新宿陥落編
第40話 夏 ⑫
ユーリをあっけなく炭にした業火は、しかし夏には熱波すら感じさせなかった。恐る恐る瞳を開いた夏の前に、見覚えのある背中が映った。
「おっちゃん……?」
目前で火炎から夏を庇うように立っているのは、やや猫背気味で、喘ぎながらも人生の重みにどうにか耐えていたあの背中。そしてその様相は、夏の知るそれとは様変わりしていた。
マントのように広がる黒いコートの端は、ちらちらと揺れる紫色の炎。背には短い槍を負い、腰に吊るした銃剣には弾倉がくくりつけられている。頭の上では墨のような羽を持つ玄鳥、燕が二匹、互いの尾を追うように輪を描いて飛んでいる。
右腕につけられた籠手からは得体の知れない粘液とそれに包まれた目玉がどろどろと滴り落ちていて、重正の前方で分厚い半透明の壁をつくり、竜の翼についた銃口から繰り出される火炎の連射を防ぎ切っていた。
重正は異形と化していた。
攻撃に何の意味もないことを悟った竜は連射をやめると、今度は銃口を光らせ、溜めの一撃を放つ構えを見せた。それがこの最上階をまるごと吹き飛ばしかねない威力だということを肌で感じているだろうに、重正は逃げるそぶりを見せず、ただ呟いた。
「罪過を贖え、窮奇」
重正の全身に巻き付くようにして浮かんでいた鎖の文様が赤銅色の輝きを放ち、弾ける。右腕で掴み、だらしなくぶらさげていた錆だらけの日本刀から、ゆらりと妖光がにじむ。
重正はおもむろに日本刀の柄を両手で握り、八相の構えをとった。見る者が見ればそれと分かる、達人の所作。威圧は、竜をも呑む。
その場の面々の間に、無音の衝撃が雷鳴の素早さで走った。残り十四名に追い詰められた選抜隊は、この男に望みを掛けるしかないのだと一人残らず悟った。
ぴたりと動きを止めた重正の前、碧竜もまた力の凝縮を終え、呼吸すらも止めた。
水を打ったような静寂が、空気を焼く灼熱の奔流に飲み込まれた。
粘液の壁が耐えきれず蒸発する前に、重正は刀を振り下ろした。
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