第2章 TSメイド、魔人と相対する
第16話 ディルク家メイド、カレンの悲劇
「んー! 今日もいい天気ですねー」
カレンは朝の日差しを浴びながら思いっきり背伸びをする。朝は朝でも、まだ早朝と呼べる時間帯ではあったのだが。
いつもなら朝はバタバタとしているのだが、今日だけは違う。そう今日はカレンに久しぶりに与えられた休みの日だったのだ。
ディルク家のメイドに基本的に休みは無い。住み込みで働いているカレン達にとって仕事と生活は密接に繋がっている。そのため休みも仕事もほとんど同じなのだ。しかし、たまに完全にオフの日が与えられる。その一日だけはメイドとしての仕事を何もしなくてよくなるのだ。
「いつもの癖で早く起きちゃったけど、二度寝しても良かったかも。でも寝て一日過ごすのももったいないし。コルドに行って買い物でもしようかな? それとも前にコルドに行った時に買った恋愛小説の続きを読んでもいいし。悩むなー」
カレンが今日は何をしようかと悩んでいると、屋敷の外から何かがぶつかるような音が聞こえてきた。
「そういえば……レイハさんとツキヨさん、今日は外で鍛錬してるんだっけ」
週に何度か、互いが朝食当番では無いときに実戦形式の鍛錬をしていることがある。レイハとツキヨだけではない。ミソラやサラ、ホリーもたまに参加していることがある。
まったく戦うことができないホリーだけは一度も参加したことがない。
そういえば、レイハさんとツキヨさんってどっちが強いのかな。
全力で戦っている二人を見たことがないカレンはふとそんな疑問を抱いき、興味本位で覗きにいくことにした。
「そこだぁっ!!」
「甘い!」
レイハの氷とツキヨの大太刀がぶつかる。ドーマンの攻撃を容易く弾いたレイハの氷だが、ツキヨの大太刀はその氷を容易く斬り裂く。
しかしそれもレイハには織り込み済み。一瞬ツキヨの動きを乱せればそれで良かったのだ。
「『氷槍』!!」
宙に浮き、身動きの取れないツキヨに向けて十数本の氷の槍が飛んでいく。しかし迫り来る氷の槍を前にツキヨに焦りは無かった。
「五ノ型――『
刹那のうちに放たれる十六の斬撃がレイハの氷の槍を斬り刻む。そしてそれだけでは止まらないのがツキヨだ。地面に着地した勢いを利用してレイハに肉薄。今度は逆に二ノ型で攻撃を仕掛けた。
完璧に不意を突いたタイミング。避けることすら間に合わない一撃がレイハの上半身と下半身を分断する。
勝負ありと思われたその瞬間、レイハの上半身と下半身が溶けるようにして消え去った。
「っ、まさか!?」
「『
ツキヨが斬ったと思ったのはレイハの作り出した偽物だった。そして本物のレイハが後ろから現れ、短剣でツキヨに斬りかかる。
「っ……やってくれたねレイハ」
「それはこっちの台詞よ。まさか『
「当たり前じゃないかなぁ。こういうのは本気じゃないと意味ないでしょ。それに、殺す気だったのはそっちだって同じでしょ」
つばぜり合いをしながら言い合うレイハとツキヨ。互いに本気の殺気があったことは否定しない。むしろそうでなければ真剣勝負にならないことは互いにわかっていた。そして、あの程度の攻撃では互いに殺すことができないということも。
「以前にも増して技の威力とキレが上がっているみたいね。そんなに前回私に負けたのが悔しかったのかしら?」
「は? なに言ってるのかな。前回は私の勝ちでしょ。レイハの氷は私に通用してないんだからさ」
「ふふふ……」
「あはは……」
「「この負けず嫌いがっ!!」」
そして再び始まるレイハとツキヨの戦い。もはやカレンには目で追うことすら難しい領域に到達していた。
「うひゃぁ、とんでもないですねこれは。同じ人だと思えないんですけど」
レイハとツキヨが強いは知っていたが、このレベルとなると種族から違うのではないかと思うほどだ。
巻き込まれてはたまらないと屋敷の中に戻るカレン。そんなカレンの鼻がどこからか良い匂いが漂ってきていることに気付いた。
「クンクン……この匂いは……パンケーキ!」
