魔王サタケ(951,648,312,535,796,132)
サタケは芝居がかったしぐさで指を弾く。いじめっ子の顔に見えた。有明がどんな反応をするか見たくてたまらないようだ。
「ステータス、オープン。見ろよ朝日ちゃん」
サタケの頭上にステータス画面が浮かぶ。
ボディーブローの一撃から回復できず、噎せてうずくまる有明は、顔を上げてステータス画面を見た。
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サタケ
951,641,312,538,795,132
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――無理。
九十五京を超えるライフゲージは有明の心をへし折った。ほぼ不死身に等しい。
「ほら立てよ! 剣を拾え! 悪意の象徴、魔王サタケきゅんを殺したいんだろ? 死ぬまで
煽りは死刑宣告のようにも聞こえた。
有明の頭の中で、過去生の死亡体験が再生され始める。
ある時は魔王と戦って死に、ある時は怪獣となって大国と戦い、ある時は宇宙人の
終末戦争に勝って生き残った記憶は一つとしてなかった。
有明の脳裏に父と姉の死体が浮かぶ。
失いたくない、そんな想いは防衛反応たる「怒り」を呼び起こした。
「どうして人殺しなんてするの。なんで世界を滅ぼそうなんて思ったのかな」
「復讐したいからに決まってんだろ」
有明の「なんで」は
「誰も優しくしてくれなかった。だから優しくするつもりなんてない。みんなが俺をサンドバッグにした。だからやり返す。お前そのデカい剣で僕ちゃんを何回切った? よかっただろ? 僕ちゃんもよくなりたいから殺す。お前はよし、俺はだめ、そんなの不公平だ。許されない!」
「私は……確かに文句を言われても仕方がないよ。でも、無関係の人が殆どだから。誰もあなたなんて知らない。傷つけたこともない。お前らとか、みんなとか、大きい主語を使うのやめたら」
コンビニで
有明がそう思ったのと同時に、サタケはニチャつく汚らしい笑みを浮かべる。
「朝日ちゃんも『コロ』したいんだろ。『タオ』すとかいい子ちゃんぶるな。
「何言ってるの、被害妄想やめて」
「妄想じゃない、事実だ! 僕ちゃんのステータスを見ろ、変わってるだろ。それが証拠だ……みんな僕ちゃんを殺したがってる……殺したいんだ……!」
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サタケ
951,641,312,649,013,998
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有明はステータスに目をやるが、桁が多すぎて、少しの変化では分かるはずもなかった。
「変わってない。何が言いたいの」
「お前らが敵意を抱くとライフが増えるんだよ! 一億一千万回も増えて……いや、分からないんだろ、とにかく増えた! みんな俺の死を願ってる! ライフが増えるたびに声が聞こえる、怒り、殺意、『コンビニで殺しておけばよかった』。魔王になってからずっと聞こえる……聞きたくない……!」
「敵意」という語を聞いたとき、有明はピースが嵌ったような感覚を得た。
過去生の討伐戦、あの時の魔王も同じことを言っていた。
悪意がある限り滅びることは無いって。だから殺せなくて逆に殺された。
サタケが過去のやり直しに見えてきた。打つ手は思いつかない。
「なんで? おんなじことの繰り返しなの? そんなの――」
「うるさい、さっさと死ね!」
言い終わる間を与えず、サタケは前に出て有明を蹴り飛ばした。自動車事故のような衝突音と共に、有明の体が床に転がる。
有明は上体を起こすのが精一杯だった。体のダメージもあったが、サタケが悪意をライフにするとを知っての精神的ショックも大きい。
床には大剣「黄昏」が転がっていた。サタケは右足を上げ、ハンマーのように踵を振り下ろす。悲鳴のような音がして大剣が真っ二つに折れた。
「お前も殺したいんだろ、殺し返してやる!」
サタケの眼前に大剣「黄昏」そっくりなコピー剣が現れた。錬成スキルでコピーしたのだろう。彼は生成した大剣を掴んで突撃する。
突っこんでくるサタケを見たとき、有明は「死ぬ」と直感した。
危機を察した有明の心臓は勢いよく鼓動を打つが、体は固着したように動かず、息は吸えなかった。
サタケの動きがゆっくりに見える。死の間際に起きるスローモーション現象だ。
もうだめ。ごめんなさい。そんな諦めが有明の心を満たし始める。
死の危機は有明の記憶を掘り起こした。
転生のきっかけとなった発言が出てくる。
過去生の魔王討伐隊にて、有明が、死に際の魔術師に言ったものだ。
「――どうなっても構いません、私が世界を救います! 魔術を掛けてください!」
その言葉に従い、当時の隊長であった魔術師は狂戦士化の術を唱えた。魔術により有明は自我を失い、狂戦士と化し、当時の魔王と交戦して死んだ。
転生のきっかけを完全に思い出し、有明は気付いた。
もしかして私、過去生で「世界を救います」って言ったから、終末世界ばっかりに転生してるんじゃないかな。
あの時は家族を守りたかっただけなのに。
自分が変なことを言ったから終末世界ばっかりに転生する羽目になったんだ。
サタケは有明の眼前に迫り、剣を振りかぶる。
「死んでしまえこのメスブタああああああああああああ!」
サタケの声は有明の耳に届かない。彼女は心中で自らを嗤うのに忙しかった。
私はなんてバカなことを言ったんだろう。自業自得だよ。
私はあと何回転生して、何回大事な人を失えばいいのかな。
幸せになっても、救われても最後には無くなる。今回だって父さんもお姉ちゃんも殺されちゃうんだ。
生きてたって結局苦しくなるだけ。
転生なんてもう嫌だ。
絶望したとき、有明は指輪「黎明」からの微かな熱を感じた。
差し伸べられた救いの手を握ったような温かさがある。
「おっけー……れーめ」
問うのではなく救われたくて、有明は例の合言葉を言った。
それと同時に、サタケが有明の首を刎ねた。
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