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 パールグレーに染まった髪をお団子状にひとまとめにした老婦人は、続けて言う。

「リーモス・ルイドは、私の主人ですが……」

「おばさまの旦那さん?」

「はい。私は、マリー・ルイドと申します。リーモス・ルイドは私の夫です。とは言っても、リーモスは先日亡くなりましたが……。それでリーモス・ルイドの日記帳って、これのことだと思うのですが」

 マリーさんは、鞄の中から一冊のノートを取り出した。表紙にはダイアリーと記されている。確かに日記帳みたいだ。

「これは主人が綴っていた、ただの日記よ。怪盗ニプルは、どうしてこんなものを欲しがるのかしら」

 マリーさんから怪盗ニプルのことも聞いた。ニプルは大胆不敵な大怪盗で、よく新聞の紙面を騒がせているんだって。ニプルが盗む物は、盗品や悪人たちの物ばかりで、盗んだ物も貧しい人たちへの施しのために使っていると噂されている。

 ニプルのターゲットは悪者だけど、リーモス・ルイドさんも悪い人だったのかな? マリーさんとは知り合ったばかりだけど悪い人には見えないし、そんなマリーさんの旦那さんも悪い人とは思えないんだよね。

 と、今はその話は置いておいて。どうしてニプルがルイドさんの日記を狙っているかだよね。

「気になることが、もう一つあるの。この日記帳にも予告状に使われたものと同じ、トランプのハートのセブンが挟まっていたの」

 マリーさんは日記帳を開くと、中から一枚のカードを取り出して見せた。マリーさんの言う通り、ニプルの予告状にも使われていた物と同じハートのセブンだ。

 偶然? ううん、そう考える方がむずかしい。だって普通、日記帳にトランプのカードなんて挟むかしら。その上、トランプは全部で五十二枚、ジョーカーを含めたら五十三枚もある。絵柄と数字まで同じ物が偶然使われたとしたら、約〇.〇〇〇四パーセントの確率だ。

 この謎も、ニプルがルイドさんの日記帳を狙っている理由も分からないけど、ニプルは欲しがっている。そして、こんな予告状を出すのは本人だよね。

 ニプルは、この汽車の中にいる──!

 辺りを見回すと数人の姿が目に入る。あの灰色のスーツの男の人かな。でも二人組だ。怪盗と言ったら一人よね。だったら新聞と睨めっこしている紳士的なおじいちゃん? うーん、ニプルは変装の名人らしいから、あの綺麗なお姉さんに変装しているかも。

 どの人も怪しく見える。それに列車に乗っているのは、ここ、一等席の人たちだけじゃない。他の車両に移動しちゃったかも。

 あれこれ考えていると、「話は聞かせてもらった!」と通った声が私たちに注がれた。日記帳から顔を上げると、鹿撃ち帽に袖なしで、裾が二重のインバネスコートをまとった男の人が私たちの横に立っていた。二十代前半くらいの、幼さの残る顔をした人だ。

 彼は、ふふんと鼻息荒く、

「僕はメルヨシ・クッロルエ。自分で言うのもなんだが、泣く子も黙る名探偵だ!」

と背中を軽く反らしながら言った。

 名探偵と言ったら、シャーロック・ホームズや明智小五郎よね。でも、このメルヨシは、人を見た目で判断したらいけないけど、威厳が感じられないというか、名探偵には見えなくて。レオも、「はあ?」と怪訝な顔をしている。

「君たちは、なんて幸運なんだ! なぜなら、この名探偵が乗り合わせたのだからな」

 メルヨシは、勝手にレオの隣に座り込む。レオが文句を言うけど、メルヨシは席を立たない。諦めたレオは、代わりに尖らせた口先を開いた。

「自分で名探偵って言うぐらいだから謎は解けたんだろ。なんでニプルは、日記帳を狙っているんだ?」

「この日記帳には、ずばり、お宝の隠し場所が示されているんだ!」

「宝だあ?」

 レオは、また素っ頓狂な声を出した。メルヨシは、やっぱり気にしてない。席を立ち上がると通路を行き来しながら、とうとうと語り出す。

「リーモス・ルイドと言えば、この国きっての大富豪だ。そんな富豪が残した日記帳が、ただの日記な訳がない。そう、莫大な財産の隠し場所が記されているんだ」

 メルヨシは背を反らして言い放つ。しかしマリーさんは困惑顔を浮かばせる。

「夫が残してくれた財産なら、もう相続しましたよ。莫大かは分かりませんが……。あっ、でも遺言状に、この日記は必ず私に渡すよう記されていたそうです」

「それで、その莫大な財産の隠し場所はどこなんだよ」

「まあ、まあ。落ち着き給え、ワイルソンくん」

「誰がワイルソンだ。それより早く教えろよ」

「ふっ、ワイルソンくんは気が短いなあ。謎を解く鍵は、ずばり、このトランプのハートのセブン……、つまりセブンアップだ」

「セブンアップ?」

 セブンアップと言えば、トランプゲームの一つよね。イギリスの伝統的なゲームで、オール・フォーズとも呼ばれている。切り札とカードの種類で得点を得て、カードの点数を競うポイントトリックゲームだ。

「セブンアップとこの日記帳と、どう関係があるの?」

「まだ分からないのかい、ミス・アリス。日記帳の、セブンアップのことについて書かれているページに財産の隠し場所が記されているのさ!」

 メルヨシは腰に手を当て得意気に言うけど、

「でも夫はギャンブルは大嫌いで。トランプ遊びは全くしませんでした。日記にもトランプに関する記述は一切ありませんでしたし……」

「違うみたいだぞ」

 レオがはっきり言うと、今度はメルヨシが、「あれえ?」と素っ頓狂な声を出した。

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