覚えのある匂いにカレンはキッチンへと向かった。そこにあったのは皿の上に山盛りに積まれたパンケーキ。作っていたのはホリーだった。
「ホリーさん、これもしかして朝ご飯ですか!」
「うわ、びっくりした。あれ、ホリーちゃん今日は私服なんだ……ってそっか。今日はお休みなんだっけ」
「はいそうです! いい匂いですねー。まだ朝ご飯食べてないんで、お腹空いてきちゃいました」
「もうちょっとしたら朝ご飯だから。それまで我慢してね。もぐっ」
「ってホリーさんは食べてるじゃないですか」
「ホリーはいいんだよ。これは味見だから。あむ」
「わたしの気のせいじゃなければ味見で一枚パンケーキが消えたんですけど」
「へーきへーき、減った分は作ればいいだけだからさ」
「うー、美味しそう……あの、わたしにも味見を――」
「つまみ食いはダメ!」
「えーーっ!?」
「もうちょっとで朝ご飯だからそれまで我慢。そうだ、時間あるならミソラちゃん起こしてきてほしいな。ミソラちゃん、昨日は遅くまで魔獣退治してたらしくて」
「わたし今日はお休みなんですけど……」
「パンケーキカレンちゃん用に一枚多く焼いてあげるからさ」
「すぐに起こしてきます!」
と、意気揚々とミソラの部屋に向かったのはいいものの。カレンはすっかり忘れていたのだ。ミソラの寝起きの悪さを。しかし一度引き受けてしまった以上、やっぱり無理でしたとは言えない。何よりホリーの焼いていた見るからにふわふわなパンケーキが食べたかった。
覚悟を決めたカレンはそっとミソラの部屋に入る。室内は朝だというのに遮光カーテンの影響で真っ暗だった。
「ミ、ミソラさーん? 朝ですよー」
恐る恐るベッドに近付くカレン。だがベッドで眠るカレンに起きる気配は無い。仕方なく直接起こそうとしたその時だった。
「ミソラさ――」
「ガゥッ!!」
「ひっ」
カレンの眼前でミソラの拳が止まる。あと数㎝で直撃している距離だった。
「……なんだ。カレンかよ。ふぁ……なんだよ、せっかく気持ち良く寝てたってのに」
「寝てたってのに、じゃないですよぉ! 走馬灯でしたよ走馬灯。絶対死んだと思いましたもん! 漏らすところでした。さっきトイレに行ってなかったら確実に漏らしてました!」
「っさいなぁ。お前が漏らそうがどうだろうが別に興味ねぇっての。アタシは眠いんだ。さっさと出てけ」
「ダメですよ。ホリーさんに起こしてきてって言われましたもん。もうすぐ朝ご飯の時間ですよ」
「…………」
「今日はパンケーキですよー。ふわふわですよー」
「うーー」
「きっと起きてこないとみんなで食べちゃうんだろうなー。無くなっちゃうんだろうなー」
「だー! もうわかった、起きりゃいいんだろ起きりゃ!」
カレンは知っている。どうみても肉食なミソラだが、甘い物が実は好きだということを。
こうして無事にカレンを起こすことに成功したミソラはルンルン気分で食堂へと向かった。
「あ、カレンさんおはよう」
「あ、坊ちゃま! おはようございます!」
その道中で出会ったのは珍しく一人で居るハルマだった。珍しく、というのは基本的にハルマの傍にはレイハが、でなければ他のメイドが傍にいるからだ。
「今日はお一人で起きられたんですか?」
「うん。昨日早く寝たからかな。自然と目が覚めちゃって」
「あー、そうなんですね。でも……」
「どうしたの?」
カレンは知っている。レイハがハルマを起こすのを朝の楽しみにしているということを。
今の時間はいつものハルマの起床時間よりも早い。きっとレイハはもう少ししたらハルマのことを起こしに行くつもりだったのだろう。しかし今日はハルマが自分で起きてきてしまった。そうなった時、レイハがどう反応するか。全く想像もできなかった。
「な、なんでもないですよー。それよりも坊ちゃま。一人で起きれるなんてスゴいじゃないですか!」
「それで褒められても。僕ももう十四歳だし。そろそろレイハさんにも起こしに来なくていいよって言おうかと思って――」
「それは止めておいた方がいいと思います。えぇ絶対に」
