タイトル未定(2023年末公募作品)

現在○○○○○文字

序章 部活動紹介

「私たちは、すいせい部でーす!」


 最初に聞いたとき『ああ、流れ星を観察する部か』と勝手に納得したのも束の間。

 体育館に整然と配置されているパイプ椅子の軋む音がそこかしこで鳴りまくっている。

 座っていた在校生が姿勢を正し、好奇心の目を彼女に注いでいたからだ。


「すいせい部ってなんだ? お前聞いたことある?」

「ない。さては天文関係かな? 彗星だけに」

「そんなことより、あの子めっちゃ可愛くないか? ドチャクソタイプなんだけど、ヤバ」


 ひそひそ話にしては少々大声で囁き合う一年生の諸君。

 俺としても大方の意見には賛同だ。

 流れ星なんかよりも君の方がよっぽど綺麗だと、瞬時に口説き文句が出てもおかしくないくらいには、登壇中の彼女は光ってみえた。

 いうならば彗星の如き輝かしい笑顔。薔薇色の高校生活を予感させる。

 体育館に集まっていた一年生は部の活動内容に大きな期待を寄せていた。

 従来通りならば、実演などで部のアピールをしていくのが基本であり、その証拠に星々を描く小型の円形投影機が演台に置かれている。

 だれもが天体ショーが始まるものだと思っていた。


「ちなみに流れ星を観察する部ではありません。良く言われるので念のため♡」


 男を虜にする殺人ボイス。その色気に惑わされた男子は、この場が部活動紹介だと忘れる勢いで彼女に魅了されてしまう。

 笑顔よし愛想よし可愛さよし。三拍子揃いの猛者を前にしては漏れなくイチコロである。


「こほん」


 騒然となりつつある館内であったが、彼女は穏やかな咳払いで場を注目させる。

 間もなくして平静が訪れた。


「推声部の活動は、主に〈推声ネット〉と呼ばれるコミュニティに登録されているユーザーに、私たちの生の声をお届けします。専用回線を使ったお電話が主だった交信手段でありまして、話の内容は悩み事から雑談まで多岐に亘ります。相手の要望に合わせるといった感じですね」


 今まで見聞したことのない部活動だ。そのせいか、若干の困惑が一年生から見て取れる。

 放送部でもなければアマチュア無線部でもない。しゃべくりお電話部みたいなものか?


「推声部員は活動を通して――」


 そして、はっとした表情で口ごもる。


「今更ですが、推声部部長の逢沢八恵です。申し遅れちゃいましたね。えへへ」


 わざとらしく頭を小突く仕草に、恥じらいの微笑。

 元々のスペックが高いからだろう。その場でファンクラブができても不思議ではないレベルで、男子生徒は一斉に目を奪われる。

 ここまで魅力をふんだんに押し売りされると、もはや悩殺ともとれる反応が現れ始めていた。


「えっと……続けるね?」


 そうだそうだ。お前ら鼻息がヤバいから落ち着け。ここは部活動紹介の場。ミスグランプリを決める大会ではないんだぞ。


「推声部員は活動を通してホスピタリティを養うと同時に、登録ユーザーの満足度を上げることで、推声ネット主催の全国コンテストに進出することができます。そこでは通話中に審査が設けられ、話術、責任、熱意、知識、献身。この五項目が各技能に応じて点数に反映される仕組みとなっています」


 蓋を開けてみれば結構ガチな部だった。

 大会制度の多い運動部さながらの情熱で取り組む必要があり、文化部にしては珍しいと思ったが、部長の醸し出す柔和な雰囲気から察するに、ひとまず推声部が鬼厳しいというわけではないらしい。


「大会の優勝校には年間トロフィーが贈られます。さらに最優秀部員にはグランプリクラウンが戴冠。他にもユーザーから感謝状と金一封が進呈され、私たちの活動を金銭面でサポートしてくれます」


 お祝い金という名目ならば、金銭獲得は特段間違った方法でもないと思ったのだが――。


「補足ですが、推声部はどの部よりも収益率が高いのでアルバイト感覚でやってみてもいいかもしれませんね。結構稼げるよ?」


「おい逢沢、言葉は適切に選びたまえ」


 見張りの体育教師が怒鳴り声で言った。終始仏頂面で睨んでいるためか、逢沢八恵が作り出した空気感をものともしていない。


「えへへ。なんちゃって」


 人差し指を口に当てて、あざといスマイルが繰り出される。

 たしかに部活動=アルバイトだなんて発想は、教育の精神を規範とする学生活動においては抵触の事態にもなり得るが、悪びれた素振りもない彼女は可愛らしさだけを全面に押し出していた。

 推声部の持ち時間が少なくなりつつある中、俺は推声部の魅力はこれだけなのかと正直落胆しかけていた。

 美少女がいること以外、特に将来性における知恵の享受もなければ、青春の一ページに書き残せるような熱がこもった活動もできなさそう。そもそも声を使った部活はいくらでもある。

