第36話 夏 ⑨

 それは彼女の師が彼女の目の前で見せたものとまったく同じやり方だった。

 敵の間合いすれすれ、ではなく、自身と敵の間合いが交接する点。無警戒が警戒に変わる間際に、最大脚力で一息に距離を詰め、必殺の一撃を叩き込む。

 翼の上で振りかぶられた深紅の刀身は、熱に指向性を与え、吐き出した。エネルギーは鳥の首を頭ごと破壊する。

 ダンジョンの床を貫くほどの攻撃を涼しい顔でやってのけた夏は、空中でのエネルギー放出を器用にこなし、出穂を抱えて難なく着地した。

 貯めこんでいた熱を使い切ってしまって。


 ユーリは駆け寄り、


「あなたは……!」


 とその胸倉をつかみそうになった。

 直前の調整期間である三日の間も蓄積させ続けた熱をこんなところで使ってしまった。作戦は失敗だ。夏以上の攻撃能力は部隊にない。目の前の一人を救う善意のために、二億人が死ぬ。

 事態を察した隊員たちが足を止めてしまい、部隊がモンスターに囲まれる。


「おい……」

「終わりなのかよ……!?」


 恐怖に支配された視線を一身に受けながら、夏は弁解もせず、人垣の先頭にぐいと進むと、肩に乗せた大剣をふるった。

 そこから繰り出されたのは、さきほどよりも威力を増した熱波だった。


「えっ……!?」


 空気が乾く感触がユーリの頬を荒々しい手つきで撫でた。

 怪物たちが焼かれ、吹き飛ばされ、破裂する。赤い警戒色で縁取ふちどられていた敵ですら、夏の攻撃を耐えることは適わなかった。


「……力を引き出すコツならもう掴んだ」


 夏は獲物を構えなおし、黒焦げになった通路を顎で示した。


「行こう。心配しなくても、次があんただったら見殺しにする」

「……行進を再開します!」


 進路上の敵が一掃された衝撃は、モンスターたちを尻込みさせ、隊員たちを奮起させた。中途の攻撃で喪われた二名の隊員を除いた三十三名が、継戦能力を保ったまま扉の前まで行きつく。


 突入を指示しながら、ユーリは、惜しいな、と、思わずにはいられなかった。

 

 学校に登校せず、ダンジョン攻略にもほとんど参加していなかった夏に、戦闘員としての下地はなかったはずだ。それが、たった一か月の期間だけで、国内指折りの実力者との模擬戦を有意義なものに変えるほどの逸材に育った。

 素人をプロと一対一で戦わせ続けたとして、一か月後にそのプロに並び立つような人材が、果たしてこの世界に何人いるだろうか。

 

 驚異的な学習能力と類を見ないセンス。そしてそれを支える人間離れしたタフネス。及川夏は、間違いなく、国家に重宝されるべきだった傑物だ。


 だからこそ、ユーリは、もったいない、と、思わずにいられない。

 

 麒麟児たちを集めて一つの施設に押し込めるのは、規格外の才能を型にはめるための措置だ。幼少期に徹底的に思想教育をほどこすことで、彼らに国家の一員としての帰属意識を叩き込むためだ。


 夏はそのラインに乗る前の段階でドロップアウトしてしまった。


 軍国的な洗脳教育は、ギフテッドへの議論が進んでいた諸外国と違ってその手の児童への教育環境が整っていない日本が、それでも麒麟児という特別な存在を育てるための苦肉の策だったわけだが、規格外の才能を育てるための規格は、及川夏という規格外の才能を拾い上げることができなかったのだ。


 もしも、この才能の原石が幼少期から磨かれ続けていたとしたら、と、ユーリは想像せずにはいられない。


 日本のランカーのトップは、果たして剣之宮だっただろうか、と。


 扉が重々しく開き、広大な空間が開ける。そこはもはや展望台とはまったくの別の場所だった。床は神社の石畳でできており、その奥で、翼をはやした白竜が眠っていた。

 翼にくるまっていた竜が重たそうに首を上げたところに、爆発的な勢いで飛び出した夏がその脳天へと大剣を叩き込んだ。

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