導かれしフレンズたち

 二一四八年、六月十五日の昼下がり。

 ブレザー制服の深見彩はひとり転移門を潜り、ダンジョン「夢の島デッドエンド」に現れた。


「夢の島デッドエンド」はかつてのゴミ処分場「夢の島」を元にしたダンジョンだ。ダンジョンなのに真っ青な空があり、太陽もあって、ゴミ山が臭い。


 深見は歩き始める。

 トレードマークのボブカットをふわふわ揺らし、足元のゴミを踏んづけてさくさく鳴らしながら進む。




 深見が去った後、転移門に人が現れた。

 クラン「聖夜の誓い」のメンバー。深見が置いていった三人の仲間たち。

 

 一人目は癖毛をシニヨンにした眼鏡っ娘の住吉結衣。魔法少女ステッキを持つ。

 二人目はお嬢様ロング髪でセーラー服の少女、天神涼音。仏僧が持つような錫杖を両手で握っている。

 三人めは詰め襟の制服でクルーカットの少年、空清健司。鉄棒のような魔杖が得物だ。


 住吉はゴミ山の悪臭に耐えかねたように鼻をつまんだ。


「なんであやっぺはこんなところに来たの。意味わかんない」


 天神は人を探すようにきょろきょろしている。


「例のサタケ絡みでしょうね。致命傷を受けても再生するプレイヤーキラーの予言など、わたくし半信半疑でしたが……本当に現れるなんて」


「あやっぺの予言って無駄に当たるから困るよね。あいつずーっと思いつめた顔してたんだよ。予言通りの展開で困ってるんだろうなって。あたしたちは仲間なんだから相談してくれたらよかったのに。ねえ?」


 空清は小声で詠唱し、鉄杖でゴミの地面を叩く。

 深見の足跡が仄かに青く光った。


「まっ、ほっとくわけにも行かんからな。追いかけようぜ」


 光る足跡を手掛かりに、三人は深見を追った。


      ◇◆◇◆◇


 深見はうつむいたまま、ザクザクとゴミを踏みしめて進む。表情は処刑台へ向かう罪人のように暗い。サタケに殺されるとわかっていたからだ。


 ぱきっとモノの割れる音がする。

 深見は足を止め、顔を上げた。仲間たちの姿が瞳に映る。


「……うそ。なんでいるの」


 深見はため息を吐いて仲間を睨む。

 仲間たちは渋い顔で歩み寄って横並び、深見と対峙した。

 住吉が口を開く。


「なんでいるの? それあたしのセリフ。なんでこんなところに来たの、あやっぺ、ねえ」


「どうでもいいでしょ」


「よくない。最近、様子おかしいから見張ってたんだよね。そしたら学校抜け出したでしょ。何考えてるの? 何かあるならちゃんと教えてよ。あたしたち仲間でしょ、心配してるんだよ。困ってるなら教えて」


