龍師がそう言ったため、私は右手の人差し指に指輪をはめた。

「改めまして。私は鳳龍師」

「私は野口由美子。よろしくね! 鳳龍師」

 鳳龍師と私の手のひらが重なった瞬間、私はまばゆい光の中に包まれた。


 ※


「何の音だろう。これ」

 周囲に下駄の足音が響き渡ると、周囲の人々は音の出所を探った。転んだななみのもとに迫っていた鵺も下駄の音に反応し、周囲を探索している。

「もしかして、あの人?」

 斎藤がそう言うと、公園の噴水庭園から一人の女性が歩いてきた。

 そこにいたのは、由美子の力を借りて実体化した鳳龍師だが、周りの人はそんなことは知らない。仙波での戦いが終わったSAFも現場に到着。すぐさま鵺の迎撃に向かったが、周囲の空気が違うことに困惑。その空気の中心点に居たのは鳳龍師だった。

 目をつぶっていた鳳龍師が見開くと、鵺が叫び、突進してきた。

「危ない! 下がれ!」

 伊吹隊長がそう叫んだが、鳳龍師は中腰になると日本刀の鞘を抜き、神速の早業で鵺を斬りつけた

「……マジかよ」

 黒崎が思わずつぶやいた。周りにいた人も多分同じことを思ったはず。自分よりも大きい、妖獣に対して刀一本で立ち向かい、水平にした状態で鵺を切り裂いたからだ。そして、日本刀を鞘に納め、振り向くと切り裂かれた鵺が光の粒子になって消失した。

「一撃で……倒した」

 伊吹隊長が思わず声を漏らした。何が起きたのか状況を呑み込めていなかったが、周囲の人から見たら謎の人物が鵺を倒したことは事実。周囲は歓声に包まれた。

「すごい!」

「かっこいい!」

 いろいろな声が上がる中、鳳龍師が周囲を一瞥いちべつすると、一瞬微笑み、桜吹雪が舞ったと同時に姿を消した。

「えっ? 消えた」

 鳳龍師がいたところに人々がやってきて、周囲を探索したが発見することは出来なかった。

「何者なんだ……」

 SAFと制服警察官は消えた謎の人物の行方を捜索しており、鳳龍師から元に戻った由美子はその様子を遠目から眺めていた。

「さてと。家に帰りますか」

 由美子はそうつぶやくと、自分の家に帰った。これが、現代に生きる人々と鳳龍師の最初の出会い。ファーストコンタクトである。


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