第124話 絶望的な力の差

 門から姿を現したザナトシュにハルマ達は思わず息を呑む。

 ツキヨに剣術を学んだ身だからこそハルマにもわかる。ザナトシュと己の間にある力の差が。戦士としての格の違いが。

 ソノマンとの間にあったのは、人族と魔人族という種族間の差。しかしザナトシュとの間にはそれに加えて戦士としての差まである。

 笑えるような状況ではないが、その絶望的な差に思わず笑ってしまいそうになる。唯一対等に渡り合うことができていたミレイにも頼ることはできない。

 

「抵抗はオススメしない。楽に死にたいのであればな。しかし抵抗してくれても構わない。お前にはできるだけ苦しんでから死んでもらいたいからな」


 『勇者』の子供であるハルマへの憎悪。ソノマンと同じくザナトシュもハルマへの殺意を隠そうともしない。

 息を呑むハルマ達。目を逸らせば死ぬ、その確信がハルマ達にはあった。


「良い目だ。戦士の目をしている。惜しいな。貴様が『勇者』の息子でなければ見逃してやっても良かったが」

「ザナトシュ」

「わかってる。本気で言ってるわけじゃない」

「私は外に出て残りの対処をする。お前は確実に仕留めて、死体を持って来るんだ」


 そう言ってソノマンは門の中へと姿を消す。追わなければいけない。そうわかっていても動くことはできなかった。不用意に動けばそれは隙となるからだ。


「さて、では茶番は終わりにしよう」


 ハルマはザナトシュが登場してから今まで、一度たりとも目を離しはしなかった。それなのに、ハルマの視界からザナトシュが消えた。


「ハルマ、右!」

「っ!」


 フィオナの言葉に瞬時に視線を右に向けるハルマ。そこにあったのはザナトシュの姿と眼前に迫る剣。とっさに刀を出して防ぐことができたのは奇跡だったのかもしれない。

 しかし、ハルマの刀はそのたった一撃を受け止めただけであっさりと折れてしまった。そしてハルマ自身も一撃の勢いを殺しきることができず、そのまま壁に叩きつけられてしまった。


「まさか今の一撃を受け止められるとは。だが、折れたな」

「っぅ……」


 壁に叩きつけられたハルマは、壁にぶつかった痛み以上に右腕に走る激痛に顔を顰める。ザナトシュの指摘通り剣を防いだその衝撃でハルマの右腕は折れていた。


(たった一撃、あの一撃を防いだだけで折れるなんて)


 身体強化を怠ったわけではない。ただそれ以上にザナトシュの一撃が重かったのだ。そんな存在と対等に渡り合っていたミレイの凄さをあらためて思い知ると同時に、かつての人魔大戦を戦い、生き抜いたアルバやレイハ達の偉業を痛感させられた。


「『竜爪斬』!!」

「その動き、ドラグニール流か。だがまだ極みには至っていないな。残念だ」


 横から仕掛けたエリカの一撃をあっさりと躱したザナトシュはその首を刎ねようと剣を振る。無造作に振るわれた剣。だがそれすらも今のエリカにとっては避けることすら叶わぬ必殺となる。

 エリカの脳裏を過る死の文字。しかし、その死が訪れることはなかった。ザナトシュの剣がエリカの首に届くよりも早くフィオナが剣を殴って無理矢理剣の軌道を変えたからだ。それによってザナトシュの剣は僅かにエリカの頬を斬るだけですんだ。


「っ、ありがとうフィオナ。助かったわ」

「ん。でも二度目は無理。今のだって奇跡だし。剣を殴っただけなのに手が痺れてるし」

「惜しい。本当に惜しいな。筋は悪くない。だが、俺を相手にするにはあまりにも力が足りない」


 その言葉に歯を噛みしめるエリカ。しかし、言い逃れようのない事実だ。それでも剣を握るのは戦わない選択をした瞬間に訪れるのが死だからだ。

 

「せやぁっ!!」


 折れそうになる心を無理矢理奮起させ、感情の全てを剣にのせて振るうエリカ。そんなエリカの隙をカバーするように立ち回りながら近接戦闘を仕掛けるフィオナ。

 そんな二人の戦う姿を見て、倒れたままでは居られないと立ち上がるハルマ。


「もう一度……刀を……」


 【才能ギフト】に頼るのが愚かなことであるのは先ほど痛感したばかり。しかしそれでも今のこの状況を打開するには【才能ギフト】に頼るしかなかった。

 

(このままじゃ二人が死ぬ。そんなのダメだ。守られてばかりじゃダメなんだ。今度はボクが……守るんだっ!!)


