クエスト:戻ってきた落とし物

 電車を乗り継ぎ若松河田駅を出た有明はサタケ対策本部に向かう。途中の道で住人を見かけることは無かった。「迷宮管理法」に基づく接収命令にて、住人はすべて立ち退き済みであった。


 道中、有明はうな垂れていた。悩み事がいくつもあった。


 まず、コンビニで出会った「サタケ」が殺人配信者であったこと。深見の動画による顔バレで確定した。

 あの時点では証拠不十分で何もできなかったけれど、何か出来ていれば大事にはならなかったのかな、という悔いが残った。


 次に、そのサタケが魔王と化して世界を滅ぼす、そんな予言があったこと。

 終末戦争に遭い、最終兵器にされて、世界を救えずに死ぬ、これがテンプレの有明にとって「滅亡」や「魔王」という言葉は恐怖を感じさせるものだった。

 家族を失う辛さ、死ぬ時の痛み、そんなのを想像してしまい、妄想に囚われて恐怖で息が浅くなる。


 戦う前から負けてどうするのかな。

 みんなを守るって決めたよね。

 サタケをたおさなきゃ世界が滅ぶ。だから殺すたたかうしかない。


 オブラートに包んで「たおす」「たたかう」とは思っていたものの、有明はサタケを殺す覚悟ができていた。終末バッドエンドを避けるためには仕方のないことだから、と。




 有明は対策本部に着いた。

 サタケ対策本部は十二階建ての塩漬け旧公務員マンション「戸山住宅」を突貫工事した庁舎だ。かつて塩漬けで名を馳せた「若松住宅」を建て替えたのが再び塩漬けになったもの。臨時で使える庁舎がなく、このマンションを改修することになった。

 マンションもとい対策本部の周囲には足場が組まれ、養生幕が掛かっている。「開庁中」の幕も見えた。作業員の出入りや工事用機械の音もある。上階は工事中だ。

 いつサタケという核爆弾級の敵が現れるか分からない。その危機感から工事と施設運用を並行する異例の業務態勢になった。


 駐車場にはアルミのプレハブ型ヘリポートがふたつ。ヘリは一台。整備員用のプレハブ小屋もあった。サタケ対策本部の機動強襲隊は「サタケ出現」の報を受け次第、ヘリで現場へ移動する段取りだ。


 有明はサタケ対策本部の一階に入る。そこはマンションの壁を抜いて巨大な一室に改造し、業務用エアコンを導入したもので、工事現場の事務所のようにも見えた。

 デスクレイアウトは折り畳みロングテーブルとパイプ椅子による島型。上長の席は一人用折り畳みデスク。各省庁の備品を掻き集めたのだろう。

 全席にノートパソコンがあって、ビジネスプリンターは壁際に点在し。無線LANアクセスポイントはあちこちに壁掛けされている。

 事務作業に支障はなさそうだが官公庁と呼ぶには抵抗がある。スピード最優先の結果だろう。


 事務所の雰囲気は普通であった。自席で始業を待つもの、仲良く談笑するものなどがいた。

 服装はバラバラ。自衛官の夏服、巡査の恰好、私服やスーツ、統一感がない。人材は様々なところから集められたためだ。サタケ対策本部は急造のため、まだ服装規定は決まっていない。


 有明はきょろきょろ、声を掛けられそうな人を探す。窓際の席に上長らしき人がいた。

 上長らしき彼はクールビズ姿で頭髪が薄く、体格太め、にこにこ顔で扇子ぱたぱたの、管理職テンプレおじさんだ。彼のそばには着任者らしき数名が並んでいた。

 あそこだと見当をつけた有明は近づき、声を掛けた。


「あ、あの、す、すみません失礼します。有明……有明です。警視庁からの」


 有明の口調は若干、緊張気味だった。


「ああ、有明さんですか。機動強襲科、科長の山際はじめです。よろしくお願いします。着任の方には自己紹介をお願いしておりまして、皆さんとお待ちいただけますか」


 山際の言葉に従い、有明は着任者三名の横に並んで待機した。

 学校のチャイムのような始業ベルが鳴った。みな素早く起立して姿勢を正す。山際が朝礼を始めた。


「それでは朝礼を始めます。サタケに関する報告はありません。対策本部は急ごしらえですので、今のうちに着任者の受け入れや訓練などに励み、相互理解を深めるよう努め、サタケ襲来に備えてください。それでは本日から着任する皆さんに自己紹介をお願いします」


 今日の着任者は四名。

 先の三名が手短に自己紹介を始める。終わるたびに拍手があった。


「あ、あの、有明朝日です。警視庁からの出向ですがよろしくお願いします」


 この手の挨拶が苦手ですぐに打ち切った有明だが、これにも丁重な拍手があった。


 着任者の挨拶が終わり、山際が朝礼の締めに入る。


「最後に一点、本職……私、山際より注意喚起をさせていただきます。ご承知の方が多数と存じますが、本日着任の方もいらっしゃいますので。礼式などですが、出向元の作法は脇に置いて大らかな対応をお願いします。対策本部には民間も警察も海保も自衛隊もおります。無用なトラブルを避けるため、民間相当の礼式でよし、これを徹底してください。私もそうしますので。それでは朝礼を終了します。担当の方は着任者へ案内をお願いします。今日も一日、よろしくお願いします!」


