妹物アニメを一緒に観てから、ブラコン妹が俺を異性として意識し始めた件
荒井竜馬
第1話 シスコンとブラコンの兄妹
「お兄ちゃん、それでね~」
朝の登校時間。俺はいつも通り、中学二年生の妹の大野綾乃(おおのあやの)と学校に向かっていた。
高校一年の俺と綾乃が通う校舎は違うが、俺たちの学校は中等部から高等部まで同じ敷地内にあるので、一緒に通っているのだ。
俺と肩がぶつかりそうな距離で歩く綾乃に視線を向けると、綾乃は俺の視線に気づいたのか、小さく笑みを浮かべていた。
黒色のサイドテールに結んだ髪を機嫌よさげに揺らして、硝子細工のようなまつ毛に黒水晶のような瞳。
整った鼻梁に、可愛らしい小さな桜色をした唇。子猫を思わせる丸顔と少し童顔気味の顔つきが可愛らしく、庇護欲を掻き立ててくる。
俺よりも頭半個ほど小さな身長に、中学二年生にしてはしっかりと女性らしい体つき。
身内びいきなしで見ても、かなり整っている顔立ちと女の子らしいスタイルをしていると思う。
それこそ、どこに出しても恥ずかしくないくらい可愛い女の子――いや、どこにも出す気はないけどな!
「あっ、おはよう拓馬(たくま)。相変わらず、兄妹仲良しだね」
「おう、俺はシスコンだからな」
「えへへっ、そんな私はブラコンなので」
兄妹仲睦まじく登校をしている道中。俺たちを見つけた幼馴染の西野春香(にしのはるか)は小さく手を振りながら、そんなことを口にしていた。
栗色のショートカットに透き通るような瞳。綾乃と身長は変わらないのに、綾乃よりも凹凸が少ない体つき。
微かに釣り目がちな目元も、人当たりの良い性格が重なればギャップになるらしく、クラスでも人気のある女の子。
春香とは昔からの幼馴染で兄妹そろって仲が良いので、よく三人で登校を共にする間柄だった。
俺たちの家と春香の家の中間地点。公園の前の木陰で合流して登校をすると、俺の隣に並んだ春香は微かに呆れるような笑みを浮かべていた。
「二人揃って公言するのが凄いよね」
「いや、普通に考えてみろって。こんな可愛い妹がいて、シスコンにならないはずがないだろ?」
「やだ、お兄ちゃんったら。白昼堂々恥ずかしっ」
そんなコントのようなやり取りをする俺たちを見て、春香は見飽きたもの見るかのように、ジトっとした目でこちらを見つめていた。
「あっ、春香ちゃんがお兄ちゃんに意味ありげな視線を向けてる! 春香ちゃん相手でも、お兄ちゃんは渡さないからねっ!」
「安心しろ綾乃。俺の妹は昔も今も、綾乃一人だけさ」
「……ずっと二人を見てきた私だから何とも思わないけどさ、綾乃ちゃんに彼氏ができない原因は拓馬にあると思うよ」
「綾乃に彼氏だとぉ! そんなのお兄ちゃんが許すわけないだろ!」
小さい頃からずっと手塩にかけてきた妹だ。生まれた時から今までずっと一緒にいた俺を差し置いて、他の男が綾乃を奪っていくなんて、そんなのNTR以上の脳破壊だ。
朝からなんてものを想像させるんだ、この幼馴染は! 赤い血が通っていないんじゃないのか?!
「綾乃、お兄ちゃんがいてくれれば、それだけでいいのっ」
「俺も綾乃がいれば、他は何もいらないさっ!」
わざと体をくねらせる妹と、低い声決め声で妹を口説く演技をする俺に対して、春香は白けた目を向けていた。
朝からテンションが高いと思うかもしれないが、これが俺たちの日常なのだ。
即興劇とまではいかないまでも、こんな馬鹿げたようなやり取りが心地よくもある。
「まぁ、私は本気で言ってないのが分かるからいいんだけど」
「春香ちゃん! 私のお兄ちゃん愛を疑うって言うの?!」
「春香! 俺の妹への愛を疑うのか?!」
「いや、いいや。今の発言で十分に分かったから」
春香は俺たちの発言を聞くと、ため息を一つ吐いて何かに納得したような笑みを浮かべていた。
いや、納得というよりも諦めたような表情か?
