魔法使いは僕の掌の中

小松雅

プロローグ

 僕があの小さな島の学園に通うことを決めたのは、一つのメッセージを受け取ったからだった。

 その人物は、「マーリン」と名乗った。アーサー王伝説にも登場する、伝説の魔術師と同じ名前。今にして思えば校風にぴったりで、その後に彼が辿った運命すら暗示していたネーミングだった。


 日本人の両親から生まれ、日本で暮らしていた僕は、学校生活をどこか窮屈に感じていた。個性を大切にと先生は言うけれど、出る杭は打たれる。誰だっていじめられたり陰口を言われたりするのは嫌だ。当たり障りなく、悪目立ちしないように過ごす日々。楽しいわけがない。SNSで不満を呟き続けていた僕に、彼は言った。

「僕のいる学校においでよ。君は君らしくいなくちゃ。誰にも、自分を明け渡しちゃいけない」

 英語は得意じゃなかったから、きちんと意味をくみ取れていたかわからない。でも、おそらくそんなニュアンスだった。ともかく、僕はたった一つのメッセージに舞い上がり、その気になった。

 いきなり海外――しかもイギリス領の孤島――の全寮制男子校に行きたいと言い出した僕に、両親は大混乱。それでも最後には応援すると言ってくれて、猛勉強にも付き合ってくれた。その学校は知る人ぞ知る名門校で、国境を越えて優秀な子供たちが集まっていたのだ。試験で優秀な成績を収めることは当然として、文武両道をアピールするために習い事の空手にも力を入れた。

 そして十三になる年、僕は晴れて「ロックハイド・カレッジ」に入学した。有名な魔術師が創立に関わったなんて噂が囁かれていたけれど、確かに不思議な、どこか浮世離れした空気に包まれていた。

 そう、魔術。あの島にはまだそれが生きていて、僕らの身近にあった。図書室にも寮にも、なぜか魔術関連の本が並んでいた。抱えきれない、うまく言葉にできない想いを、魔法に託して吐き出す。あの頃の僕らには、きっと魔法が必要だったのだろう。僕の尊敬する先輩は、よく言っていた。「魔法は願い」なのだと。

 彼と過ごした日々は刺激に満ちていて、退屈とは無縁だった。青春というにはハードだったけれど、僕にとっては誇らしい思い出だ。迷って悩んで、そして彼を追いかけることを選んだ。

 辿り着いた真実は、綺麗なものばかりじゃなかった。でも、後悔はしていない。僕は今、最高に僕らしく生きている。躊躇っていたら、それが「マーリン」のおかげだったと知ることもなかっただろう。


 この物語は、「マーリン」の戦いの記録であり、彼が守った未来に生きる、僕らの記録でもある。

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