タイムリーパーの誓い

 短文投稿サイトイー・エックスでサタケを煽った「聖夜の誓い」のクラン長、深見彩は死に戻りタイムリーパーである。


 サタケが世界を滅ぼす。

 何度死に戻っても、深見はこれを覆せずにいる。


      ◇◆◇◆◇


 死に戻りが始まる前の深見彩は高校生プレイヤーだった。ミディアムのボブカットが特徴的な、小柄な魔術師の少女だ。

 親の離婚をきっかけにソロ配信者となった。


 中学二年のころ、深見の家庭は崩壊した。

 父の不倫があり、母親も当てつけに浮気で、彼女は一人で過ごすことが多くなる。現実逃避に見始めて、ダンジョン配信にのめりこむ。


 中学卒業の日、両親は離婚した。二人とも浮気相手と結婚するという。連れ子を嫌った両親は深見を家から追い出す。

 温情あって伯父に引き取られたが、親に捨てられたショックにて、深見は精神に不調を来してしまう。


「わたしなんて要らないんだ。こんな世界にいたくない。世界滅んじゃえ。早く死にたい、すぐ死にたい……」


 そう願うこともあった。

 高校には入学したが、メンタルが終わっていた深見に友達作りは無理だった。周囲からは「誰とも話さない子」として気味悪がられる。


 五月の連休、深見は親を思い出して憂鬱になる。だが、その日は怒りがこみあげてきて「どうして自分が悩まなきゃいけないの!」と開き直った。

 もう両親なんていない。そう割り切って未来を考え始めた。


 伯父さんの助けは高校まで。卒業したら働いて一人で生きていかないと。

 だから高校生のうちにやりたいことをやる。

 そう決めた深見はダンジョン配信を「する側」になってみようと思った。

 

 吹っ切れた深見は「適性値無料検査会」に参加する。迷宮協会主催。ボディースキャナー検査でレントゲン撮影と大差ない。

 深見の迷宮適性値は「中程度ランクB」。魔術スキルへの適合性が大。

 十六歳以上で適性値があれば「探索許可証」を発行してもらえる。許可証があればダンジョン探索や配信が可能となる。

 深見は許可を申請し、二週間後に郵送で「探索許可証」を受け取った。

 

 配信者になるには専門学校か大学へ通ってスキルを学ぶのが常道だ。普通の高校に通う深見には無理な話。仕方なく深見は独学で二つのスキルだけを覚えた。


 ショットガンのように短射程の弾をバラ撒く「魔力の散弾」。

 拳法のカタのように動いて攻撃を回避するスキル「アヴォイド・カタ」。


 普通の魔術師は安全な遠距離戦を好むが、深見は「習得のしやすさと性能」だけで近接戦特化の大火力魔術師という奇妙なビルドにした。訓練時間を抑える苦肉の策であると同時に、未開拓ジャンルへの逆張りでもあった

