第32話

「もっと簡単な依頼はありませんか? この際、モンスターの散歩でも良いので」

「そういうのは獣人向けだけど……、小焼ちゃんがいるなら大丈夫かな。合成獣キメラのお散歩を手伝ってほしいってのがあるよ。ほら、工房ラボからの依頼で」

「愛玩用合成獣の製造工場ですね。では、これをけい名義で」

「はいはーい。こっちにサインしてね」

「はいやの」

 けいは文句を言わずに書類にサインしている。嫌ならはっきり嫌と言うタイプのはずだから、このまま従ってもらおう。

 さて、ところ変わって、製造工場だ。受付でギルドの紹介で来たことを話す前に、受付嬢の悪魔が私にビビって逃げてしまった。悪さをしていない悪魔を退治することはないんだが……、なにか心当たりでもあったのだろうか。なんなら、サキュバスを連れているのに、逃げるようなことあるか?

「神父様。何かしたやの? 悪魔の子、逃げてっちゃったやの」

「何もしてないですよ。お前は同族ですし、彼女を呼び戻してこれませんか?」

「入館証が無いから入られへんやの」

「そうですね」

 社員ならば社員証、客人ならば入館証が無ければこれから先に入れない。受付嬢はさっき逃げていった悪魔一人だけだったので、このままだと私達は受付を通ることもできない。内線電話でも使って他所の部署から呼び出せられるかと考えたが、電話に手が届きそうもない。特殊な魔法防壁があって手が弾かれる。

「けい。あの電話触れますか?」

「ぴぎゃっ! 痛いやの!」

「……駄目か」

「神父様! この電話触ったら痛い痛いなるの知っててやったやの!?」

「いえ、そこまで痛みを感じなかったんですが、けっこうダメージ入るものだったんですね」

「……神父様は魔力がずば抜けて高いから、反射で防御ができてるんやの。けっこう痛かったやの。撫でてやの」

「はいはい」

 仕方ないので彼女の白い手を撫でておく。すべすべしていて羽二重餅のようだ。美味しそうだな。腹が減ってくる。

「あのー、お客様ー?」

 声をかけられたので、振り向く。

 天使がいた。首から社員証をかけているので、ここの社員で間違いないだろう。

「ちょうど良かった。受付嬢が逃げてしまって入れずにいたんです。ギルドからの紹介で合成獣の散歩の手伝いに参りました」

「ああ! 神父様が来られて驚いてしまったのでしょう。あの子、悪魔だけどちょっと怖がりなところがあって……、入館手続きいたしますね」

「助かります」

「そちらのシスターはサキュバスですね? 飼われてるんですか?」

「ウチは飼われてないやの!」

「似たようなものです。雑用係をしているので、気にしないでください」

「はい。では、こちらをどうぞ」

 天使から入館証を受け取る。そのまま天使は受付窓口に座ったので、シフト交代の時間だったんだろうか。

 ゲートを通るために入館証をタッチしたが、けいがブザーと共に挟まってしまっていた。

「何でやのー!?」

「お前が可愛すぎるからかもしれませんね」

「はっ、ウチの可愛さが罪……!」

「いえいえ。システムエラーですよぉ。どうぞお通りください」

 天使は半笑いでゲートを開いてくれた。

 けいは天使に向かって頬を膨らませて威嚇している。

 どうやら相性が悪いのは本当らしい。わざと挟んだのであれば、後で報告する必要があるな。悪魔は逃げたままだし。

 とりあえず、担当者と話をしなければならない。書類の確認をして、研究室へ向かう。

「あの天使、性格悪いやの。天使はみんな性格悪いやの」

「そうかもしれませんが、廊下では静かにしましょう」

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