第41話 働くのめんどくせえええええ
警備の人と追いかけっこをしたり、日本海を泳いで渡ろうとして溺れかけたり、船舶運転のスキルを取ったり、警備の人と追いかけっこをしたり、色々あったけど、
「……間に合った」
竜がずしんと音を立てて倒れるのを見届けると、俺は刀を鞘に納めた。
なんとか、間一髪、なっちゃんを助けることができた。
なっちゃんは。
「……」
俺は叫びながら自分の頭を殴りつけたくなるのを我慢してぐっと口を引き結ぶと、なっちゃんの方に振り向いた。
スライムの壁はちゃんとなっちゃんを守っていた。あの竜の火炎放射も俺の攻撃も、なっちゃんには傷をつくっていない。
部屋の入口の辺りでは今の衝撃で倒れた人たちが呻いたり、ピクリともせずに寝ていたり。状況はよくわからないけど、危ないところだったのは確実だ。
「なっちゃん、どこが痛い?」
さっきちらっと見た顔色だけで、なっちゃんが歩けそうにないくらい疲れているのはわかった。返事もしないでうつむいたまま、まだデカい剣を握っている。
安心して気絶したのかな、と思って、俺も座り込んで顔を覗き込もうとしたら、
疲れ切った眼が俺を見た。
「……おっちゃん」
なんだか焦げ臭い気がして、本能的に、ヤバいと思った。
相変わらずわけがわからなかったけど、なっちゃんの大剣が悪さをしているのはわかった。俺はそれをなっちゃんの手から放そうとして、その指の力の入れように驚いたあと、こっちも力尽くでそれを引きはがした。
もう一度籠手から噴き出させたスライムで剣を包んで部屋の隅へ向かって投げつけると、なっちゃんの上に覆いかぶさって、その俺の背中にもスライムを積もらせた。
全部、筋道立った考えなんてないとっさの判断だったけど、あと一秒遅れていたらきっと間に合わなかった。
地球が爆発したと錯覚するような激震が俺たちを襲った。
衝撃に対して表面が硬化するスライムの膜で覆われていても、耳はいかれてしまった。時間の感覚がなくなるくらい長い間うずくまって、なにか岩が崩れる音がやっと聞こえるようになってから、俺はゆっくり起き上がった。
爆発の中心があの大剣だったことは間違いない。偶然なのかそういう設計だったのか、その爆発に指向性があったことが俺たちを救ったんだと思う。エネルギーは剣の切っ先が向いていた方向へ、俺が投げつけた壁に向かって解き放たれてくれていたから。
その代わりに、壁は破壊されて無くなってしまっていた。正確には部屋の四分の一ほどが、床も壁も天井もまるきり吹き飛ばされてしまっていた。
青い空も都心の建造物も映り込んだ景色に俺が呆然としていると、その中を人工物ではないものが飛んで行った。自分の血の気が引いたのがわかった。崩れ落ちそうな床の端に駆け寄って下を覗き込むと、その俺の鼻の先を、三本の角が生えた鹿が飛び降りていった。そのシカに追いつけ追い越せと、続々と化け物が走っていく。
最悪の光景だ。
爆発によるダンジョンの破壊はこの階だけに留まっていなかった。上下の十階以上がもろともにその一角を吹き飛ばされている。そしてそこから、道中に散々でくわしたモンスターどもがわらわら湧き出していた。
翼があるやつは空を飛んで、ないやつは都庁の側面を転がり落ちて地面に激突して、次々とダンジョンの外へと抜け出ていくのが見えた。
「……これ」
とんでもなく、
「ヤバいだろ……」
出入口が一階に限定されていたから、これまでなんとかモンスターを封じ込めていたはずで、これだけの大穴から外へ逃げられては守備なんて追いつくはずがない。
東京都心の避難はどれくらい済んでいるのか。いや、そもそも、休止させればそのまま日本の機能も停止することが分かっている首都の機能を、政府はどうこうできていたのだろうか?
もしかしたら、まだ、あのビル群には人がいて、俺と同じように、この地獄の風景を目にしてしまっているのかもしれない。
「うあ……」
今にも死にそうな声にはっとした。
いつのまにかなっちゃんが俺の隣にきて、言葉を失っている。
「なっちゃん……」
「おっちゃん……これ、あたしが……」
かける言葉が見つからない、なんて言ってられない。
「……今はあとだ! とにかくここから脱出しよう! 病院、あっ、病院は開いて……」
「あたしのせいで……」
「なっちゃん!」
俺はなっちゃんの両肩をつかんだけど、それでもやっぱり、丸い瞳は外の光景に吸い寄せられている。
俺は一つ決心して、なっちゃんの頬を軽く張った。
目が見開いてやっと俺を見る。
「しっかりしろ! 反省するのも後悔するのもあとでできるだろ!」
「だって……」
「取り返すのもだ!」
「……!」
「死んだらなにもできないじゃないか……!」
なっちゃんは顔をくしゃりと歪めてうなずいた。
「動けるか!?」
「わかんない……」
「わかった! 俺がおんぶするからそれで逃げよう!」
「まって、友達がまだ」
かまってる場合かよ、と怒鳴りたかったけど、そんなことしたってなっちゃんは諦めてくれない。
「友達だけだぞ」!
俺は急いで部屋中を走ってがれきを押しのけた。友達だけだって言ったけど、いざコンクリの下で伸びてる誰かを見つけてしまったら放っておくこともできなくて、引っ張り出したり周りの破片をどかしたり、瓦礫の中に埋まっている人を十人くらいは見つけた。けど、五体満足で生きてるのは三人だけだった。
取れてしまった指を探して歩き回ろうとした人を他のだれかに預けたあと、鉄筋が足に刺さったままの人が死んでいるのを確かめたとき、俺は足を切断するまねなんてしないで済んだことにほっとしてしまった。
「沢村!」
座っていると思っていたなっちゃんが俺の後ろで叫んだ。駆け寄ると、ぼろぼろの人間を抱え上げようとしている。
「なっちゃん、そんなの無理だよ!」
「できる、うっ……」
そう言ったそばからよろめいて、それでもなっちゃんはまだその友達を抱えて立っている。二人を運んだまま、ほかの人たちを先導して一階まで下りるのは難しい。
悩んでいる時間はない。
俺は手が空いている二人に、
「……この子たちに肩を貸してやってください!」
と頼んで、自分は刀を抜いた。建物の残骸を掘り返すのは、これで打ち止めだ。
今の俺は、一人ならこの建物を無傷で往復するのも不可能じゃない。だけど、けが人を引き連れて、外にも守備隊が残っているとは限らないこの状況で、やれるか!?
「あっ! 真田さん!」
指がなくなっていた人がそう叫んだ。
見ると、天井の破片の中から頭が覗いている人がまだいた。
「本当だ! 真田さんだよ、あれ!」
「……なんで生きてるんだ!?」
「とにかく引っ張り出しましょう! この人は、あなたが、そっちのあなたが運んでください!」
もう一人けが人が増えた。これでかろうじて歩けるのが五人。担がれてるのが二人。
この戦う力のない人たちを引き連れて、ここを脱出しなければならない。
できるのか。その質問が、もっと重たくなって俺にのしかかる。
でもやっぱり、悩んでいる時間はない。
「俺が道を切り開きます! 全員離れないでついてきて!」
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