元殺し屋の女の子が義妹を自称する話

ペーンネームはまだ無い

第01話:おかえりなさいのお時間

「おかえりなさい、お義兄にい様。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも殺人?」


 帰宅すると、自称義妹の東雲しののめるながパタパタと駆け寄って、相変わらずの感情の薄いしゃべり方で僕を出迎えた。


「……殺人だなんてひどい冗談、ですか? むむぅ。冗談なんかじゃありませんよ。これでもルナは元殺し屋ですから。お義兄様に危害を加えるような豚畜生どもを暗殺することくらい楽勝なのですよ。……え、そんな必要はない、ですか? むむぅ、そうでしょうか? お義兄様は、今日も本当にお疲れのようですよ。何か嫌なことがあったのではないでしょうか?」


「今日一日、お義兄様に何があったかルナに教えてくださいませ。そうすれば、お義兄様の頑張りに対して『良い子、良い子』と頭を撫でて最大限の称賛を行うこともできますし、お義兄様を害した豚畜生どもをジェノサイドしてご覧にいれることもできます」


 そう言って月はハンドガンを取り出すと、マガジンを装填しスライドを引いた。


「え? 本当にジェノサイドしなくても良いのですか? 証拠を残すようなヘマはしませんよ? むむぅ。お義兄様がそうおっしゃるのなら、今日のところはジェノサイドを諦めます。豚畜生どもにご慈悲を与えるなんて、お義兄様はお優しいですね」


「……お義兄様はルナに手を汚してほしくないんですか? ルナのことまで気にしてくださるなんて、本当にお義兄様はお優しいですね。えへへ。そういうところもルナは大好きです。わかりました。ルナは殺し屋の七つ道具を封印して、金輪際ジェノサイドしないとお約束します」


「っと、立ち話が長くなってしまいましたね。もうすぐご飯の準備ができますから、中でゆっくりとおくつろぎください。あ、お荷物をお預かりしますね」


 僕はバッグを月に手渡す。


「……あれ? あれれ?」


 月がクンクンと鼻を鳴らして首をかしげる。


「お義兄様、ちょっと失礼いたします」


 月はバッグを床に置くと、僕の首に腕を回して抱きついてきた。

 僕の左側をクンクンと嗅いだ後、続けて右側もクンクンと嗅ぐ。


「やっぱり。やっぱり他の女の匂いがする」


 そう言って月は僕から離れると、ハンドガンを取り出してマガジンを装填しスライドを引いた。


「むむぅー! どこの女か知りませんが、他人のお義兄様に残り香をつけるなんて許されません! ジェノサイドです! これはジェノサイド案件です!」


「……え? 心当たりがない、ですか? 本当ですか? よーく思い返してください。エレベーターで女性と一緒になったりしませんでしたか? コンビニで女性定員にレジを打ってもらったりしませんでしたか? 道端で女性とすれ違ったりしませんでしたか? それ、全部アウトです。ストップ・ザ・スキンシップ!」


「そこまで制限されたら生活できなくなっちゃう、と言われましても……。むむぅ。むむむむむぅ。……わかりました。本来であれば決して聞き入れられない重大な案件ではありますが、お義兄様がどうしてもとおっしゃるなら、ルナは潔く断腸の思いで聞き入れます。でも、その、代わりにひとつお願いがあるのですが、よろしいですか?」


「……っありがとうございます! それでは、早速ですがハグさせてもらっても良いですか?」


 月は僕の答えを待たずに僕に抱きついてきて、すりすりと頬ずりを始める。


「お義兄様に他の女の匂いがついているのは、やっぱり許せません。ですから、これからはお義兄様に他の女の匂いがつくたびに、こうして匂いを上書きさせてください」


「こうしてすりすりするなんて、犬や猫みたいですか? ふふっ。それでもかまいません。こうやってマーキングしてお義兄様をルナのものだって主張できるのなら望むところなのです。お義兄様の顔も、首も、胸も、腕も、腰も、足も、ルナの匂いをたっぷりと擦りつけますので、しばらく我慢していてくださいね、お義兄様っ♪」

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