第17話 二人の冒険者
ディルク家の一日は基本的に屋敷の中で成立するようになっている。もちろん食料や家財道具などはコルドへと買いに行かなければならないのだが、それ以外はハルマもレイハ達メイドも屋敷で過ごしている。
屋敷の場所が森の中ということもあって、客人達が来るようなことも滅多にない。
しかし今、そんなディルク家へと向かう二人組の姿があった。
「なぁ、ホントにこの先に屋敷があるんだよな?」
「そのはずだけど。でもなんていうか……」
「どうしたんだよバレッタ」
「うーん、上手く言えないんだけど何かに見られてるような気がして」
「そうか? 気のせいだろ。それにもし何かいたって大丈夫だろ。俺らが負けるはずないんだからな! ハーマッドさんだって俺らに期待してるって言ってただろ」
「そ、そうだよね。それにしても、どんな人なんだろうね。この先の屋敷にいるっていう人」
「さぁな。ハーマッドさんも結局詳しいことは教えてくれなかったし。まぁでも大丈夫だろ。今の俺らに乗り越えられない壁なんてない! そうだろ!」
「うん! 頑張ろうクラップ君!」
冒険者であるクラップとバレッタ。なぜ二人がディルク家へと向かうことになったのか。それは数日前にまで話が遡ることになる。
「依頼でコルドに行け、ですか?」
突然ギルドへ呼び出されたクラップとバレットはギルドマスターであるハーマッドから直々にそう言われた。
ギルドマスターであるハーマッドとは面識はあった。しかしあまり話したことは無かったのでガチガチに緊張していた二人だったが、いきなりコルドへ行けと言われて首を傾げる。
クラップとバレッタは田舎から王都に出てきて冒険者になった。しかし二人の田舎は南の方にあり、北方に位置するコルドには行ったことも無い。せいぜい名前は聞いたことがある、程度だった。
なぜ土地勘も何もない自分達がわざわざコルドへと行かなければいけないのか。疑問に思うのも当然のことだった。
「お前達の言いたいこともわかる。しかし、これも経験だ。お前達は冒険者である以上王都近辺だけでなく、もっと広く活動の幅を持つことになるだろう。これからも冒険者としてのランクを上げていくならばなおさらのことだ」
「「っ!」」
冒険者としてランクを上げていけば、という言葉に二人は反応する。今現在、クラップとバレッタは二人ともC級冒険者。まだ冒険者になって一年ほどしか経っていない二人だが、たった一年でC級まで上り詰めるというのはある意味で偉業だ。
しかし二人はこのランクに満足しているわけでは無かった。いずれはB級やA級、そしてその先にあるというS級を目標にしていたからだ。
C級までは比較的楽に上がってきた二人だったが、いざB級となるとなかなか昇格が認められてない。そのことに二人は若干の不満を持っていた。
そんな時にギルドマスターであるハーマッドからこんな言葉をかけられたのだ。期待されていると思ってしまうのも無理はなかった。
「お前達は現在C級冒険者だが、B級冒険者ってのは世間的にみれば一人前ってことだ。求められる責任も能力も桁違いに跳ね上がる。そのことはわかってるな」
「それはもちろんわかってます」
「でも俺達ならB級レベルの依頼でもこなしてみせます!」
「ちょ、クラップ君!」
「良い自信だ。そうだ。冒険者は自信が無いとな。ただ今回の依頼、そう簡単じゃないぞ。難易度ばB級、いや下手をすればA級相当だ。心してかかるように。詳しいことはコルドのギルドで聞くといい。受付でお前達の名を出せば通るはずだ」
「わかりました」
「任せてください!」
こうして二人はコルドへと向かうことになったのだった。
そして現在。コルドについた二人は冒険者へと赴き、依頼の詳細を聞かされた。
と行っても頼まれたのは『引退した冒険者へ手紙を届けて欲しい』というものだった。
正直拍子抜けだった。てっきり魔獣や魔物を狩るような依頼だと思っていたのだ。
ただ少し気になったのはギルドの受付にいた職員の言葉。