「今の一瞬で、俺の綾乃への気持ちが分かるはずがない。今から俺が妹の可愛い所を100個言うから、それをしっかりと聞いてくれ」
「お兄ちゃんっ……じゃあ、私は200個言わないとだね」
「やめて。朝から胃もたれになるから」
そんな春香の制止を振り切って、俺が綾乃の可愛い所を30個言ったあたりで、本格的に春香に話の続きを拒絶されてしまった。
ちくしょう、残りの70個を言えなかった。
そんなふうに他愛もない会話をしていると、あっという間に校門の近くまでついてしまった。
綾乃とはここでお別れ。中等部と高等部ではトラブルを避けるためとかで校門が別にあるのだ。
「それじゃあ、お兄ちゃん! また放課後にね!」
「おう、またな!」
元気に手を振る妹の姿に応えるべく、俺も大きく手を振って妹とのお別れを済ませて、高等部の校門へと向かって行った。
そして、高校の校門をくぐるタイミングで、突然制服の袖を引かれた。
何だろうかと思って振り返ってみると、春香が少しだけ申し訳なさそうに眉をハの字に曲げていた。
何か言いたげな表情。さすがに、幼馴染を長く続けているだけあって、春香が意味もなく俺の袖を引く女の子ではないことは分かっていた。
「どうした?」
「ねぇ、少しは本気で春香ちゃんとの距離考えてもいんじゃないの?」
「距離を考える?」
「なんで分からないかな。兄妹で距離が近すぎるって話」
「またその話か」
高校に上がってから、春香は時折俺と綾乃の距離間について指摘することが増えてきた。
春香が小学生の頃は別に気にしていなかったはずなのに、去年ぐらいから少しずつ俺たちの距離を気にするようになってきたのだ。
「別に、これが俺たちの距離間だからなぁ」
俺だって俺たち兄妹の距離間が普通とは違うことは分かっている。それを自覚しながら、俺たちは互いに距離を取ろうとしなかった。
兄妹仲が良いことは良いとされているのに、なぜ急に年頃になったら離れなくちゃならないのか。
俺は未だにそれが分からなかった。
両親が共働きで夜遅くまで帰ってこない我が家では、俺たちは助け合う必要があった。自然と普通の兄妹よりも仲良くもなるというもの。
仲が良いに越したことはないし、仲が良い方が両親は喜んだ。
俺たちの仲が良いことは両親も知っているし、そこについて指摘をされたことはない。むしろ、少し喧嘩をして話さなくなったりする方が心配するくらいだ。
そんな環境であんな可愛い妹が側にいれば、溺愛してしまうのも仕方がないというものだろう。
つまり、俺のシスコンはなるべくしてなったのだ。
「……間違いだけは犯さないようにね」
「間違い?」
「だから、兄妹なんだから一線を超えないようにってこと。血が繋がってるんだからね?」
春香は俺に注意をするような口調でそんな言葉を口にした。何かを疑うような視線を向けられ、俺はその視線を鼻で笑うようにいなした。
何を心配しているのかと思ったら、そんなことか。
「ふっ、一線を超える? 俺たちは兄妹だぞ? 血どころか同じ屋根の下で生まれるという運命で繋がっている俺たちに、そんな一般論は通じない。妹として生涯愛することを誓おう」
確かに我が妹は可愛い。それでも、俺は綾乃のことを妹として愛している。世間一般的な恋心などという俗物と比べられないほど深い愛。
そう、兄妹として愛して綾乃を愛しているのだ。
それを恋愛感情などと勘違いするとは、付き合いの長い春香もまだまだだな。
俺が自慢げに言葉をつらつらを述べていると、春香はまるで俺が分かっていないと言いたげにため息一つ吐いて、言葉を続けた。
微かに神妙な顔つきになった春香の横顔が、どこかいつもと違う気がした。
「女の子ってさ、ちょっとしたきっかけで恋に落ちたりするんだから。ちゃんとお兄ちゃんが気をつけてあげなよ」
「……急に乙女なこと言ってどうした?」
「乙女が乙女なこと言って何か悪いかな?」
「いや、はははっ、そうだよな。うん、春香さん超乙女」
何か背中に禍々しいオーラのような物が見えた気がしたので、俺は誤魔化すように視線を逸らしたのだった。
そんな俺の態度を良しと思わなかったのだろう。下駄箱を力強く閉めた様子からそれを察することができた。
いや、幼馴染としてずっと一緒にいると、あんまり異性としての感覚がなくなるんだって。
こればかりは仕方がないことだろう。
そして、それは幼馴染以上に妹に言えることだった。
「ちょっとしたきっかけ、ね」
仮にそんなきっかけがやってきても、俺たちには関係のないことだろう。
これまでずっと同じ屋根の下で生きてきて、綾乃のことを異性として意識したことはない。当然だ、だって妹だからな。
血の繋がった妹。異性以前に家族としての存在。
そんな妹を溺愛していても、それが恋愛感情などになることはないと確信していた。
だから、気づけるはずがなかったのだ。そのきっかけというものが、すぐ近くに迫っていたということに。
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