第17話 盛り上がる四人

「じゃあ次は晶と和泉だけど、二人は付き合ってるんだよな?」


 空と葵の関係を簡潔に話し終えると、次は晶と朝陽の番だ。

 何となく把握していたので今更ではあるが、確認を取る。

 すると、二人が同時に頷いた。


「そうだよ。ついでに言うと、朝陽とは幼馴染なんだ」

「晶くん、体が弱かった私と昔からずっと遊んでくれてたんです。それで、幼馴染の関係に満足出来ずに付き合ってもらいました」

「……朝陽って意外と積極的だよねぇ」


 体が弱かったという部分に触れていいか分からなかったらしく、別の指摘を葵が苦笑しながら口にした。

 人形のように整った外見に反して、あれこれと積極的に動こうとする朝陽。

 空も葵と同意見ではあるが、体が弱かった反動なのかもしれない。あるいは、過去に何かあったのだろう。

 葵の指摘に、朝陽は真っ直ぐに頷きを返す。


「一番の宝物を失いたくなかったからね」

「だからってあれはどう考えてもやり過ぎだよ」

「そうかな? 晶くんを押したお――」

「わーわーわー! 何でもない!」


 明らかにひと悶着あったのだろうが、流石に突っ込むのは野暮だ。

 今まで見た事のない晶の慌てように苦笑しつつ隣を見れば、葵も同じ笑みを浮かべている。


「取り敢えず、だ。これでようやく話が最初に戻ったけど、何で和泉は俺と話がしたかったんだ?」

「だって、晶くんが皇先輩をすっごく褒めてるんですもん。気になるじゃないですか」

「褒めてる?」


 空の居ない所で褒める晶など、全く想像出来ない。

 不思議に思って首を傾げれば、羨望のような笑みが返ってきた。


「はい。晶くん、皇先輩の話をする時はずっと上機嫌なんですよ。『あいつと一緒に居るのは楽しい』って」

「あ、朝陽、それは言わない約束だって――」

「それに『あいつが居なかったら学校がつまらなかった。凄く感謝してる』って言ってました」

「ストップ! ストップぅ!!」


 このままでは朝陽が喋り続けると判断したようで、晶の手が彼女の口を塞いだ。

 流石に言葉を発することが出来ず、もごもごとくぐもった声が聞こえる。

 晶はこのまま落ち着かせようと思ったのかもしれないが、朝陽は息がし辛いだろう。

 空の予想通り、朝陽が晶の手を引き剥がした。


「ぷはぁ! 晶くん、何するの?」

「朝陽が約束を破ったからじゃないか! 僕は悪くなくない!?」

「だって、こうでもしないと晶くんは皇先輩に日ごろの感謝を伝えないでしょ? 昨日だって『空と一緒のクラスになれなかったら最悪だ』って落ち込んでたくせに」

「い゛っ!?」


 晶の性格上、日ごろの感謝を口にする訳がない。

 そもそも感謝されていた事すら驚きだし、いきなり口にされても戸惑っていただろうが。

 朝陽の口から黙っておきたい事がぽろぽろと暴露されていき、晶が頬を引き攣らせた。

 彼の滅多に見れない反応が面白いので、多少踏み込んでみたくなってしまう。


「そんな事思ってたのか? その割には俺が教室に着いた時にようやく気付いたみたいだけど」

「あ、それ嘘だと思います。多分晶くんは自分のクラスよりも先に皇先輩のクラスを確認しましたよ」

「なのに知らんぷりをして話を合わせたと」

「ですね。ホント素直じゃない人です」

「な、何の事かなぁー」


 明らかに声が震えているし、視線もあちこちに泳いでいる。

 これでは、朝陽の言葉が真実だと言っているようなものだ。

 友人だとは思っていたが、どうやら思っていた以上に慕われていたらしい。

 胸に歓喜が沸き上がり、目の奥が少しだけ痛くなる。


「一緒に居てくれてありがとな、晶。俺の方こそ感謝してる。それと、和泉を怒らないでやってくれ」


 特段親しい友人を作ろうとせず、一年間窓際で過ごそうとしていた空にとって、晶の存在は救いだった。

 本音には本音を返し、晶を想っての朝陽の行動をフォローする。

 空のせいで晶と朝陽の関係にひびを入れたくはない。

 晶の様子を窺うと、彼は驚きから羞恥へと表情を変え、がしがしと髪をかき乱した。


「別に怒るつもりなんてない。朝陽の暴走なんていつもの事だからね。それに――何でもない」


 良い意味でも悪い意味でも素直だと思っていた晶が、珍しく言いよどむ。

 飲み込んだ言葉を察し、胸を温かなもので満たした。


「そっか」

「ふふ。私は晶くんが居るから好き勝手出来るんだよ? ありがとう、晶くん」

「…………どーいたしまして」


 つんと唇を尖らせながらそっぽ向いた晶に、くすくすと朝陽が笑う。

 絶対の信頼が見える笑みは、きっと二人が幼馴染の時から紡いできた時間の長さがつちかったものだ。


「皇先輩。つっけんどんで全然素直じゃない晶くんですが、これからもよろしくお願いします」

「勿論。というか和泉に言われなくても、俺からお願いしたいくらいだよ」

「あ゛ーもう! そんな会話するな! 朝陽は僕の保護者かな!?」


 羞恥が限界に達したようで、晶が顔を真っ赤にして突っ込みを入れる。

 朝陽はというと全く動じる事なく、溢れんばかりの愛情が見える笑みを浮かべた。


「保護者というか、家族だよね」

「うっ。まあ、そうだけどさ……」

「こういう風に普段晶は手玉に取られていると」

「分かってるなら、わざわざ言わなくてもいいだろ!」


 滅多に出来ない晶弄りをしつつ、先程から黙っている葵へと視線を移す。

 いつもなら輝いて見える蒼の瞳は、羨望のような色を帯びていた。


「凄いなぁ……。私にも、そんな人が最初から居てくれたらなぁ……」

「あさ――」

「というか、朝陽は朝比奈さんとどういう風に仲良くなったのさ! 『友達なんてどうでもいい』って言ってたよね!?」


 葵に声を掛けようとした所で、晶が強引に話題を逸らした。

 自分の関係する話題になったからか、彼女が僅かに体を揺らす。


「葵ちゃんとは何でか分からないけど意気投合したの。ねー、葵ちゃん」

「うん。私も、朝陽ならいいかなって思ったの」

「名前に『あさひ』が入ってるし、凄い偶然だよねー!」

「私は名字だけど、お揃いだよねー!」


 どうやら、葵としても朝陽と仲良くなるとは思わなかったらしい。

 友人が出来た事は何だかんだで嬉しいらしく、葵が柔らかく笑んだ。

 その表情には先程までの羨望など見えない。


「連絡先交換しよ、葵ちゃん!」

「忘れてた! やろうやろう!」


 女子二人が連絡先の交換で盛り上がる中、晶と目が合った。

 空はこれまで葵の提案に流される事が殆どだったし、これまでのやりとりから晶もそうだと察せられる。

 後輩に振り回される先輩という立場を共有し、同時に溜息をつく。


「……まあ、何だ。頑張ろうな、晶」

「……頑張ろうね、空」


 隣の黄色い声を聞きつつ、がっくりと項垂れるのだった。

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