第一章 名家の子

09.上がる炎と感じる畏怖




「無様だなぁ、ヘリート」


捕らえられたボロボロの男。睨むように己を見る彼を蹴りあげ、村人はケラリと笑う。


「お前が悪いんだ。禁忌を犯した、お前が……お前たちが……」


「……」


「死んで楽になれると思うなよ? お前も、シアナ・セラフィーユも、ふたりとも楽にはいかせない」


存分に苦しんでくれ、罪人共。


笑う村人に、ヘリートはただ無言で、彼らのことを睨めつけた。

殺意を孕んだ、その瞳で──。




◇◇◇




「リオル、かわるか?」


「ううん。大丈夫。それに、リレイヌ寝ちゃったからさ。移動させて起こしましたじゃ、悪いだろう?」


ザクザクと地面を踏みしめながら、ふたりは歩く。その背に布を被ったリレイヌを抱えたリオルは、優しく笑い、前を向いた。睦月がそんなリオルに、「でもよぉ」と眉を寄せる。


「さすがに護衛対象に……なぁ?」


「護衛対象といえど、僕らは親友だろ? それに、リレイヌ羽みたいに軽いから負担にはならないし……いやホントに軽いな……大丈夫かな?」


「……喰われた名残?」


「……急いで医者に診せようか……」


真顔になったふたりは、そこでざわめきを耳にし、足を止めた。その遥か前方、真っ赤な炎が上がっている。


「火事か?」


「いや……」


微かに感じる、小さな畏怖。リオルは軽く目を伏せ、足先を横に向ける。


「睦月、遠回りだけど、裏から行こう。多分この規模の炎だったら家に被害はないし、この混乱に乗じてリレイヌを隠せる」


「それもそうか」


「うん。もう暗いから道案内宜しく」


「おう。任せとけ」


言って、黒紫の狼の姿となった彼が、「こっちだ」と歩いていく。リオルはリレイヌを抱え直し、静かに彼の後を追った。足下に気をつけながら歩くこと30分。村の奥に存在するシェレイザ家が、ふたりの前に姿を見せる。


「! リオルさま! 睦月!」


暗がりの中、ランプの仄かな明かりに照らされた玄関先で佇んでいたひとりの少年が、戻ってきたふたりに焦ったように駆け寄った。「怪我は!?」と問う彼に、「ないよ」とリオルは優しく返す。


「それより、アジェラ。アルビスを呼んでくれないかい? 僕の友人が怪我を負ってるんだ」


「え、ご友人が、怪我を……?」


サッと青ざめた、アジェラと呼ばれた黒髪の少年。黄色の瞳を不安げに揺らした彼は、「た、直ちにお連れします! おふたりは寝室へ!」と頭を下げて駆けていく。


「……アイツで大丈夫かよ」


睦月が言う。


「まあまあ、アジェラはああ見えて優秀な子だからさ。失敗多いけど……」


リオルは苦笑しながら答えてみせた。


「……、ん……」


と、もぞりと背中で彼女が動く。うすらと目を開けたリレイヌに、「おはよう」とリオルは軽く振り返りながら笑みをひとつ。「今から怪我、お医者様に診てもらうよ」と言えば、彼女は「おいしゃさま……」とぼんやりと言葉を口にした。


「さ、部屋に行こう。ここに居て村のヤツらに見つかってもあれだしね」


「まー、シェレイザ家にアイツらが来ることなかなかないけどな」


「まあね。でも、用心には用心を重ねないと……」


言いつつ屋敷の中へ入るリオルの背中、ウトウトとするリレイヌは、そこでもう一度瞳を伏せた。そのままくぅ、と寝入る彼女に、睦月が「あ、また寝た」と苦笑している。


「仕方ないよ。疲れてるだろうし。あ、睦月、とびら開けて」


「へいへい」


「シーツ捲って」


「へいへい」


「僕にココア淹れてきて」


「それは自分でやるか使用人に頼め」


調子乗んなと怒る睦月に、リオルは冗談だよ、と愉快そうに笑っていた。

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