ああああ

 朝日はねこみみパジャマのしっぽをずるずる引きずり、廊下からリビングへ向かう。


 リビングのテーブルにて、牛パジャマを着た一家の父、太陽が新聞を読んでいる。

 年を経て太陽は威厳ある顔立ちに至り、白髪も得たが、牛パジャマが風格をブチ壊しにしていた。

 

「朝日、おはもーう」


「?」


 父は牛パジャマに合わせた挨拶を考えたらしいが、朝日には通じなかった。


「だめか。だがお父さんには昨日ネットでパクった必殺技がある」


 太陽は新聞を放り出し、テーブルのスマホを取ってタップ、タップ、タップ。

 

 ――にゃーにゃーにゃにゃー、にゃーにゃーにゃ、にゃー。


 スマホから出てきた猫の音声に合わせ、太陽は口パクした。


「???」


 意味が分からな過ぎて朝日は首をかしげる。


「これは日本語を猫語に翻訳するアプリだよ。何と言ったか分かるかな」


「うーん、おはよう?」


「にゃーにゃーにゃにゃー、にゃーにゃーにゃ、にゃー」


「……」


 無表情な朝日だが、口元が微かに震えていた。


「――勝ったな」


 リビング奥の台所では、ウサ耳パジャマの夕月が朝食を支度していた。一家のどうぶつパジャマは夕月の趣味らしい。


「はいはい二人ともごはんだよー」


 夕月が手早く配膳する。

 家族全員テーブルに着席し、両手を合わせた。


「いただきます」


 挨拶の息が揃うのは有明家のテンプレ。

 朝日は中学生並みの勢いでご飯茶碗を空にしてお代わりを頼む。父の太陽が声を掛けた。


「今日からなんとか対策本部へ出向する朝日に、お父さんは言いたい」


「なに」


「挨拶だね。ああいうのはインパクトが大事なんだ。お父さんがいいやり方を教えてあげよう」


 太陽は箸を置き、両手の指でハートマークを作る。


「萌え萌え、キュン。これでお父さんはたくさん取引先を無くしたが、もっとたくさんの取引先を作ることもできた。やってみるといい」


「わかった。覚えてたらそうする」


 朝日はお皿のタコさんウインナーを箸でつまみ、かじった。


「やらなくていいよ! おとーさんに付き合ってたらキリないから!」


 ごはん大盛り茶碗を朝日の前に置き、夕月は咳払いする。


「ところで朝日、出向先って何かの対策本部……あれ何だっけ」


「サタケ対策本部の機動強襲隊、第一分隊」


「今回は名前が『ああああ』にならないの? 珍しいね」


「なにそれ」


「いつも名前に『あ』が多いでしょ。んぜんたいさくかの、け、さひ、みたいに『あ』ばっかり。短くしたら『ああああ』。RTAの走者みたいだよね。小中高は浅草だし、警察学校は朝霞……ええっと?」


「朝霞迷宮特務校……『あ』が多いのはたまたまだよ。苗字の時点で二つあるんだし」


「えー」


 変な発想するなあ……と思いつつ、朝日はたくわん一切れを箸でつまみ、ポリポリかじってご飯を掻き込んだ。


 朝食を終えた三人は出勤の支度を始める。片づけ、歯磨き、着替え、トイレなど、全員どたばた忙しく動く。


 玄関に整った姿の三人が並ぶ。

 オールバックの背広紳士で手持ち鞄の太陽。

 オフィスカジュアルで肩掛けバッグの夕月。

 就活の人さながらのスーツでポニテな、ビジネスリュックの朝日。


「朝日、おべんと」


 夕月がウサギ巾着に包んだお弁当を手渡した。


「ありがと、お姉ちゃん……行ってくるね」


 朝日はお弁当袋をリュックに入れて玄関を出る。


「いってらっしゃい」


 二人はいつものように朝日を見送った。

 朝日が玄関から出て行った後、夕月が父の顔を見上げる。


「おとーさん、本当にいつも通りでいいの? ネットで見たけどサタケって化け物だよ。なんで朝日があんなのと戦わなきゃいけないの。止めたほうがいいよ」


「あの子が何か言うまでいつも通りにしよう。朝日にも考えがあるはずだから」


「……わかった」




 有明が小さな公園の傍を通ったとき、公園の植栽、背の低い木々の群れの隙間からちかっと光が見えた。訝しんだ有明は近寄って確かめる。

 植栽に隠れるようにビニール袋があった。金の指輪と手紙が入っている。

 袋の口はリボンで縛られており、リボンの先端には「落とし物!」のプラスチックタグが付いていた。


「ええぇ……落とし物って主張する落とし物、ふつう、無くない?」


 迷ったが、タグの主張を信じてビニール袋を拾う。

 

 今日からサタケ対策本部に出向する有明は遺失物を引き継げない。やむを得ず駅前の交番へ出向き、指輪入りのビニール袋を巡査に渡す。

「拾得物件預かり書」を受け取った有明は駅から新宿方面――「サタケ対策本部」事務所がある戸山へ向かった。

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