 そんなハルマの想いに呼応したのか、半ばで折れていた刀が光りに包まれ再び一振りの刀となる。


「っ、できたっ!」

「剣を作り出す。それが貴様の【才能ギフト】か。だがその折れた腕で剣を触れるのか?」

「折れてたって関係ない!」


 激痛に顔を顰めながらも、それでも刀を強く握りしめハルマはザナトシュに飛びかかる。


「悪くない気あたりだ。だが、それだけでは勝てない」


 エリカとフィオナにハルマまでが加わりザナトシュと戦う。だが、どんな技も連携もザナトシュには通用しない。


「っぅ――『土』よ!」

「土だと? 剣を作るのが貴様の【才能ギフト】じゃないのか」

「ボクだってそんなこと知らないよ!」


 死への危機感か、ハルマはほとんど無意識に【才能ギフト】を使っていた。何がどうして使えているのかなどわからない。それでも今はこの【才能ギフト】がハルマ達の命をギリギリの所で繋いでいた。

 そしてザナトシュも、その【才能ギフト】に確かな脅威の片鱗を感じ取った。


(この短時間で成長している。一瞬一瞬の間に【才能ギフト】が伸びている。剣の生成も土の壁の生成も少しずつ早くなっている。普通の【才能ギフト】じゃないな)


 このまま成長していけばどれほどの【才能ギフト】になるのか想像もできない。しかし確かに言えるのは逃せばザナトシュ達魔人族にとって確実に脅威となるということだけ。


「なるほど。確かに殺すしかないな――『滅』!」

「うわぁっ!」

「きゃぁっ!」

「っ!」


 ザナトシュが剣を横に一閃。それだけで凄まじい衝撃破がハルマ達を襲った。


「わかっているだろう。いくら抗ったところで結末は変わらない。僅かに命が伸びるだけ。その果てにあるのはお前達の死だけだ」


 戦っているのはハルマ達だけ。ザナトシュはまだ本気とはほど遠かった。

 それでもハルマ達は立ち上がる。一撃が重いザナトシュの攻撃に全身が悲鳴を上げていた。


「ボクは……諦めない! 絶対に生き残ってみせる!!」

「ならばその意思ごと斬り殺してやる!」


 ハルマの刀とザナトシュの剣が正面からぶつかる。

 だがハルマの一撃がザナトシュに届くことはなく、逆に押し返されて肩から斜めに斬り裂かれる。


「ハルマァッ!!」

「ハルマッ!」


 エリカとフィオナの悲痛な声が響く。斬られたハルマはそのまま飛ばされ、門にぶつかって止まった。


「あ……ぐぅ……」


 斬られた傷口が焼けるように熱かった。血が止めどなく溢れ、体が冷えていく。一歩ずつ死が近付いてきていた。


「僅かに押されて浅くなったか。抵抗しなければ楽に死ねたものを」


 一歩ずつザナトシュがハルマに近付く。それはまさしく死の足音だった。


(死ぬ……ボクは……ここで、死ぬの?)


 明確に感じる死の予感に、ハルマの脳裏を様々なことが走馬灯のように巡る。そしてその最後にハルマが思い出していたのは、レイハやみんなと過ごした屋敷での記憶だった。


(ごめんなさいレイハさん、みんな……ボクは……)

「終わりだ」


 ザナトシュが剣を振り上げる。ハルマはそっと目を閉じ、己の死を受け入れようとした。

 しかし、いつまで経っても剣がハルマの命を奪うことはなかった。

 何が起きているのかと目を開けたハルマが目にしたのは、見慣れたメイド服の姿。

 ハルマの前に立つその女性が振り降ろされた剣を刀で受け止めていた。突然の乱入者に驚いたザナトシュは僅かに距離をとる。


「どうなってるのか全くもってわからないけどさぁ、ここに坊ちゃまが居て、君が坊ちゃまに剣を振り降ろそうとしているってことは敵だよね。うん、敵だ。そう断定する」

「何者だ貴様。どこから来た!」

「私はツキヨ・ミチカゲ。ディルク家のメイドだよ」

「ツキヨさん……どうしてここに……」

「んー、それは私もわからないけど。でもまぁ理由なんてどうでもいいよね。どんな理由があったって今私はここに居て、坊ちゃまの敵がいる。なら私のやることは一つだ。敵を殺す。ただそれだけだ」

「面白い……できるものならやってみろ!」

「ふふっ、いい気当たりだ。これなら少しは期待できるかな」


 ぶつかり合う二つの剣気。

 ツキヨとザナトシュの戦いが始まろうとしていた。

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