第27話 夏 ⑤

 竹でも握っているかのような速度で大剣を振り回しつつ、突然大剣を地面に突き刺し、それを支点にして強烈な飛び蹴りを叩き込むことで、鉄棒で受け止めた遊子の腕を痺れさせる。足払いはすばやい足さばきでかわし、逆に距離を開けることで強烈な一撃の下地をつくる。


 都庁への突入作戦決行日まで残り五日を切った日の午後、夏と遊子の特訓は未だ続いていた。全体での想定演習が早めに切り上げられたあとも、二人は夕飯も食べずに武器を振るっている。

 一か月前とは見違えた近接戦闘能力によって、夏は既に、ランカーである遊子に本気の応戦をさせる領域に達していた。

 お互い真剣な眼差しで向かい合う二人の間に、ひどく間の抜けた声が飛びこんだ。


「おう! やってんじゃねえの!」


 染矢遊子の専属技装士である千木もちが、大きなピクニックバスケットを手に立っていた。


「……もっちーじゃん。どしたの」


 構えを解いた夏から当然の如く発せられたタメ口に、メガネを外した遊子がびくりと肩をすくめた。


「ね、ねえ、及川さん。もちに生意気なこと言うのはやめたほうがいいよ。体罰肯定派だから」

「別に肯定派なわけじゃねえよ! イラっと来たら手が出るだけだっつーの!」

「どっちがマシなんだろうね……」

「ほら! おめーら飯食ってねえだろ! アタシが作ってきてやったぞ!」


 もちがぐいと差し出したバスケットに、たちまち笑顔になった遊子が駆け寄る。


「やった。きょ、今日は何?」

「アヒージョ」

「サイヤ人の仲間っすか?」

「ちげーよ! どっちかっつーとピラフ一味か!?」

「知らないよ……」

「あのお! はやくこれ置かせてくれませんか!」

「あれ、沢村」


 もちの後ろで大声で叫んだのは沢村出穂だった。成人ほどもあるアタッシュケースを両手で二つ抱えている。


「アタシさっさと寝たいんですけど!」

「おいおいおいおい! ここで永眠をご所望か!? 黙って運べよぶっ飛ばすぞ!」

「ひっ……なんなのこのひとぉ……」


 怒鳴られ萎縮する出穂。遊子が慌てて間に割って入り、


「お、お腹空いちゃった。もち、はやくご飯食べさせてよ。楽しみだな~」


 となだめた。


「ダメだね! その前におめーら二人にサイン貰わなきゃいけねえんだからよ!」

「サイン? なんのっすか」

「武器だよ、武器! おら、沢村!」

「うぅ……なんでアタシが……」

 

 出穂はぶつぶつ不満を漏らしながら、アタッシュケースをどちらも地面に置き、比べるとやや小さい方を開けた。

 中に入っていたのは、青みがかった刀身を持つなにか大きな武器だった。一見してなんだかわからない形状だ。


「……なんすかこれ」

「鎌だよ。うちのエース様の武器。ほら、遊子」

「うん」

「鎌……? ふうん……?」


 打って変わって真面目な態度になったもちに促され、遊子はメガネをかけながら自身の武器らしいその獲物の点検に入る。

 それを眺めながら、夏は出穂をねぎらった。


「お前こんなもん二つも持たされたわけ? 大変だねえ。お疲れ様です」

「ほんとですよ。この人全然事情を説明してくれないんですから。こっちがへとへとになって帰ろうとしてたらいきなりデカい声で呼び止めてきて、あとは荷物を渡して勝手に歩くんですから。とんでもないやつですよ……」


 出穂はなんだかめそめそめそめそしながら尽きることのない愚痴を呟く。


「しかもこういうとき自分が軽い方持ちますか? 何持ってるのかと思ったらアヒージョって。ていうかアヒージョなんて作るタイプじゃないですよあの人。そこらへんで野良猫つかまえて煮るタイプでしょ」

「おめえを煮てもいいんだぞ、沢村ぁ!」

「ひいぃ……」

「……うん、いいよ、もち。問題なし、調整ありがとう」

「おし、次。及川、お前のだ」

「あたしの?」


 そんなものを注文した覚えはなかった。よくわからないまま、夏は大きめの方のアタッシュケースを開けた。

 中には、鮮やかな真紅の意匠が施された大剣があった。


「なんだこれ! イカす!」

「アヒージョに入ってるのはタコですよ?」

「そういう話じゃないと思うよ」


 夏は大剣を手に取り、構えた。


「かるっ! 剣と言うにはあまりにもデケーのに!」

「調整はうまくいったみてーだな!」


 もちはアタッシュケースから仕様書を取り出すと、夏に見せながら説明を始めた。


「そいつにはお前のMPを二つのエネルギーに変換する機構がある。一つはそいつを振り回すお前の筋力。もう一つはそいつ自体の威力だ。見ろ、刀身の先が赤くなってきたろ」


 もちが指摘した通り、大剣の切れ味鋭い刃が、ほんの少しずつではあるが熱されたように赤みを増している。


「それはエネルギーをチャージしてる証拠だ。色合いでどれくらいエネルギーが溜まってるかわかる」


 出穂が首を傾げた。


「え? チャージがどれくらいか目で見て確認するためならもっと色の種類多い方が良くないですか? 赤一色だと」

「使い手にはその微細な変化で伝わるコードになってんだよクソガキがぁ!」

「ギャー!」

「……確かに、わかる」


 構えたまま大剣を見つめる夏の呟きに、出穂にヘッドロックをかけようとしていたもちが頷いた。


「よし。じゃあ完璧だな。そんじゃ注意点を説明するからよーく聞けよ。聞き逃しても一回しか言わねえからな」 

「それはもう一回言ってあげなよ……」

「さっき言ったこいつの変換機能だけどな、リミッターがついてるのは筋力への変換の方のみだ。そっちは、お前が大剣を振り回すのに不自由しない分の筋力に変換したら、それ以上無駄な変換はしない。逆に、こいつの威力への変換にはリミッターがついてない。だからこいつの耐久限界か、それかお前のスキルの限界が来るまで、こいつは威力を溜め続ける。もうそろしまった方がいいぜ」

 

 夏が大剣をアタッシュケースに収めるために手放すと、赤色は深まることをやめた。


「問題はお前が握ってる間こいつはお前のMPを吸い続けること、そんで威力の小分けができないことだな。ザコ相手だろうが大物相手だろうが一度威力を乗せた攻撃をすれば溜めた分はすべて消費される」

「なんか、もちにしては取り回しが悪いね」

「しゃーねーだろ。それが向こうの注文だったんだから」

「……説明はわかったけど、そもそもアタシ、武器頼んでないっすよ?」

「ああ。これを注文したのは政府だからな。つーか真田」

「真田……」

「あのオレンジの髪の人ですよ」


 ただうっとうしい奴だとしか覚えていなかったので、夏は真田ユーリの顔と名前が一致していなかった。


「あーはいはい。なんであい、あの人があたしのを」

「お前がダンジョン攻略で重要だからだろ? ここサインな」


 また長話が始まりそうな雰囲気に、じれた出穂がむっつりとして言う。


「あの、もう帰っていいですよね。アタシ」

「おいおい! 荷物運び手伝ってくれたんだから飯くらい食ってけよ!」

「お、美味しいよ、もちは調理師の免許持ってるくらいだから」


 遊子の人のよさそうな笑みに促され、出穂はしぶしぶ食事に参加した。

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