第16話 空のバイト先

 美少女二人を見て全力で無視したくなったが、晶と約束してしまったのだ。

 逃げる事は出来ないと、覚悟を決めて正門へ向かう。

 すると銀髪の少女がこちらを――正確には空の隣の晶を――見て、ぱっと顔に歓喜を彩らせた。

 入学式の時とも、先程まで隣の女子と談笑していた時とも違う、愛情がこれでもかと感じられる甘さを帯びた笑みに周囲がざわめく。

 同時に、隣の女子である葵が空の姿を見て目を丸くした。


(驚きたいのはこっちだっての)


 溜息をつきたくなるが、ぐっと堪えて彼女達へ近付く。

 すると銀髪の女子生徒が空へと視線を合わせ、深くお辞儀をした。


「皇空先輩、ですよね。和泉朝陽いずみあさひと言います。今日は我儘を聞いていただいてありがとうございます」

「どういたし、まして? それで、俺に話って何?」


 顔を合わせただけで感謝されると、どんな反応をしていいか分からない。 

 頬を掻きながら質問すれば、銀髪の女子生徒――朝陽が楽し気に目を細める。


「その事なんですが、ここで立ち話も何ですので移動しませんか?」

「俺としてもその方が助かる。視線がヤバい」


 美少女として有名な新入生と、二年生男子が会話しているのだ。

 周囲は何事かと様子を見ているし、中には剣吞な雰囲気の男子生徒すら居る。

 こんな雰囲気の中で談笑する根性などない。

 ちらりと隣の晶の様子をうかがうと、何とか平静を装っているようでいつもより顔色を悪くしていた。

 そんな晶の内心は朝陽にバレているようで、微笑ましいものを見るように笑みを零す。


「でしたら早速行きましょう。葵ちゃん、私に付き合ってくれてありがとね」


 朝陽からすれば空と葵に接点が無いと思うのは自然な事なので、ここで別れようとするのは間違っていない。

 空としても、今回の件を詮索してくる厄介な人達に「晶の友人と話していた」と説明出来るので助かる。

 だが葵が実に楽しそうな、玩具でも見つけたかのような笑みを浮かべた事で、希望が無くなった事を察した。


「折角だし、私もその話に混ざっていい?」

「え? でも男の人と話したくないから、時間潰しの相手になるだけって言ってなかった?」

「そうだったけど予定変更。……まさか朝陽が話したい人が貴方だとは思わなかったですよ。こんにちは、せんぱい」


 絶対に逃がさないという風な圧を発しつつも、葵の表情は笑顔のままだ。

 下手な事を言えば、この場でかなり特殊な知り合いだとバラされるかもしれない。

 がっくりと肩を落としつつも、葵を睨みつける。


「俺だってお前が和泉と仲良くなるとは思わなかったっての。手のひら返しが凄いな」

「いやぁ、そう言われたら反論が出来ませんねぇ」

「あれ? 二人って知り合いだったんですか?」

「ちょっと色々あって、ね。取り敢えず移動しよっか」


 きょとんと首を傾げる朝陽の背中を押し、葵が移動を開始する。

 その後ろをついていきつつ、今まで沈黙を保っていた晶へ呆れ気味の視線を向けた。


「知り合いの和泉が有名になるって分かってたから、入学式の時に落ち込んでたんだな。俺の平穏な高校生活を壊しやがって」

「それは本当に悪かったけど、ぶっちゃけ視線を集めた理由の半分は朝陽じゃないよ? あっちの子と知り合いだなんて聞いてないけど」

「言う機会なんて無かったはずなんだよ。それがどうしてこうなった……」

「絶対皆が僕に話し掛けてくるし、空に押し付けられないだろうなぁ……。面倒くさい。放っといて欲しい……」


 目立つ事の嫌いな男子二人が、落ち込みながら華やかな女子二人を追う。

 すると朝陽がくるりと振り返り、小首を傾げた。


「どこに移動しましょうか?」

「え゛。朝陽はとっくに行きたい場所を決めてると思ったんだけど、まさかノープランで歩いてるの?」

「うん。だってこんな大勢での行動なんて初めてだし、休憩出来る場所なんて知らないよ?」


 先程まで仲良く談笑していたが、葵と朝陽は今日知り合ったのだ。

 朝陽が無計画で移動するような人物だとは思わなかったようで、顔を引き攣らせている。

 空も似たような表情になっていると、隣から溜息が聞こえた。


「どうせそんな事だろうと思ったよ。取り敢えずで行動するのは辞めろっていつも言ってるだろ?」

「むー。でも晶くんがすっごく居心地悪そうだったから移動したんだよ?」

「それは助かるけど、空にも一言謝っておくように。空だって人に注目されるのが好きじゃないんだから」

「分かった。皇先輩、お騒がせしてすみませんでした」


 足を止めた朝陽が、深く腰を折って謝罪する。

 正門で待っていた時点で何となく察していたが、葵と同じく注目されるのを全く気にしない人なのだろう。

 周囲への一応の説明は思いつくので、真摯しんしな姿を見られただけで空としては十分だ。


「いいよ。まあ、何とかなるだろうし」

「空は甘い。もう少し強く言ってもいいからね?」

「そんな事しないって」

「そういう所が空の良い所で悪い所だよねぇ……。なら空の言葉に甘えさせてもらうとして。朝陽、せめて当てくらい考えておきなって」

「私にそんな当てがある訳ないじゃん。分かってるくせに、晶くんのいじわる」


 親しいを通り越して愛情溢れるやりとりに、晶と朝陽の関係を察した。