 ダンジョン配信モノをよく見ていた深見は、この選択こそが正しいと確信していた。


 二一四六年九月一日、深見は配信活動を開始する。「ちっちゃカワイイ魔術師見習い深見様の放課後 JK ダンジョン配信 ch.」がチャンネル名だ。

 深見は平日の放課後をバトル配信に充てた。


 深見の戦術は「ガン・フー」の魔術師版。

 回避スキルでモンスターの攻撃をかわしつつ肉薄、至近で「魔力の散弾」をぶっ放すもの。


 深見を有名にした配信は「ショットガンだけでケルベロスを倒します!」だ 。

 ケルベロスの火炎ブレスや噛みつき攻撃を「カタ」通りに回避しつつ接近し、至近で「魔力の散弾」を食らわせる動画。深見は三発でケルベロスを倒してみせた。

 動画には攻撃をギリギリで避ける曲芸のスリルがあり、女子高生がソロで高位モンスターを倒した例などはなく、バズった。


 これをきっかけに深見のチャンネルは登録者数十万を超える。収益化も達成した。

 深見は「近接型魔術戦ソーサリー・フー」ジャンルの開拓者として名を知られるようになる。


 深見は二年ほど高校生と配信者を兼業したが、上を目指したいと思い、大学へ通って魔術を深く学ぶことにした。学費は配信で得た収益だ。

 深見は親の離婚を乗り越えて努力し、配信者として生きていく術を得た。


 そんな時にサタケが現れた。


 二一四八年、十二月二十五日の夜、「東京カテドラル」跡地に現れた教会風ダンジョン「リバースド・カテドラル」にて、深見は配信を行っていた。

 大学入試のために活動休止を伝えるライブだが、そこにサタケが乱入する。


 深見はサタケの魔術でバラバラにされた。

 死の間際、深見は「死にたくない」と祈る。

「神」は聞かせ給われた。




 ――我が子、深見彩。


 ――あなたは滅亡の象徴としてサタケに殺される運命を掴んでしまいました。サタケは魔王と化し、終末戦争を引き起こすでしょう。


 ――あなたが願った通り、世界は滅びます。


 ――ですが、あなたは重荷を負うべき咎人なのでしょうか。家庭の不和で自暴自棄になり「世界なんか滅んじゃえ」と思っただけの子に、この運命は過酷です。


 ――運命を変える力を授けます。死を巻き戻す力です。


 ――生命の輪廻を破壊する魔王サタケを排除するのです。すれば全て救われます。あなたはサタケのいない世界で新しい人生を再建できるでしょう。


 ――サタケが世界を滅ぼすと警告するのです。仲間を率いて戦いなさい。あなたの言葉は聞かれ、誰もが終末戦争に加わるでしょう。


 ――あなたは一人ではありません。誰かの勝利はあなたの勝利です。


 ――我が子よ、恐れず諦めず進みなさい。


 ――光あれ。


 目覚めた深見は病院の新生児室、ベッドの上にいた。




 かつての願いである「世界滅んじゃえ」「早く死にたい」が現実化した結果、深見はサタケに殺された。「神」はそんな深見を憐れんで死に戻りの力を与えた。


 以後、深見は「サタケに殺されて赤子に戻るループ」を繰り返す。

 サタケは必ず魔王化し、魔獣大攻勢スタンピードを起こして世界を滅ぼす。深見は何らかの形でサタケと関わり、殺される。


 深見は高校三年の夏から冬までの間に死ぬ。正確には二一四八年の六月一日から、十二月二十五日までに死ぬ。そんな運命に追い込まれた。




 初期の深見は運命を呪うだけで何もせず、理不尽に殺された。

 だが死に戻りを繰り返すうち、何もしなければ何も変わらないと覚悟を決める。


 ある時、こう誓った。

 死に戻りなんてもう嫌だ。わたしはハッピーエンドに辿り着く。




 深見は手始めに「ダンジョン配信者プレイヤー」をやめた。

 活動のためには多額の金が要る。だから確実に稼げる賞金稼ぎになった。

「迷宮管理法」に従えば指名手配中のプレイヤーは殺してもいい。だが深見は魔術による生け捕りを好んだ。サタケ以外の殺しには手を染めたくなかった。


 プレイヤー廃業に伴い、深見は短文投稿サイトイー・エックスでの活動をメインにする。

 普段は「賞金首の捕縛予言」や「予言の達成動画」を流し、フォロワーを集め、いざとなれば「サタケが世界を滅ぼす」と警告を発せるようにした。

 そこから行き詰まりがあって、死に戻りを繰り返す。


 転機が起こる。

 深見はゴミ山型ダンジョン「夢の島デッドエンド」にて神力と叡智を得られる指輪を見つけた。「ゴミ山しか無い」と評判のダンジョンだったが、ゴミしか無いことを訝しんだ深見は魔術で調査を行い、指輪「黎明」を発見する。


 指輪は無限の知識と力を深見に授けた。知識の中には魔術奥義もあった。おかげで彼女は世界最強の魔術師となる。

 知識と力を得た深見はサタケに挑むが返り討ちに遭い、死に戻る。




 一人では勝てないと感じた深見は仲間を求めた。応じたのは魔術師見習いの三人。

 深見と同じ高校で魔術研究部の部長、住吉結衣。

 別高校の魔術師見習い、空清健司および天神涼音。

 仲間を得た深見は魔術師クラン「聖夜の誓い」を結成する。


 三人とも適性値は「最低ランクD」の落ちこぼれだったが、奥義を知る深見には関係ない。仲間を高位魔術師に育てあげた。


「聖夜の誓い」の四人はサタケに挑むが敗北して全滅。

 深見は死に戻りに至る。


 以後、深見は何度死に戻っても、何かのきっかけで三人に出会うようになる。仕方なしに「聖夜の誓い」を結成して魔術を教えるのが常となった。そういうフラグを立ててしまったらしい。


 一人だった深見は、仲間と過ごすことが増えた。

 みんなで一緒に春夏秋冬ひと巡り、初詣、花見をして、海でスイカ割り、キャンプして、雪の日にアパートで鍋パーティーをする。そんな日常に幸せを感じるようになっていた。

 仲間が居なければ、深見はとっくの昔に発狂していただろう。


 深見はかつての誓いをアップグレードした。

 わたしはハッピーエンドへ辿り着く。




 つまり、深見の死に戻りのきっかけは、家庭の不和であった。


 離婚があり、父も母も深見の引き取りを拒否したため、親に捨てられたも同然の彼女は「この世なんて滅びろ」と思ってしまった。

 その願いにより「滅亡の象徴として絶対サタケに殺される運命」を掴んでしまう。

 だが深見は、神の慈悲により死に戻りの力を得た。


 深見は死に戻りループからの脱出を決意する。

 無数の試行があり、装備者に神力を授ける指輪「黎明」の発見があった。


 仲間との出会いもあった。

 仲間のおかげで、深見は繰り返される死に戻りに耐えられた。

 あるとき、深見は仲間と一緒に死に戻りループから脱出したいと願うようになった。

 

 何度も死に戻りを繰り返した深見だが、今回が最後となるだろう。


      ◇◆◇◆◇


 西暦二一四八年、六月十五日のお昼どき。


 今日はサタケに殺される日、深見はそう覚悟していた。

 だが、黙って殺されるつもりはない。

 切り札はダンジョン「夢の島デッドエンド」にある指輪だ。


 仲間の道連れを避けたい深見は、一人でこそっと学校の裏門を出てダンジョンに向かう。

 配慮むなしく、仲間の住吉結衣がこっそり出ていく深見を見咎めていた。


 住吉はスマホのメッセージアプリWireを起動して別の仲間に連絡したのち、深見の尾行を開始する。

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