 山際の声に、全員が「よろしくお願いします!」と応えて一礼した。


 他の出向者と朝日がその場で待機していると、陸自の半袖夏服を着た丸刈りゴリラ男が現れて左右を見回し、有明に目を付けた。男の胸元には「鹿島」とある。


「有明……巡査!」


 教官のような鹿島の声に、有明は警官らしく整った姿勢で返礼をする。


「はい!」


「自分が第一分隊の隊長を務める鹿島総一郎だ。対策本部での役職は係長だが、隊長でも係長でも構わない。貴官には期待している。巡査の役職は係員となるが、ひとまず有明さんと呼ぶ形で構わないか」


「有明で構いません。よろしくお願いします、隊長!」


 無帽の二人は同タイミングで「頭を下げる敬礼」を交わす。訓練を受けた者特有の角度が定まったお辞儀だ。


「初日は出向の手続きなど、事務作業だ。事務所の雰囲気を掴むくらいの気分で構わない」


「了解です」


 鹿島と有明は山際に一礼し、その場を離れた。


 鹿島は有明をひとつの島テーブルに案内する。二人が座っていた。

 ひとりは自衛官の夏服を着た二十代後半の青年で、胸の名札には「高砂」とある。

 もう一人は短パンにTシャツ、ラフな格好をした二十歳前後ほどの青年だ。


「二人とも注目。本日付けで第一分隊に着任した有明巡査だ。警視庁での階級は巡査だが、対策本部では巡査相当、係員となる」


「有明朝日です。よろしくお願いします」


 朝日の一礼に、席の二人は立ち上がってお辞儀する。それから全員の自己紹介があった。第一分隊の構成は以下のとおり。


 隊長、鹿島総一郎。

 適性値「SS」、高位魔術師。朝霞駐屯地、迷宮作戦群より出向。


 副隊長、高砂毅。

 適性値「SS」、支援要員サポーター。習志野駐屯地、対魔特科より出向。


 隊員、井出実。

 適性値「SS」、念動力者。政府の依頼によりギルド「ダンジョン・タイフーン」から派遣。


 隊員、有明朝日。

 適性値「SSS」、格闘家。警視庁迷宮部安全対策課より出向。


 着任初日はたくさんの事務手続きがある。どの機関でも一緒だ。

 有明はノートパソコンで事務作業をこなした。面白いことはない。通勤経路図や緊急連絡先などの書類作成、官公庁クラウドのアカウント修正、グループウェア登録、ノートパソコンのタッチパネルで機密保持誓約書にサインを行うなどだ。

 



 お昼過ぎ、事務作業を終えた有明は、鹿島の指示あってグループウェア上の書類を読んでいた。正確には読むフリをしていた。有明の瞼は重そうで、うつらうつらしている。

 対策本部は自衛隊に準じる、サタケという脅威を日本から排除するために云々うんぬん……そんな書類なのだが、面白いはずもない。

 

 右隣の井出は居眠りする有明をチラ見して苦笑いするが、見て見ぬふりとした。ノートパソコンに目線を戻す。

 島テーブルに山際科長がやってきた。


「みなさん、よろしいですか? お時間を戴きたいのですが……有明さん?」


 井出は素早く、有明を肘で小突く。

 有明はバチっと目を開いて勢いよく立ち上がった。

 

「ひゃ、ひゃい! 何でしょうか!」


 山際科長は例のにこにこ顔で、居眠りを咎める様子は無かった。


「会議です。第一分隊の皆さんにはヒト・ゴー・マル・マル、失礼、十五時に二階の第二会議室までお願いしたいのですが、お時間は大丈夫ですか」


 鹿島が「問題ありません」と答える。


「では、お願いしますね」


 山際は軽く頷き、席に戻った。

 有明は怒られないかと山際の背中を目で追い、着席を確認した。次に恐る恐る、斜め右席の鹿島を見る。鹿島は無言だ。

 有明は安堵したようにゆっくり着席する。


「有明さん寝てたッスよね」


「違います、あれは……深層心理にアプローチする形の」


「寝てたッスよね」


「……うん」


 珍回答に井出は苦笑い、高砂は軽く噴き出した。

 鹿島は眉間に皺を寄せる。


「なかなかの大物だな。初日だから目を瞑るが、以後気を付けるように」


「……はい。失礼しました」


 そのとき、有明の脳裏に過去生の出来事が頭をよぎった。そちらも魔王討伐戦の話で、今回と似た話の流れがあったように思えた。


 あの時って確か、隊長みたいな人がいた。高砂さんや井出さんのような人もいた。みんな死んだけれど。

 あの時は変な魔法をかけられて狂戦士になった……と思う。

 なんでそんな古い話が出てきたんだろう。思い出したくない。

 

 過去生にて命運を共にした仲間たちと今のメンバーは瓜二つであった。

 当時の討伐失敗と全滅を思い出し、有明の顔は曇る。




 十四時五十五分、第一分隊のメンバーは会議室へ移動する。

 会議室にはすでに山際がいた。


 机上にはプロジェクターに接続されたノートパソコンと、金の指輪入りビニール袋がある。有明には見覚えがある袋で、交番へ届けた謎の落とし物だ。


「みなさんお揃いですね。この会議ですが、言ってしまえばただの動画視聴会です。配信者は深見彩。みなさん着席してください」


 第一分隊の全員が疑問の表情を浮かべるも、指示に従って着席する。


 山際は手元のリモコンで部屋の電気を落とし、プロジェクターの電源をオンにする。スクリーン代わりの白い壁にパソコン画面が映った。

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