後日談:残された者

 彼女といるときの自分は、それ以上ないくらい幸福だった。

 自分でも、それを自覚しているつもりだった。だから彼女の隣に座っている時、私は、悔いが残らないように行動を選択していた。


 だが『大切な物は失ってから気付く』というのは、言いえて妙だ。

 彼女が失踪して一ヶ月。私は学校に来たら、誰もいない机に目を向ける。

 そして、その度に、頭の中に後悔が駆け巡る。


「一言くらい、相談してよ」

 夕焼けに照らされた放課後の教室で、ポツリと吐き出す。

「私、小堂さんの味方になりたかった」

 もう言っても仕方ないこと。それでも自分は、毎日、ここで言葉を残していた。

「小堂さんは、私の味方になってくれたのに」

 初めて彼女と出会った日のことを思い出す。これも毎日のこと。



 初めて彼女から声をかけられたのは、自分が路上でプリントをぶちまけた時だった。

 割とよくあるミスだ。段差で躓いて、鞄を放り出して、その鞄のチャックを閉め忘れていて。それだけ。

『ちょ、随分ハデに転んだわね』

 そんな自分を見て、彼女は駆け寄ってくれた。

『手伝うわよ。アンタは周りの拾って、私は飛んでったの集めるから』

 そう言うと彼女は駆け出して、私より素早くプリントを集めてくれた。風に舞うそれすら、身軽なジャンプで回収していく。

『ほら。次から気を付けなさいよ』

「な、なんで……」

『なんでって、私ら同じ学校でしょ。困ってたら助けるわよ』

 彼女は表情を変えずに言い放った。当然のことでしょ、と言わんばかりに。


 その日、私は彼女に惚れた。

 ノロマな私と違って、彼女は運動も勉強もできる。しかも、自惚れることなく更に上を目指し続けている。

 そんな彼女に、私は憧れと恋心を抱いた。

 その性格が妹による影響だと知っても、この気持ちが変わることは無い。



「苺さん」

 声に出すと共に、膝が床につく。

 流れる涙を止めようともせず、私はその場で声をあげた。

「私、苺さんが……あなたが、大好きだった」



 一人の少女が教壇に座り、それを観測する。

「やっぱり、愛は素敵なもの」

 桃色の髪を揺らし、少女は微笑んだ。

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