 住吉が「仲間」といった瞬間、深見の目にじわりと涙が浮かんだ。


「勝手に仲間とか言うな」


「仲間でしょ。いいから、こんなところまで何しに来たの、説明して」


「関係ない。ユイもみんなも帰って。いますぐ」


「いっやでーす、あたし帰りませーん」


「お願いだから帰ってよ! 危ないから!」


「危ないんだ。じゃあ、あやっぺが帰るまで帰らない」


 住吉は苛立った様子でそっぽを向く。

 埒が明かないと思ったか、深見は天神に目を向けた。


「ここにいたら危ないから……スズネ、ユイを連れて帰って」


 天神はにっこり笑顔で、ゆっくり首を横に振った。


「これは彩さんが以前から仰られていた、サタケによる世界滅亡なのですよね。そうとしか思えないのですが」


「……そう。だから」


「彩さんがここへ足を運んだのは、一人でサタケと戦うためでは」


「……別の用事。でも、そう。バトルになると思う」


「ご一緒させていただきます」


「要らない! ひとりでできるから、お願いだからやめて!」


「難しいですね。落ちこぼれの私たちに魔術を教えて下さったのは彩さんです。恩人の危機に助太刀もしないようでは末代までの恥です。ご先祖様に顔向けできません」


 深見は気弱そうな顔を空清に向けた。


「ケンジ、みんな連れて逃げてよ、お願い……」


「無理。そのセリフは俺らを倒してから言え」


「もうやだぁ」


 深見の目から一筋の涙がこぼれる。それから気持ちが溢れるように泣き始めた。


「聞いてよ! ここに居たらみんなサタケに殺される。そんなの、わたしイヤなの! お願いだから――」


 住吉は踏み出し、深見を抱きしめて胸に押し付けた。


「ぜんぶ話してくれるまで離してあげない」


 胸の中で深見は泣き続ける。住吉は深見の背中をさすって宥めた。

 しばらくして深見が落ち着いたとき、住吉が尋ねた。


「これって、あやっぺが前から言ってた話だよね。サタケが世界滅ぼす系?」


「……滅ぼす、系」


「なんでこんなところに来たの。あたし、理由聞きたいなあ」


「アイテム。指輪が必要で、取りに来たの。でもサタケが来るはず。取ったら飛んでくる来るフラグ立つから」


「どうして一人で来たか教えて」


「みんなを巻き込みたくなかったから」


「付き合ったげる。あたしたち仲間でしょ? ねえ」


 住吉は、胸の中にいる深見の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。


「……離れて、ユイ」


「やだ」


「離れないと服で鼻かむ」


「こういうとき本当にやるよね、あやっぺ」


「やるよ?」


「……もう、仕方ないなあ」

 

 苦笑しながら、住吉は深見から離れる。

 深見は気合を入れるように自分の頬を叩いた。


「ごめん。みっともないところ見せちゃったかも」


「構いません。ところで彩さん、本題に戻りますが、サタケを討つことは難しいのでしょうか」


「無理。めちゃくちゃ殺してもめちゃくちゃ再生するから殺せない」


 深見のおかしな日本語に、天神は軽く首を傾げた。


「……え、ええと、それなら再生しなくなるまで……殺す? のはいかがですか」


「切っても潰しても爆発させても殺しきれなくて困ってるんだよね、あはは……」


「倒せないならみんなで逃げるのはいかがですか?」


「フラグ的に、逃げると状況が悪くなるだけ。は戦うつもり」


「仕方がありませんね。戦いましょう」


「そうじゃなくて! たぶん、ここにいたら死ぬから、帰ってほしいんだけど。わたしが一人で戦うから」


「サタケが世界を滅ぼすのならば、今日死ぬのも、明日死ぬのも同じですよ」


 天神の顔はにこやかだった。腹が据わっているのか、素かは本人のみぞ知る。


「でも、みんななら逃げられるかもしれないし……」


 深見は言い訳をする子供のように、しばらく口の中でもごもご言った。

 空清は舌打ちして歩み寄り、こつんと深みの頭を小突く。


「手があるんだろ? 手伝ってやる。何をどうすりゃいいか教えろ」


「……だから、このダンジョンに埋まってる指輪をゲットするの。装備したらめちゃくちゃ強くなる。サタケに賞金が掛かるまで出現フラグ立たないのが面倒だけど」


「彩がその指輪を付けてサタケと戦うってことか」


「指輪は警察に送るつもり」


 空清は信じられんと言わんばかり、クソデカため息を吐いた。


「意味が分からん。落とし物じゃねえだろ」


「そう思うよね? わかってる。今からすっごく丁寧に説明するから」


「おい待て彩、絶対長いだろそれ――」


 深見はにっこりした。冗談めいた嫌がらせが趣味なのかもしれない。


「指輪を付けてサタケと戦ったことはある。勝てなくて死に戻り。絶対サタケに殺される運命のわたしが付けても意味なくて、他の人の装備みたい。だから色んな人に指輪を送ってみた。もし誰かがサタケを排除してくれたら、わたしはサタケのいない世界線に死に戻るはず。でも、全部失敗だったの。まだ指輪を送ったことがないのは警視庁迷宮課安全対策部くらい。だから今回は警察に送る。わかった?」


「わがらん! 脳が説明を受け付けない」


「指輪を警察に送る。サタケと戦って死ぬ。これがわたしのできること。そうするしかないからやるだけ。わかった?」


「わかった気はしないでもない。ところで彩、お前、俺らに言ってないことがあるだろ」


「……何」


「『お願いします助けてください』はどうした。まだ聞いてないんだが?」


「あたしも。あやっぺのお口からお願い聞きたい。ねえ?」


「何にせよ付いていきますが、お願いされるのは悪くありませんね」


「ああもう! みんな、あのね?」


 深見は三人の顔をゆっくり見る。全員、深見からのお願いを聞きたそうでニヤニヤしていた。

 

「ここにいたら死んじゃうから。わたし的にはイヤ。帰ってほしい。でも……」


 深見は小声でぼそぼそ、気まずげに呟く。


「……なら、ついてきて」


 深見は三人に背を向けて一人で進み始める。遠回しに「ついてこなくてもいい」と言いたげな、ぶっきらぼうな仕草であった。 


「『お願いしますケンジ様助けてください』だろ。もう一回」


「え、ナニ? 聞こえなーい! もっと大きな声で聞きたーい!」


「おふたりとも、彩さんをからかうのはほどほどにしませんか」


 仲間たちは当然のごとく後を付いてくる。


「ごめんなさい」


「ありがとうで大丈夫」


 住吉の言葉に、深見は微笑んだ。


「……ありがと」

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