第20話 私の悩み〈明莉視点〉

 私は10層から戻ってきた後、なんだかんだあって和真と一緒に女子寮に向かっていた。和真がついて来ているのは、私を女子寮まで送る為だ。

 外は夕焼け空で、橙色の光が私達を照らしていた。


「今日は本当にありがとう。和真がいなかったらどうなっていたんだろう」


「気にするな。俺はやるべきことをやっただけだ」


 そうは言うけど、あの時は本当に絶体絶命だった。


 脳裏に浮かぶ光景はとても恐ろしいもの。人が目の前で死んだ。Dクラスの人達が助かりたいが為に美琴ちゃんを犠牲にしようとした。

 何より……和真の胸が槍で突かれて倒れた時、私はした。大切な友達が死んだと思った。私の胸にズキズキと痛みが走った。


 それでも私はなんとか美琴ちゃんを守る為に前に出た。たとえ私が死んでも、美琴ちゃんだけは守るつもりだった。そんな、都合の良い話を考えていた。


 でも分かっちゃった。私じゃボスモンスターには敵わないことが、感覚的に理解してしまった。

 気が付けば私の体は震えていた。美琴ちゃんを守らなきゃいけないのに。……私じゃ美琴ちゃんは守れない。

 死ぬことが怖くて、美琴ちゃんを守れないのが怖かった。


 最終的に和真が倒してくれたけど、私は【ホープアップ】の支援で精一杯だった。


 そんな悩みが突然頭に浮かんできたのです。こうして私は、悩み続けていた。


「凄いよ、和真は」


 和真は凄かった。あの後復活して、剣を持ってボスモンスターを倒してみせた。

 彼は私に出来ないことを平然とやっている。ダンジョンに関する知識だって誰よりもあった。私はその知識に驚かされてばかりだった。


 対する私はどうだろう。今日のことを通して、足で纏いじゃないかと思った。私がいなくても和真は強くなれたんじゃないかな。

 ……私にしては随分と弱気な思考だなぁ。早く部屋に戻って寝れば、明日になれば元気になっているのに。

 でも、その前に、


「私は、和真に必要なのかな……」


 女子寮は目と鼻の先なのに足を止めてしまう。

 それは小声で呟いたことだった。弱々しくて、助けを求めている風な言い方だと思った。


「どうしてそう思う」


 和真に聞かれていた。正面から向かい合う形で話すことになる。


「私はあの時何も出来なかった」


「【ホープアップ】をしてくれたじゃないか」


「それしか出来なかった!」


 私はつい大声で叫んでしまった。そして俯く私。和真はどんな表情で見ているんだろう。あの時の悔しさが、もう戻ってこないかもしれない悲しさがフラッシュバックする。


「和真は、何でも出来て凄いよ。私なんか――」


 もう何を言いたいのか分からない。こんなこと、本音かどうかすら分からない。分かんない。分かんないよ。

 何か、とんでもないことを言う前に、頭に軽い衝撃が走った。……和真がチョップした。


「いたっ、何するの?」


「とんでもないこと言う前にチョップした」


「でも、私は――」


「何か勘違いしているみたいだから訂正させてもらうぞ」


「えっ?」


「俺は全知全能、何でも出来る訳じゃない。俺が他人より優れているのは戦う力だけだ」


 私は言葉に詰まる。和真は言葉を続けた。


「明莉は沢山の良いところがあるだろ」


「私に?」


「気付いていないならしょうがない。今それを言ってやるか」


 和真が口にした言葉は、私への褒め殺しだった。


「明莉はまず明るい。家での食卓を見て思ったことだが、明莉と話をしているお父さんとお母さんはとても明るかった。雰囲気を明るくする魅力が明莉にはある。

次は優しさだな。明莉は人を気遣う優しさがある。家族のことを知って美琴に謝ったのも、おにぎりを作ってくれたのも、明莉の優しさだ。優しいのに自分には厳しい。良いことなのかは分からないが、少しは自分にも優しくしろ。

最後は勇敢だな。明莉は勇気と強さがある。俺と一緒に初めてオークに挑んだ時、一緒に戦うと、仲間を見捨てないと勇気を出して決断した。秀明と対峙したのだって勇気だ。何より、今日だって美琴を守ろうと勇気を振り絞ったんだろ。明莉はどんな時でも、勇気と強さを持っているんだ。

それとも外見のことを言って欲しいのか。明莉は可愛いぞ。赤いサイドテールに黒のリボン。明るく元気な笑顔はとても似合っている。それに――」


「も、もうストップ!!!!」


 私は耐え切れずに和真の両肩を掴んだ。息が荒くて、顔も熱い気がする。心臓の鼓動がドキドキしている。まさかここまで和真が言うなんて思ってもみなかった。……恥ずかしい!


「これが明莉の良さだ。そして俺にはないものだ」


「和真……」


 落ち着いてきた私は和真と再び向かい合った。和真は真剣な表情で言葉を放つ。


「明莉は強くなれる」


「そう、かな?」


「明莉が自分自身を信じれば、諦めなければ強くなれる。……もっとも、俺と一緒にいたら嫌でも強くなってもらうぞ」


「……ふふっ、そうだね」


 私は自分自身を信じてみることにした。


 なんか、悩みなんか吹っ飛んじゃった。


「1つだけ言わせろ」


「なに?」


「悩んだら相談くらいしろ」


「うん、分かった」


 それを聞いた後、私と和真は女子寮の前まで進んで行った。


 女子寮に到着する。


「今日は色々とありがとう」


「友達だからな。悩みくらいは聞いてやる」


「そうだね。和真も悩みあったら力になるよ」


「そうか。その時は言う。……じゃあな、明莉」


「うん! また――」


 「またね」と言おうとした口が止まる。ここで私はとんでもないを思いついてしまった。

 やるかどうか迷った。だけど和真は今にも去りそうだった。……やろう。どれだけ恥ずかしくても。


「和真!」


「うん?」


 私は駆け足で和真に近付く。和真は振り返ってくれた。私は身長を補うように背伸びをする。そして――頬にキスを、しちゃった。


「!?!?」


「……さっきのお返しだよ、和真」


「……やってくれたな」


 和真の頬が赤くなっていた。多分私も熱くて赤いと思う。


「へへっ。またね、和真」


「嗚呼、またな、明莉」


 和真は今度こそ去って行く。来た道を戻るように。私も女子寮へ足を踏み入れる。いつも通りの私として。

 和真の隣が良い。私は、和真と歩んでいきたい。そう思った。


 そしてこれが私の初恋なのでした。





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