「どうして?」
「どうしてもです。まぁいいじゃないですか。レイハさんみたいな美人に起こされるなんて男の夢ですよ夢。わたしだってできるならレイハさんに優しく起こされたいですもん。なーんて」
「あははっ、そういえばカレンさんは今日はどうしてメイド服じゃないの?」
「あれ、坊ちゃま知らなかったんですか? 今日はわたし、お休みなんです。完全オフなんですよ」
「そうだっんだ。ごめん、僕知らなくて。えっと、それじゃあもしかして邪魔しちゃったのかな?」
カレンの休みの邪魔をしてしまったのではないかと申し訳なさそうな顔をするハルマに思わずクスリと笑ってしまう。
「そんなことありませんよ坊ちゃま。わたし、坊ちゃまとお話するの好きですし」
この言葉はハルマに気を遣ったわけじゃ無い。カレンの本音だ。メイドに対して高圧的な主人も多い中、ハルマは決してそんな様子を見せない。それどころかメイドであるカレン達を同等に扱ってくれる。最初にカレンがメイドとして働いていた家が相当酷かっただけに、今の環境はかなり恵まれていると言っても過言ではないだろう。盗賊退治など前の家とは別の意味で大変なことも多いのだが。
「そっか。ありがとう。僕もみんなと話すの好きだよ。色んなこと教えてくれて楽しいし」
少し照れくさそうなハルマの笑顔に思わずキュンと胸が高鳴るカレン。たまにこういうことがあるからハルマはタチが悪い。
「あ、そうだ。サラさんに渡さなきゃいけないものがあったの忘れてた。サラさんどこにいるかな」
「この時間ならサラさんは裏庭の方にいると思いますよ」
「そうなんだ。ありがとうカレンさん。それじゃあ休日ゆっくりしてね」
「はい! ありがとうございます!」
去っていくハルマを見送るカレン。
「坊ちゃま、すごく成長したなぁ。体つきも一年前よりもたくましくなった気がするし。このまま成長していったらどんな風になるんだろう。そういえば、前に写真で見たアルバ様はすごく凜々しくてカッコよかったし。もしかしたら坊ちゃまもあんな風に……」
想像する。これから数年後の成長したハルマ(イケメン)に言い寄られる自分の姿を。
ありだった。ものすごくありだった。
「えへ、えへへ……ダメですよ坊ちゃま。わたしはメイドで……え? そんなの関係無い? 身分なんて関係無くお前のことを好きになったんだなんて……そんなこと言われちゃったらわたし――」
「何がダメなのかしら?」
「ぴゃっ!? レ、レレレ、レイハさん!?」
完全に妄想の世界に耽っていたカレンは背後から迫り来るレイハの気配に気付くことができなかった。レイハの後ろにはツキヨもいる。鍛錬を終え、二人で食堂へと向かっている最中だったのだ。
「何が……ダメなのかしら?」
「えぇと、あの、それはその……」
レイハの目は氷のように冷たかった。心なしか周囲の気温が下がっているような気さえする。否、事実下がっていた。レイハの体からあふれ出る冷気によって。
「まさかとは思いますが……坊ちゃまに言い寄られる自分の姿を想像してたなんて……そんなわけないわよね?」
「え、えへへ……やだなぁレイハさん。そんなわけないじゃないですかぁ。わたしメイドなんですからぁ。最近、主人とメイドの禁断の関係を描いた恋愛小説を読んでちょっと憧れてたとか、そんなわけありませんってぇ」
「……そう。ちょっと向こうでお話しましょう。ツキヨ、私達は遅くなるからみんなで先に朝食を食べていて」
「りょーかい」
「え、いや、あのレイハさん? なんでわたしの手を掴んで……どこに! どこに連れて行く気ですか!?」
「あなた確か今日は休みの日だったわね。だったらちょうどいいわ。時間はたっぷりあるってことだもの」
「ひぃ! た、助けてツキヨさん!」
「ごめんねー。私、巻き込まれたくないから。頑張ってねー」
「この薄情者ーーーーーーっっ!!」
こうして、カレンの貴重な休日は儚く散るのだった。
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