第1話 目覚め

どれくらい時がたったのだろう。目を擦る。

ああ、腕がある。

じゃあ戦場ではないどこかなんだろう。

目を開けた先が天国であったらいいなと願った。

そこは一面が白い、まさしく銀世界だった。決して冗談ではない。

まあそのタイプの天国も中にはあるのだろう。本で読んだだけの知識で天国を語るのは十年早かったかもしれない。

しかしまだなにか違和感。ものすごく寒くて震えているのはまあいいとしよう。ものすごく寒いが。

恐る恐る横に目を向ける。なんかのホラー映画みたいだな。

隣には、眼前の白い景色には似つかわしくない赤髪が見えた。透き通るほどの綺麗な髪。どんなケアをしたらこんなものが保てるのだろうか。温度を失ったような景色にはとても浮いている。

それに、動いてもいないのに地面は上下にガタガタしている。どうして......ああ、そうか馬車の荷台か。

いや待て、馬車?なんで?じゃあこの銀世界はなんだ。どうなっている。ここは天国のはずじゃなかったのか?

ダメだ、情報が多すぎて頭が痛くなる。赤髪?何かフラッシュバックして....... 、ああ頭痛が増していく。

この赤髪は神様かなんかだろうか。神秘的であることに変わりはないが。

それでも分からないことが多すぎる。

さりげなく自分の姿に目を向けた、が瞬時に動きが止まる。

な、なん、だと

目に写る私の髪は、気に入っていた黒色から、明るいを通り越して反対までいってしまっている。

それはそれは真っ白な、ご老人でも真似出来ないような美しい髪。いや、綺麗だけれども。

もう景色に同化しちゃってるじゃん。どうか夢であってくれ、夢で。

「ああ、やっと起きたか、少年」

空気が緩むのを感じた気がする。

緑色をした慈愛の目がこちらを見つめ、外見にあっていない、少し低めの声が発せられた。

肩にかかるかかからないくらいの長さの美しい赤い髪。それは赤という色を再認識させてしまうほどの純粋な赤だった。

高い鼻や少しだけ垂れた優しそうな目。高貴そうな衣服に、光沢とはなんだと疑いたくなるような革靴。

...............。

何だこの同性でも惚れてしまいそうな美貌は。

私が男であったらどうしてたろう。二回は死んでいたこと間違いない。

まだ僅かな可能性にかけ、とりあえず頬をつねってはみたが、只只痛いだけだった。

ちょっと赤くなってしまった。どうしてくれるんだよ、赤髪さん。

「そうか、少年には何も分からないんだな。すまない。いきなりで。ならばまずはこちらから話すのがマナーか。私はそうだな......ベロニカとでも名乗っておこう」

ベロニカ?駄目だ、また頭が痛くなる。さっきからのこれは何なんだ。

彼女の髪がふわりと舞い上がる。鼻腔をくすぐる甘すぎずの豊かな香り。そこらじゅうを飛び回る風までもが彼女のファンらしかった。

「少年の名は?」

彼女の声は、脳の奥に響くような音色だった。

おそらく1/f のゆらぎというものはこんな感じなんだろう。

この先使うことはないであろう知識を頭に入れ、質問に答えようとした。が、

「ぁ.......」

喉がつかえて上手く喋れない。無理に話そうとすればむせてしまい、一向に先に進まない。

「ぁ、ぁたしぃ、の、ぁあえわ......」

むせながらも話そうとする私を制し、彼女は苦笑を浮かべる。

「いや、無理に喋ることはないんだ。それに、その状態で話されても困る。そりゃぁ少年はずっと寝てたんだから。とりあえず水でも飲むんだ」

こちらを見つめる彼女から奪い取るように受け取った水を、私は一息で飲み干した。喉はこれを求めていたと言わんばかりに機能を回復し始める。

ここは失敗しては行けない。初対面は第一印象が全て。

どこかで聞いた記憶のあるその警告を、何回か頭の中で反芻した。

息を整え、満を持して、

「わ、私はクトr、クトリ.....です。」

空になった水の器は、力を失った手をすり抜け虚しい音を立てて転がった。コロンッコロン。

立場を変わってくれないか、そこのヨーキ。

やってしまった。だが気にしてなんかいけない。まだ取り返しはつく。

「えーっと....ここはどこなんですか。それに.....そうだっ、戦争の現状はどうなっ....」

