負けられない夏が来る

咲翔

***


「ねぇ、聞いた? 野球部、今年も甲子園出場決めたって」

「ええっ、すご! 去年も一昨年もだったもんね。三年連続で県トップだなんて」

「甲子園! やっぱかっこいいね」

 


 廊下で女子共がキャピキャピ噂しているのを聞いて、俺は思わず舌打ちをした。今年も野球部は甲子園、全国出場、かっこいい、青春って感じ。どうして野球だからってあんなに騒がれるんだろう。


 成績は同じはずなのに、どうして俺達は称賛されないのだろう。










「よっ、カイト」


 放課後、いつもどおり部室に行くと、先に着いていたセイヤが俺に声をかけてきた。


「ああ、セイヤ。おつかれっす」


 そう応えながら古めかしいロッカーにリュックを置いて、道着と袴を取り出す。そのとき、袴の長い腰紐が垂れて、リュックの肩紐に変に絡まった。

「ああ、くそ」

 舌打ちしながら、ぐいっと引っ張るが、なかなか解けない。しばらくそれと格闘していると、横から手が伸びてきた。


「もう少し落ち着いて解こうよ、カイトくん」


 セイヤかと思ったが、違った。この声はマサキだ。


「マサキ、来てたのか」 

「うん、やっほ。ところで、なんか苛ついてんの?」


 ふわふわとした口調で聞いてくるマサキ。俺が答えずにいると、彼はいとも簡単そうに、俺の袴をリュックから解放してくれた。


「ほら、ゆっくり解けばすぐ取れたのに」


 セイヤも口を挟んでくる。

「どした、カイト。らしくないじゃん。なんかあった?」


「まあ、ちょっと」

 

 ぶっきらぼうに答えながらワイシャツを脱いで、道着の袖に腕を通す。マサキもセイヤも、着替え始める。


「野球部が甲子園行くんだって」


「あー、僕も聞いたよそれ」

 マサキが頷いた。

「三年連続って話っしょ?」


 俺は頷く。するとセイヤが俺の方を見て「ははーん」とニヤついた。


「なるほどね、カイトは嫉妬してるわけだ、野球部に」

「別に嫉妬ってわけじゃねーけど」

「いや、嫉妬だね」


 セイヤが目線を、ロッカーの上に向けた。

「俺たちも同じなのに、どーして甲子園甲子園としか騒がないんだってことだろ?」


 俺もマサキも、セイヤと同じところに目を向けた。そこには、三枚の大きな賞状と、金色のトロフィーが飾られている。


「僕たちも県内優勝校だもんね。高校総体、男子剣道団体県予選、一位突破。全国出場! これで三年連続!」


 マサキが口上を読み上げるように言った。――そう、俺たち剣道部だって、先輩たちの代から頑張って頑張って頑張って、ここまでやってきて。


 今年も俺たちが引っ張って、県優勝を成し遂げた。三年連続で、インハイ出場だ。しかも個人じゃなくて団体戦。



 袴まで着終わった俺は、竹刀を準備しながら呟いた。胸のうちを、そのまま吐き出すように。


「野球部って、ずるくね」


「どうしてそう思うの?」


 マサキが微笑みかけながら尋ねてくる。


「まず、同じ全国出場なのに『甲子園』って響きだけで、俺らよりすごいって感じがする」

「カイトの言うこと少しわかるわ」


 セイヤが頷いてくれた。

「甲子園で活躍すれば、ドラフト会議で指名とかあるだろ? そして大学野球で活躍するっていう道まである」


「でも俺らは、どんなに辛い稽古をして、全国を掴み取って、剣道やってもさ。プロがないじゃん。それを仕事にできないじゃん」


 ――そう、プロ剣道選手というのは居ないのだ。可能性は低くとも、一握りの選ばれたヤツしかなれないとしても……野球には、それを仕事にできるという道がある。プロ野球という世界がある。


「だけど、僕らには無いってことか」


 マサキが言った。剣道にはプロで食ってくという道がない――ゼロなのだ。こんなに剣道に打ち込んでいても、どんなに剣道を大好きでいても、それを仕事にすることができない。


「剣道だって大学とか企業とかがさ、推薦枠とか実業団勧誘となしてくれるってのはあるじゃん?でもさ、それとは違うんだよな。……甲子園は大々的にテレビ放送までするってのに」


 三人とも着替え終わったところで、部室のドアが開いた。残りのメンバーがやってきたのだ。


「おー、おつかれーっす」

「先輩こんちはー」


 部室が一気にさわがしくなった。一旦、俺たちの野球部妬み話は中断される。













 部室のドアを開けて、剣道場へ向かう。

 俺は一人、こっそり出てきたつもりだったが……歩いていると、後ろから肩を掴まれた。マサキとセイヤだ。


「今日も、頑張ろうな」

「ますますキツくなるな、ここのところ。大会近づいてるから仕方ないか、ハハ」


 セイヤが笑ったのは、稽古のキツさの話だ。まあ確かに最近は追い込む稽古が多い。動きを体に染付かせるような、極限まで鍛えるような、そんな部活の日々。


 そのとき、校庭の方から心地よい音がした。


 カキーン。


「うおっ、ホームランかな!?」


 部室から道場へ向かう廊下の窓を開け、セイヤが身を乗り出す。マサキも俺も顔を出すと、校庭の方で野球部が練習しているのが見えた。


「なーんだ。試合練習じゃなかった。普通に打ってるだけか」


 バッティング練習中の、白いユニフォームたち。 甲子園のニュースが校内を駆け巡ったためか、校庭の隅では、彼らの様子を見学している生徒も何人かいるようだ。


 女子の姿が多いのは……まあ、気にしないでおこう。


 青空のもと、白球が高く飛んでいくのを見るのは、とても気持ちが良かった。


「やっぱり、僻んでてもしょーがねーよな」


 セイヤが唐突に呟いた。


「俺たちも頑張ろーぜ」


 マサキが俺の方を見る。

「ですってよ、どうですかカイトくん」

「なんで俺に聞くんだよ」

「だって、一番野球部が……って不満そうにしてたのはカイトくんだったから。ねぇ、セイヤくん」


 セイヤは俺を振り返って言った。


「うん。俺も正直、甲子園だーって騒がれるの羨ましいなって思ってたし、俺たちだって頑張ってんだからもう少し褒めてほしいなって。今だって思ってるよ」


 だけど。


「あいつらも頑張ってんだなって改めて見るとさ、俺らも負けてらんねーよな」


 カキーン。


 また、いい音がした。


 剣道男子三人組は、窓から見える白球を一緒になって目で追いかける。


 

「ああ、そうだな」


「じゃあ、今日も張り切っていこー!」



 マサキの掛け声に、俺とセイヤは小さくオーと応える。窓枠から手を離し、俺たちは歩き出した。






 

 三度目の夏が来る。


 高校最後の夏。


 誰にも負けられない夏だ。


 相手校はもちろんだけど


 野球部にも、負けていられないよな。





 カキーン。


 あ、またホームラン。

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負けられない夏が来る 咲翔 @sakigake-m

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