 入学式の時の人形のような雰囲気など見る影もない。

 二人の雰囲気に入り込む隙が見当たらず、傍観に徹する。

 暫く痴話喧嘩ちわげんかを眺めていると、晶が髪をがしがしと掻きながら空と葵へ視線を向けた。


「どこかゆっくり話せる場所を知らない? 騒がしくなくて、日差しがあんまり当たらない場所がいいんだけど」

「すみません、私はこの周辺に詳しくないんです」

「ゆっくり話せる場所か……」


 心当たりはあるし、少し早いが歓迎してくれるだろう。

 だが、少々案内するのは気が引ける。

 とはいえファーストフード店が駄目となれば他に当てはなく、肩を竦めて覚悟を決めた。


「一応知ってるぞ。案内してもいいけど、後悔すんなよ」

「滅茶苦茶不安だけど、空が案内するなら一応は大丈夫でしょ」

「ですね。むしろせんぱいがそんな確認をする程なんて気になります」

「私もです! という訳で行きましょう!」


 盛り上がる三人を引き連れて、目的地へと向かう。

 到着までに葵と晶が名前のみの簡素な自己紹介をし、空と葵のマンションと学校の中間程にある喫茶店に辿り着いた。


「はえー。いい雰囲気ですねぇ」

「こんな店を知ってるなんてやるじゃん」

「せんぱい、おしゃれさんなんですね!」

「……取り敢えず入ってくれ」


 三者三様の褒め言葉を流し、喫茶店の扉を開ける。

 するとカウンターに居る長身かつ筋肉質な人物が空達へと視線を向けた。


「いらっしゃ――あら、空ちゃんじゃない! まだバイトの時間じゃないけど、どうしたの?」

「こんにちは、店長。バイトの時間までここで休憩したいなと思ったんです。いいですか?」

「勿論よぉ! 後ろの子達は空ちゃんのお友達? いらっしゃーい!」


 明らかな裏声を上げ、この喫茶店の店長――鬼塚勝おにづかまさるが空達を招き入れた。

 あまりにインパクトのある人物に、三人がそれぞれの反応を見せる。


「……わーお」

「そりゃあ空が忠告する訳だね」

「おぉ……! 皇先輩、凄い人と知り合いなんですね!」


 一人だけ目を輝かせているものの、それ以外は若干困惑しつつ案内された席に着く。

 当然のように晶の隣に朝陽が座ったので、空の隣は葵だ。

 メニューを持ってきてくれた勝が、バチンと力強いウインクをする。

 愛嬌よりも圧のある態度に、晶と葵の頬が引き攣る。朝陽だけが興奮に頬を上気させていた。


「決まったら案内してちょうだいね。それと、盛り上がるのは良いけど他のお客さんに迷惑にならないように」

「分かってますって。ありがとうございます」


 勝の態度を流し、メニューを四人で眺める。

 飲み物だけを注文し、それぞれに行き渡った所で一息つく。


「色々あり過ぎて頭がパンクしそうだけど、一つずつ整理しようか」

「そうした方がいいな。まず最初に、わざわざ言わなくてもいいだろうけど、ここが俺のバイト先だ」

「いいお店ですねぇ。カフェオレもすっごく美味しいですし」


 普通は勝に戸惑うのだが、全く気にする事なく朝陽が舌鼓を打った。

 ある意味マイペースな彼女に苦笑しつつ、尊敬している人物の賞賛に胸を温かくする。


「名前は忘れたけど、何かの資格か賞を持ってるらしい。店の内装も店長のこだわりだ」

「はえー。すっごい人なんですねぇ……」

「空がバイトしてるのは知ってたけど、こんなに良い店だとは思わなかったよ」

「晶は滅茶苦茶興味無さそうだったもんな」

「だって詳細を知っても意味ないし、面倒臭いから冷やかしに行くつもりも無かったしね。まあ、でも、案内してくれてありがとう」

「どうも」


 この店の軽い説明を追えると、晶が空と葵を交互に見つめた。


「それで、二人は知り合いだったんだね」

「春休みに朝比奈とばったり会って、面倒を見ただけだ」


 決して嘘は言っていないが、かといって詳細を口にしてもいない。

 ちらりと隣を見て「余計な事を言うな」と目で牽制すると、小さな頷きが返ってきた。


「ですね。私がせんぱいの家の隣に引っ越して、右も左も分からない私に手取り足取り色々教えてくれたんです」

「おおい!? そこまで言ってどうする!!」


 料理等の致命的な話はしていないが、まさか空以上に詳細を話すとは思わなかった。

 先程の頷きは何だったのかと悲鳴を上げて問い詰めると、葵がわざとらしく舌を出す。

 本来であればあざといと思える程に可愛らしい仕草が、今は腹立たしい。


「えへ、すみません。でも、せんぱいがわざわざこうして時間を作る程の人達ですよ? これくらい言っても大丈夫だと思いますが」

「……まあ、そうだけどさ」


 詳細を口にしなかったのは、自身の事に関して言いふらしたくないからだ。

 例えそれが唯一の友人である晶や、彼と明らかに付き合っているだろう朝陽であっても、口にするのに抵抗がある。

 とはいえ信用しているのも本当で、葵から視線を外して僅かに唇を尖らせた。

 そんな空を見て、晶が微笑ましそうに目を細める。


「まさか空がそんな態度を取るなんてね。大丈夫、言いふらさないよ」

「私もです。約束します」

「頼む」


 言質を取れた事で、ホッと胸を撫で下ろすのだった。

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