折り畳まれた

イトイ

折り畳まれた

最初にその家に入った時『やけに薄暗い家だなぁ』と思ったという。

後々住んでから感じたことは次の二点だったという。

風通しがとにかく悪いのか湿った感じが消えない、そしてやはり―薄暗い―。


職場に近くて、徒歩圏内にスーパーと病院がある。それに思った以上に家賃が安かったのも決め手の一つだった。

今考えたらやすかった、というところで怪しんでおけばよかったと、そう思う。


間取りが悪いのだ、と思う。

玄関から真っすぐ入ったところに普通は扉がある事が多いのに、ここはいったん曲がって扉がある。

別に経由しなくても部屋に入れるはずなのに、なぜか一旦曲がるのだ。

そんな風だから風通しが良くない。

居間からは大きな窓があるからまだましだが、それだって台所の位置が悪いせいで空気が抜けない。

折りたたんだような部屋の作りは、酷く鬱屈とした気分になるのだった。



久々に休みの折、だから徹底に掃除をする事にした。

整えられた部屋はつくづく気が晴れる。

窓際にサンキャッチャーが日の光を含んでキラキラと床に綺麗な光をばらまくそれが心にも滋養をもたらす。

窓辺にかけてあった姿見を磨きながら、ふ、と一息ついた。


これが終わったら一息ついてお茶でも飲もうかしら。

そう思った時、何かが目にとまった。


違和感がある。

何の違和感があるのか、最初はわからなかった


目の端にちらりと何かが映った。

なんだ?

出窓に映りこんだ。そう背後には和室がある。

いつもは使わないものや、非常用にまとめたカバンなどを置いている部屋。

薄暗くて普段は電気もつけないから、余り視界に入れる事もない。

和室には押し入れとその上に細い襖のついた物入があった。

上の段は使わないから開けたこともない―確か天袋というのだったか、少しだけ、開いている。

空気を入れ替えるために開けたのだろうか、少し高いその場所は中が余り見えない。

和室に足を踏み入れると、なぜだか柔いひんやりとした湿気の感触がした。

踏み台をとりだし、足を載せる。

少しだけ視野が高くなって―それが見えた。

天袋の隅から隅まで、まるで真っ黒で、いや、真っ黒な何かが―詰まっている。


「え?」


歪んでいる。最初は何かと思った、目が慣れないから真っ暗に見えるだけなのかと思って―

目を凝らしてしまったから、『それ』としっかりと目があった。

丸くて丸くて丸くて丸くて白くて白くて白い目が、見ている。

黒くて曲がった体を押し曲げて、天袋に詰まっているそれは、更にもっと狭いものに何もかもを折り畳んでそうしてこちらを見ていたのだ。


仏壇だ。この黒い誰かは仏壇に折り畳まれて入っている。

肉が、押しつぶされて、へし曲げられて、入っている。

喉の奥で声が鳴った。だが実際には何も出ない、空気がヒュっと音をたてて、怖い、怖い怖い怖い、そう思うのに。余りの光景に思わずぎゅっと目を瞑ると、心臓の音が耳の奥で激しく唸る。

足を滑らせそうになって思わず目を開けると―もうそこには何もいなかった。


「それが先月の事なんだけど。」


ランチの時、不意に話はじめた同僚はそう締めくくった。


「先月って、」


その後も家に住んでるの?また出たりしないの?怖くない?

聞きたくて思わず彼女の顔をじぃっと見てしまったが、結局それは聞けずじまいになった。


「今でもそれが時々、湿気と共に出るの。そして私をじぃっと見るの、縋るような、もの悲しい目で。なんだかそれが病みつきになっちゃって、」


そう言って笑う彼女が、とても、恐ろしく感じて、私は言葉をとどめる事以外他―なかった。

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