第25話 襲撃者
アスタ村へ到着した三人は、村長への挨拶もそこそこに早速ガーデンへと赴いた。
この村のガーデンは起伏の激しい村の中で最も高い位置にあり、険峻な岩肌を背に建物をくっつけたような奇妙な造りをしていた。
レイフが見上げると世界樹はガーデンの頭上に屋根のように枝葉を伸ばしていた。
近くで見るまで確信が持てなかったが、ここの世界樹は他の地域とはやや装いが違うようだ。端的に言えば松のような、針葉樹に近い見た目をしているのだ。
平地の世界樹は一様に広葉樹を思わせるどっしりとした見た目で、真っ直ぐの幹に傘のように枝を伸ばす。だがここの世界樹は幹が蛇のようにくねり、バランスを取るように枝を伸ばしていた。
同じ世界樹でも地域によって見た目に差があることはレイフも気付いていた。しかしここまで異なる個体を見ると、種としての世界樹の定義とはなんなのか。植物の専門家として思案せざるを得ない。
環境によって変容するとしたら、カルミア王国以外の地域ではどうなのだろう。砂漠では?雪国では?または海に浮かぶ孤島では?
レイフの心は世界の広さと世界樹への好奇心でいっぱいになり、その場に立ち尽くした。
「おいレイフ、さっさと行くぞ」
ガーデンの入り口で思索にふけるレイフをサラが現実に引き戻す。
イヴンは案内役のガーデン職員と並んで歩きながら、アルゴス将軍からの紹介状を手に訪問の理由を説明していた。レイフは彼らに追いつこうと小走りになってガーデンの敷居をくぐった。
案内された世界樹の根元で、レイフは再び驚かされた。なんとその幹は絶壁である岩肌から斜めに生えていたのだ。絶句するレイフにガーデン職員が苦笑混じりに解説する。
「我が村の世界樹を見た人は皆そのように驚かれます。平地のものとは姿も随分と違うようですし、岩肌を突き破ってここまで大きくなる個体は王国中を探してもきっとここだけでしょうね」
根元が岩壁にあるため、その下には建設現場のような足場が組まれていた。
あとはいつも通り作業をするだけだ。
足場に登った後はブラウザを手頃な根に接続し、ネットワークを開通させる。接続用の端子も魔石板を用いたブラウザも、二年前に比べて驚くほど使いやすく洗練されている。
今やブラウザは希代の天才魔工技師リック・テイラーの代表作として国中に知れ渡っていた。
レイフの植物魔法のメカニズムを解明し、機械的に代用させる小型ブラウザの開発には至っていないが、レイフが魔法を使う前提の旧式であれば持ち運んで登山も容易なほど軽量化された。
加えてネットワークに接続した後の閲覧性能も格段に進化しており、最低限の文字列や線を表示させるだけだったレイフ製のブラウザとは既に別物である。
リックならいずれ必ず小型化にも成功し、遠からずレイフの魔法は不要になるだろう。そしてカルミア王国ではネットワークが当たり前になり、情報不足により落ちる命は減らせるはずだ。
あとはーー。
「おーい、そろそろ終わっただろー?ニュースの確認はほどほどにして先に飯行こうぜ」
物思いにふけりながらも作業を終わらせ、まさに各地のブラウザから書き込まれたニュースのチェックを始めようとしていたレイフは、姉の観察眼に思わず苦笑する。
サラ自身は小難しい事はわからないとのたまうが、長いこと一緒に旅をしてきただけあってレイフの作業工程は把握されているようだ。
「ちょっとだけ待ってて。樹の健康診断だけさせてよ」
繋ぎ手としてネットワーク関連の活動ばかりに注目が集まるが、植物魔法を操るレイフの本分は植物医、植物学者のそれである。
幹に手を添えて魔法を発動し、世界樹との対話を行う。レイフと世界樹が内側から発光するように薄緑の燐光に包まれて......。
ドォン!
稲妻が落ちたような破裂音がガーデンに響く。衝撃で岩壁からぱらぱらと小石が落ちてきた。
「なんだお前ら!」
不意の轟音に思考が追いつかない一行の中で、サラはこの場への侵入者をいち早く捕捉していた。
暗緑色のフードで顔を隠した人物が五人、唯一の出入り口である通路から駆け込んできた。
一拍遅れたもののイヴンもまた素早く臨戦態勢を取り、護衛対象であるレイフの元へ、世界樹の根本に延びる足場へと駆けだした。サラは自分でなんとかするだろうとの判断だった。
レイフは高い足場から転落しないよう手すりに掴まり、混乱する場を見下ろしていた。
侵入者達はひとかたまりになっていたガーデン職員やサラ達には目もくれず世界樹へ、もしくはレイフの方へと疾駆する。
「レイフ!イヴン!」
その様子にサラは舌打ちをするも、自分以外に戦える者がいない職員達を置いていくわけにもいかない。侵入者が目の前の奴らだけとも限らないし、強盗の類であれば弱い奴から狙われてしまう。
イヴンがフードの侵入者よりもひと息早く世界樹の下へと辿りついた。レイフも足場から飛び降りる勢いで地面に駆け降り、二人は無事合流することが出来た。
「いったい何が!?」
「さあね!とにかく奴ら、こっちが狙いみたいっすね!」
世界樹の生える岩壁を背後にして並び立つレイフとイヴン。その二人を侵入者四人が半円状に取り囲む。
残り一人の侵入者は、世界樹の根元へと続く足場を駆けあがっていった。暗緑色のフードの下から伸びた赤い髪がたなびくのをレイフは目の端に捉えて息を飲む。
「狙いは世界樹、いや......ブラウザっすか?なんでこんなタイミングで」
「イヴン!」
イヴンの言葉が終わる前に侵入者が二人に襲いかかる。
その手にはナイフが握られ、四人中二人が前へ切り込み、二人が後ろに控えていた。挙動の端々に訓練された者の動きが見て取れた。
イヴンは帯刀した軍刀を抜いて応戦し、レイフは徒手空拳で臨むも敵のナイフをかわすだけで精一杯だった。
様子見をいている後衛の二人が動くのも時間の問題だろう。
「まずいっすね......っく」
打開策を探ろうにも二人とも目の前の敵を捌く事で手いっぱいだ。
並の敵なら負けるつもりは無いイヴンだが、目の前のナイフ使いにはまるで勝つ気がなく、深く踏み込んで来ない。
軍刀では対処しづらい軽く素早い連撃を繰り出し、倒す事よりイヴンを動かさない事に徹した動きだ。
レイフの方でもそれは同様だった。日頃サラと組み手をしているだけあって、レイフは敵の攻撃を難なく見切っている。しかし牽制と守りに重点を置いた敵の防御を崩すには決め手に欠けていた。世界樹へと向かった侵入者が気にかかる事も動きの精細を奪っているようだ。
相手が戦力に余裕を持った状態での膠着状態。まんまと時間を稼がれている。
そう悟った時点で、イヴンは覚悟を決めた。
護衛の任務ではあるが、このままではそれも危うい。出来ればレイフに、友人には見られたくはなかったが仕方がない。
暗転、するしかない。
イヴンが力を込めて軍刀を降り抜き、ナイフ使いが距離を取る。
「レイフ、俺が敵を戰滅するから、その隙に逃げるっすよ」
「え?でも世界樹が...!」
レイフは赤髪フードの登っていった足場をちらりと見やる。
「俺の任務は世界樹じゃなく、繋ぎ手の護衛なんで。頼むっすよ」
そう言って微笑んだイヴンは、剣を手放して一度息を深く吸って吐き出した。
それを合図にイヴンは自身を暗転させた。
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