いきなりの閃光に口は言葉を紡げなくなった。上を見上げると思わず目を瞑ってしまった。

なんだあの光は。一面の純粋な青に、漂う綿状の白い物体。

「なに...、この景色。まさか、魔法.....!」

本能が危険を呼びかけ、私はすぐさま逃走を図ろうとする。がしかし

「ぐはっっ」

盛大に転んだ。それも少しも動けていないのにも関わらずだ。

走る馬も足を止めてこちらを見ている。

ヒ、ヒヒーン。あのか細い鳴き声は私を慰めでもしてくれてるのだろうか。

あぁ、もう駄目かもしれない。第一印象は救いようのないところまで落ちめしまっている。

もう産まれたての子鹿以下だろ。これは。

「ダメじゃないか!少年はまだ起きたばっかで、か、体が、ふっ、追いついてないんだよぉ」

あの格言を、頭に思い浮かべる日が来るとは。どっか地面に穴は空いてないかしら。

羞恥に体を震わせる私を横目に、彼女は10秒ほどで息を整えた。

笑いたきゃ好きなだけ笑え。そんなに人が転ぶ様が面白いか。

「それにあれは魔法なんかじゃない。質問には順番に答えるからさ。落ち着いて、ね?」

相当取り乱す私とは対照的に、彼女はどこか楽しそうだった。

上に浮かんだあの白い何かは何故か私を苛だせる。こっちをバカにした表情をして。

その時の私の目にはそいつに顔が形成されていたのだろうか。

いや、八つ当たりも甚だしいな。

「まず1つ目。ここがどこかと言ったが、まさに君の言う聖戦が行われていた場所だ。それも、2年前に」

ベロニカは淡々とそう告げた。

その時の私はどんな顔をしていただろうか。アルバムに残っていればすぐに燃やすか破るかしてしまうほど滑稽だったろう。ところでアルバムって何。

「に、2年前?」

「ああ、信じられないかもしれないが、もうとっくに終わっているんだよ。あの戦争は」

言葉を失った。あれが?2000年かけても終わらず、地球が耐えられなくなるまで終わらないと言われていたあれが?

なぜ彼女は平然とそんなことを言えるんだ。彼女の顔を疑いの眼差しで見つめるが、嘘をついている様子は確認できなかった。

「驚くのも無理はない。世界中の誰も終わるなんて思ってなかったんだからね、あの日までは」

彼女はどこか懐かしむような目で窓の外を臨んでいた。誰もが触れがたいと思ってしまうような横顔。いやいやそんなこと気にしてる場合ではない。

「ほ、ほんとに...終わったんですか」

彼女は苦笑いの様な形容しずらい表情でゆっくり頷いた。やっぱ神様っていうより聖母様か。

「そして君が眩しいと感じたあれは、」

先程とは違う種の笑みを浮かべ、

「私も信じられないが太陽...と言うらしい。あの光の量。私も最初見た時は命の危険を感じたよ。それに青いのは空だ。空というものは本当に純粋な青色をしている。」

太陽だと...、それに加えて空。ダメだ、情報が多すぎる(2度目)

「つまり、あの白い綿のようなものは昔話に出てくる雲.....ということでしょうか」

さっきは八つ当たりしてすまなかった。君にもちゃんとした名前があったのか。

私は心の中で彼らに手を合わせる。彼ら、ではないか、じゃああれら、と呼ぼう。

どこからか怒声のようなものが聞こえた気がする。

「そう、その通りだ。最近の若いのは理解が早くて助かるよ」

いやいやまだ状況の変化に追いつけてなんかいない。理解はしたが、納得はしていない。

ところで私を「若いの」と分類する彼女。一体歳はいくつなのだろうか。あの口ぶり。多分聞いてはいけない類いの質問だろう。

その表情を見た彼女は目を細めて口を開く。

「ときに少年、私の歳が気になってるだろ」

思わず顔をしかめた。心を読まれてる.....だと?

「はっ、君は本当に正直だね」

私はまさに図星のような顔をしていたんだろう。

「ぐうの音も出ません...」

彼女が笑いを抑え込むまで十数秒。もう笑われても何も思わなくなってきた。いい傾向だ。

いや......いい傾向だということで。

「私はまぁ、少年の大先輩ではあるかな?」

なるほど。つまりこれは聞いてはいけない。マジックペンで記憶に刻み込んでおこう。忘れていたら大変なことになる気がする。

ところでマジックペンって(以下省略)