 推声部特有の利点を見つけるのは困難だ。


「なるほどやね」


 ふと、俺の真後ろに座っていた生徒が呟き声で関心を示す。

 首を振り向けてみると、やけにお洒落な女子生徒が小難しい表情で考え事に耽っている。

 しかも真後ろということは別クラス。無論、入学早々につき接点はないので名前すらも知らないけれど、思いのほか気になって仕方がないくらいには沸々と好奇心が肥大化していく。

 黒いリボンのカチューシャ、切り揃えられた前髪は可愛らしさをふんだんに盛っている。

 庇護欲がそそられる華奢な体格がスリムに収められている。まるでお人形のような肉体美を身につけていた。


「へー、あの部に興味あるんだ?」


 例の女子とヒソヒソ話に興じるクラスメイトには悪いが、思いきり聞き耳を立ててみた。


「まぁ稼げるからな。お金なんてナンボあってもいいんやし」


 耳に馴染みやすく、落ち着いた声。一度でも聞けば絶対に忘れることのできない美声だった。


「でも普通にバイトで働いたらよくない? うちの高校認めてるし」

「給料安いし無理ー。先輩怖いー。しんどいだるいー。の可能性だって充分にあるやんか」

「でも、それは推声部も同じじゃないかなぁ?」

「なら、わかり次第すぐに辞めればよくない?」

「うーん……」

「部活やったら内申にもプラスされるし、それでお金も貰えるとか一石二鳥やんか」

「……たしかに」

「やろー?」


 成程。全ては逢沢八恵の戦略だったようだ。

 学生の理念に反しているとはいえ、合法的に部活動で稼ぐことができるなら、その武器を持たずして戦うわけにはいかない。叱咤される危険を冒してまで彼女は言い切ったのだ。

 教師陣から反感は買ったが、総じて学生の受けは良かった。

 どうやら逢沢八恵の賭けは成功したようだ。

 しかし、本当にそれだけなのか?

 他の部は大所帯で乗り込んできた。野球部やサッカー部といった花形の部は、人海戦術で大規模なパフォーマンスを披露していた。

 しかし、推声部は部長ひとりしか登壇していない。

 おそらく部員が少なく、存続の危機に立たされていると視るのが自然だろう。


「私たちは、今年から新たに生まれ変わる推声部の活動に携わる部員を募集しております」


 真面目な語り調が発せられるとき、ついに部活動紹介も佳境を迎え、実演を交えた宣伝が行われる。


「推声部は今年度で、その形態を一新します」


 奥床しい微笑を零した彼女は、演台に置かれていた小型の円形投影機に自身の手をかざし、明らかな起動を確認する。

 それまでプラネタリウムだと思っていた天体ショーの正体は、実は全くの別物であった。

 なんと、白き飽和の光線が投影機から放射状に放たれ、館内は一斉にして迸る光の密集地となったのだ。

 一瞬にして目が眩むほどの光量は大きく閃光したのち、次第に大人しくなっていって消え去る。

 やがて目蓋を開けると、見慣れないものが体育館の壇上に浮かんでいた。

 そのシルエットが鮮明になると、教師を含めた全員が目を丸くして浮遊する者を見やる。


「これは……?」


 白き翼を生やした目瞑りの少女が大衆の前に降臨していた。

 そして、ゆっくりと目を開ける少女の瞳には、たしかな生気を感じさせる潤いがあった。


「初めまして。人間と天使のハーフ、火垂です! にひひ!」


 たしかに少女は声に出してにひひと大袈裟に言っていた。

 俺は生まれて初めてそんな変わった笑い声を聞いたが、不思議にも作り笑いだとは到底思えなかった。純粋無垢な笑顔でしかなく、疑いの余地は一切ない。


「ご紹介がありました通り、この子の名前は火垂ちゃん。当校の在校生であり、推声部の所属です」


 何食わぬ顔で逢沢八恵が解説を始める。もはや混乱の最中といってもいいこの状況下で。


「推声部員はそれぞれ好みのキャラクターとなってお話しに臨んでいただきます」


 ゆえに天使。それはキャラであって実際の天使ではない。

 重々わかっているけれど、彼女の放つ天使めいた魅惑の前では、全ての理屈は塵と化す。

 まさしく彼女は翼を生やしたエンジェルとして生を受けていた。


「相手を慈しみ、敬い、格別の愛を以てして感情を育む。これは学生の本分である人生教育と何ひとつ変わりありません」


 目の前に現れた少女には実体と呼べるものがない代わりに、立体的な電子映像が彼女の姿形を鮮明に撮らえていた。

 手や足、ひいては輪郭といった細かな部位が緻密に描写されており、色彩も豊富で本物の人間と大差ないように思える。


「今年度から推声部は〈バーチャル通話〉を用いた活動を開始し、携わる全ての皆様に明るい未来をお見せします」


 逢沢八恵はこう言って締めくくる。


「今日この日を境にして、火垂ちゃんは万民を導く天使となるのです」


 突如現れた天使の肢体から溢れ出る神々しいオーラは、だれがどう見てもこの世の万物が作り出したものとは思えず、燃え尽きぬ魂よろしく燦然と輝き続けている。

 これを奇跡の光として言わずして、他にどう例えればいいのか自分でもわからないほどに、彼女は眩しかった。

 それこそ彗星の如く。

 あるいは蛍のように力強く――。

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