『まぁ、死なないように頑張ってね』と意味深なことを言われたのだ。
「この手紙を届けるってだけなのになんでそんなに難易度高く設定されてるんだろうな?」
「それはわたしにもわからないけど。でもきっとこの依頼を成功させたらまたB級に近づけるよ!」
「だな! 俺達の目標に向かって頑張ろうぜ!」
「うん!」
クラップとバレッタは幼馴染み同士だった。同じ村で育った二人。しかし決して裕福な村ではなく、口減らしで貴族に子が売り払われることもあるような、そんな村。
ソルシュ王国は表向き奴隷を禁止しているが、その裏では貴族はそうした村を狙って
メイドとして雇うという形で買うこともあるのだ。
二人の場合は、バレッタが貴族に買われそうになり、それをクラップが連れ出すような形で村から逃げてきた。そんな境遇でまともに働けるはずもなく、冒険者となる道を選んだのだ。二人にとって幸運だったのは二人とも【
それは冒険者として生きていくうえで非常に大きなアドバンテージとなった。
そんな二人の夢は、いつかS級の冒険者となって有名になり、自分達のような境遇の子を減らすことだった。
「俺達なら絶対なれる。なにせ俺達は【
「あんまり【
「でもあの人【
「でも……」
「心配すんなって。俺ら二人が居て負けるなんてことあり得ないんだからな」
クラップは正義感ある少年ではあったが、いかんせん少し調子に乗りやすいきらいがあった。タチが悪いのが、クラップの言う通り実力があることだ。そのせいでクラップはなかなか他者からの忠告を聞こうとしなかった。
そんなクラップの状態をバレッタは決して良いとは思っていなかった。
「……あのねクラップ君」
バレッタがさらに言い募ろうとしたその時だった。
「グルァアアアアッッ!!」
「っ、魔獣! バレッタ! 俺が前に出て気を引きつけるから、バレッタは詠唱を!」
」
「うん、任せて!」
突然飛び出してきた魔獣にすぐさま戦闘態勢に入る二人。
二人の前に現れた魔獣の名はフレイムハウンド。黒い狼の魔獣だった。そしてその名の通り、炎を吐くことができる魔獣だ。素早い動きと骨すら溶かす高温の炎が特徴で、危険度の高い魔獣だ。
剣を抜いたクラップがフレイムハウンドに攻撃を仕掛け、その気を引きつける。爪や牙での攻撃をギリギリのところで躱し続けながら後方にいるバレッタには意識を向けさせないようにする立ち回り。
前衛のクラップが守り、後衛のバレッタが魔法で高火力を叩き込む。それが二人の戦い方だった。
「“偉大なる水の精霊よ、我に力を与えたまえ”――『アクアバレット』!」
「ギャゥッ!?」
バレッタの『アクアバレット』はフレイムハウンドに命中したのだが、その一発では仕留めるには足りなかった。
「せやぁっ!」
しかし、そこにできた隙にクラップが剣で一撃。見事に首を両断し、仕留めることに成功する。
「ふぅ。いきなりだったな。もしかしてバレッタが最初に言ってた見られてる気がするってこいつのことだったのか?」
「……そうかも。見られてる感じ無くなったし。私達のこと襲おうとして様子を伺ってたのかな?」
「ハハッ、俺達に挑んで来るなんて無謀な魔獣だな。ま、相手が悪かったってことだ。また襲われても面倒だしさっさと行った方がいいかもな」
「そうだね」
足早に森の中を駆けるクラップとバレッタ。しかし、その後は特に魔獣に襲われるようなこともなく二人は森を抜けることができた。
そしてたどり着いたのは、森の中にあるとは思えないほどに大きな屋敷だった。
「ここ……だよね?」
「あぁ、そのはずだ。とりあえず行ってみようぜ」
少しだけ戸惑いながらも玄関にたどり着いた二人はその大きな扉をノックする。
そして待つこと少し、玄関の扉が開く。中から出てきたのはメイド服を着た女性だった。
「クラップ様とバレッタ様ですね。お待ちしておりました。どうぞ中へ」
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