第5話 エレオノーラ、キレる(転機)①
次の日、痛む頬を摩りながらバイト先へ行く準備をする。
大学には行かせてもらえなかった。
バイトの時間が迫っていると言えばサッサと行けと言うのだから現金だ。
しかし私は人生で初めてバイトをサボった。
これは世間的に言えば大変よろしくない行為で、私の家庭環境はバイト先で迷惑を掛ける人たちには関係無いため、相手から見ればとばっちりであることも理解している。
ふらふらした足取りで向かった先は小学二年生まで住んでいた家の近所だった。
本当は一目だけでも住んでいた家を見たかった。
今まで見に来ず、なんなら自分から知らない様にしてきたのはきっと昔を思い出したくなかったからだろう。
しかしそれは叶わず、更地になり跡形もなくなった場所にノスタルジーを感じろというのは難しい。
よく遊びに行った小さな公園は当時のまま残されていて、ブランコに腰かけて暫く虚無感に心を委ねながらジッと足元を眺めていた。
どれくらいそうしていただろうか。エレオノーラの声が聞きたくなり話しかける。
「エレオノーラ、今忙しい?」
「え?なに?珍しいわね。みさとから話しかけてくるなんて」
「エレオノーラは最近忙しそうだから。今私暇なんだ」
暇なわけではない。本当はさっきから鳴りやまない携帯に出てから謝り倒して一秒でも早くバイト先に行かねばいけないのだ。
分かってはいる。けれどズキズキと痛む頬に貯金の事、そう多くはないけれど本当の両親との思い出を浮かばせる元実家が無くなっていたショックで私は冷静さと気力を失っていた。
「暇って言うのは心を休める良い機会よ。悪いことじゃないわ」
「ふふ、誰からの入れ知恵?王子様かな?」
「カスパール王子殿下よ。因みに殿下はフィリップに耳にタコが出来るくらい言われてて暗に休めって言われてるらしいのよ」
フィリップはエレオノーラの婚約者のカスパール王子の側近を担っている侯爵の次男坊らしい。
エレオノーラとは親しい訳ではないがお互い王子の事に関しては頼りにしていると言う。
エレオノーラの性格的に恐らく親しいが小言を言われるので認めたくないと言ったところか。
「そっか...心の休憩か...。ねえ、例えばどn」
「みさと、何があったの?」
流石に鋭い。伊達に一二年間もまるで同じ通話アプリに居るような生活は送っていない。
そして直球だ。いつも貴族同士の化かし化かされで培った遠回しな言い方はどうやら私には使わないらしい。
上手くはぐらかされる、そう判断したのだろう。
「いや〜...その〜、今プチ家出しててねそれでね。その...私...えっと...あのね...」
弱音を吐ける唯一の存在を前にしたとき、吐き出すように声に出てしまった。
いつもは気味悪がられる為声には出さず、声のイメージだけ飛ばしていたのだが感情が胸から溢れて止まらない。
「がんばっで、集めたお、おがね...みづがっじゃって!...」
どうやら喉だけでなく感情が目から涙として溢れてきたみたいだった。
「ずっと、ずっど...わ”だじこのままでぇ...元の家もな”ぐなってでぇ...」
夜の公園で一人咽び泣きながら独り言を漏らす女子大生になっていたが気にならなかったし、エレオノーラが珍しく黙っているのも今は気にならなかった。
「だがら...!わだじぃ...わたし...もう、疲れたよぉ...エレオノーラ」
「.........そう」
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