第12話

 ここにきて、奥様の限界が訪れてしまったようでした。まだギリギリ自我は残っているようですが、体の支配権はほとんど悪魔に乗っ取られてしまっているようです。

 旦那様は……即死でしょう。鋭利な刃物か何かで奇麗に両断されています。流石にわたしも初めて見ました。縦半分になった人間は。

 かなり悲惨な光景なので、あまり細かく言うのはやめておきましょう。


「息子さん、死にたくなければ離れてください。危険です」

「嫌だよ! 母さん! 母さんってば!!」


 息子さんはわたしの警告を無視して奥様に抱き着き、必死に呼びかけています。死にたいようですね。

 ですが助かる命を見過ごすほどわたしは非情ではありません。先程も申した通り、命は平等ではないのです。魔教徒とは違い、息子さんの命は失われていいものではありません。

 わたしは息子さんの首根っこを掴み、少し乱暴ですが引っぺがすようにして後ろへと放り投げました。


「ぐえ」


 息子さんからカエルの潰れるような声を出させてしまいましたが、お陰で命まで体から出ていくことは防げました。

 わたしが息子さんを放り投げた直後、奥様が横になっていたベッドが突然半分に裂けたのです。もし息子さんがそのままだったら、旦那様と同じ未来を辿っていたことでしょう。


「奥様……まだ気持ちは変わらないのですか?」


 ずっと旦那様と一緒にいたい。息子さんをずっと守っていたい。奥様はそう仰られていました。

 しかし、もうその想いが果たされることはありません。すでに旦那様は真っ二つ。息子さんも同じ運命を辿るところでした。

 他でもない奥様の手によって。

 例え体を支配し、精神までも支配しつつある悪魔のせいだったとしても、奥様は一生、いえ、死んでも気に病むことでしょう。


「い、っ、し、ょ、に、い、た、い、!、!、!、!」

「そうですか。やはりお強いですね」


 母は強し、とは言いますが、これほどまでとは。恐れ入ります。

 奥様の家族を愛する気持ちは本物のようです。

 ですが、何度でも言いましょう。

 ──命の価値は平等ではないのです。

 奥様の命はすでに失われたも同然であり、そこにいるのは奥様ではなく、奥様の皮を被った悪魔──『魔人』です。

 ならば、わたしはあえてこう言いましょう。




「奥様のその願い、叶えてさしあげましょう」




 わたしなら、それができるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る