さっきから誰かに操作されてる気がするんですが.......。

「違う違う。そんなことを聞きたいんじゃないんです」

......ミスった。

「そんなこと、だと?」

あっ。ヤバい。いや考えるな。そう、気にしてはいけない。

この調子じゃあ何個命があっても足りないからね。

「わ、私はなんで生きてるんです?それになんでいきなり何年も経って.....」

あの日のことが脳裏に現れる。覚悟はしたはずだ。もう何年も前の家族にだって話しかけていたのに。

そう、覚悟はしたはずだが、思い出すだけで手が震える。気づけば震えを止めようと握った手に雫が落ちていた。

あれ?なんで。言葉が続かず、心の中を感じたことのない感情が占めていた。なんで今......?人前で泣いたことなんかなかったのに。

悲しみにくれる私を、彼女は自分自身が悲しいかのような表情で見つめていた。

「少年.....」

彼女はそれ以上何も言わず私を抱きしめた。

ほっとしたのか私の涙は止まらなくなってしまった。1度は死を受け入れたが、今生きていることはなんであれ嬉しかったのだ。

溢れ出る涙を彼女は暖かい手で拭ってくれた。それはまるで我が子に愛を伝える母のように。

「その話はまた後でにしよう。いいんだ。焦ってはいけないよ、少年。君はまだ子供なんだ。自分だけで抱えようなんて思わなくていい」

彼女は私を通して、その先の誰かを見ているようだった。もう届かない。どこか遠い場所を。

このセンチメンタルな雰囲気を気にもとめないで、太陽は私たちを貫く。

ああ、眩しいな。

前まではただの恐怖でしかなかった光は明るく、かなしみに暮れる私たちをただ抱きしめてくれた。

その心地良さに身を委ねる。目の前の戦争だけに目を奪われ、私たちはこんなものを見失っていたのか。

今、新しくこの世に生まれたような気さえした。


この星は今日も元気に回っています。

そちらも元気にやっていますか。


はるか遠くの家族や戦場を共にした仲間たちに、届くか分からない手紙を出した。






目を開け、さっきとはかけ離れた景色を見て始めて自分が寝ていたと気づく。

周りは緑に囲まれ、美しい花々は母である太陽に純粋な眼差しを向けていた。

一体どれくらい経ったのだろうか。

「少年、目的地だ」

彼女、ベロニカは少し離れた場所で手をこまねいていた。相変わらず優しい声だ。私はすぐに馬車を降り彼女の元へ走る。また盛大に転んでしまった。走る感覚は未だ完全には戻っていなかった。

く、気にしないふりだ。

行くところまで落ちてしまっているんだから、もう好感度は伸び代しかないだろう。そう、これからだ。

前向きのフリをするのはいつだって疲れる。

「前提として、目的地を教えて貰っていなかったのですが」

笑いを堪えるのに必死(堪えられてはいない)だった彼女の顔は、瞬時に詫びるような顔に変わった。

「.......そうだったな。本当に忘れていた」

いやいや、嘘つけ。

......え、まじ。本当に忘れていたのか。顔をしかめそうになった。

手を地面に着いて立ち上がり、砂を払う。

......この服、高そうじゃない?

「いえ、寝ていた私が悪かったんです。それで結局、ここはどこなんですか」

私は話しながらも手を止めず、服の調整にかかった。これは汚してはいけない服。私の「してはいけないことリスト」はパンクまで秒読みだ。

ふと、目の前の建物に目を向ける。

そこにあったのは歴史を感じる古い木の家だった。周りには終わりの見えない森があり、他に人のいそうな建物は見当たらない。

「若い子に気を使わせてしまうとは情けない。ええと...そうだな、ここは私の家だ。......笑うなよ?」

あえて転んだことには触れない。これはこれで辛いものがあるよね。だってまだ顔引きつってるもん。

それよりだ。彼女の家か。一目見た時から予想はしていた。

理由は何かって?そんなの、この家ほど彼女に似合う家がないからに決まっているだろ。

今鼻で笑ったやつは一回私と資格共有してみろ。二秒で前言撤回したくなるよ。

それから彼女はいかにも重たそうな口を開く。何回か頭の中で言葉を反芻しているようだった。

「それでだな、今日から君は...」

まて、ちょっと待て。さっきの不可解な間、そ、そういう事か!

嫌な予感。やめろ、もうやめてくれ。オーバーキルだ。それも敵キャラが可哀想に見えてくるほどの。今日はもう驚き疲れているんだ。

ところでオーバ(以下省略)

短い沈黙。体感2000年。私の意識は聖戦のその前まで遡っていた。


「私と一緒にここで住んでもらう」


はぁぁあ、もうどうにでもなれだ。

未だにあのなんか等間隔に並んだ動物のようなあいつは私を上空から見下ろしている。

やっぱムカつくはアイツ。





















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