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「よーし、そうと決まればメルキアデスを見つけて、もう一つ鍵も手に入れないとね。でもハンプティ・ダンプティは、どうしてレオの国を滅ぼしたの?」

「ヤツらも狙ってるからだ、メルキアデスの書を。ヤツらが話しているのを聞いたんだ。メルキアデスの書を手に入れて、アイスクリームの皇帝に捧げるって」

 アイスクリームの皇帝? その人が、ハンプティ・ダンプティのボスなのかな。そこまではレオも分からないみたい。だけど、きっとそうだ、と私の意見に同意する。

「どうしてメルキアデスの書を欲しがっているかまでは分からなかったが、ヤツらはこれを手に入れようとしてハート国を襲ったんだ。この時計──、メルキアデスの魔力を追える時計だ」

 レオは首から下げていた時計を手に乗せて、私の方に差し出す。金色の、見た目はただの懐中時計だ。ボウの部分には時計と同じ金色の鎖がついている。

「あっ、そっか。だから時計の光が私の鍵を指し示したのね。この鍵には、メルキアデスの魔力が宿っているから」

「ああ。だから、てっきり現の世界にメルキアデスがいると思ったんだけどな。でもツイてることに、この世界のどこかにメルキアデスがいる」

「えっ、本当!? メルキアデスがいるの?」

「時計がこの世界の扉を指し示していた。一つ気がかりなのは、ハンプティ・ダンプティも、この世界と通じている扉に気付いて追いかけて来ているかもしれない」

「うそっ!? それじゃあ、見つかる前に逃げないと」

「そうだな。前まではオレのこの時計だけが目当てだったが、お前の鍵が本当にマコンドの間の鍵なら、間違いなくお前も狙われるだろうしな」

「そんなっ……!?」

 私は鍵を握り締める。この鍵は、私とメルキアデスを繋ぐ唯一の物。もし取られたら、そしたら二度とメルキアデスに会えなくなっちゃうかもしれない。それにレオとも約束をした、一緒にマコンドの間に行くって。

 そんなの、絶対に嫌だっ──!!!

 心の中で叫んでいると、

「やっと見つけた」

 飄々とした声が響き渡った。私とレオは、顔を強張らせて振り返る。

 視線の先に小柄な青年が立っていた。水玉模様の蝶ネクタイを付けていて、赤毛色の頭には大きなシルクハットを被っている。その帽子には、『一〇シリング六ペンス』と書かれた値札がついている。

「カーター!」

 レオは帽子男を見て、嬉しそうな声を上げた。

「安心しろ。カーターはハート国の住人だ。

 よかった、お前だけでも無事で。でも、どうしてここにいるんだ?」

「レオを追って来たからだよ。オイラは国外れにいたから助かったけど、大変なことになったじゃないか。だけどレオも無事だと知って追いかけて来たんだ。それよりレオ、マコンドの間の鍵を見つけたんだって?」

「ああ。鍵ならあそこにあるぜ」

 レオは私のことを指差した。カーターは私の鍵が目に入ると、にっと、なんだか嫌らしい笑みを浮かべさせた。

 なんだろう、嫌な感じだ。カーターは、ずいずいと私に近付いて来る……って、ちょっと近過ぎない? なんて思っている間にもカーターは私に向かって手を伸ばし……。

「きゃっ……!?」

 鍵に触れられそうになったけど、体を逸らしてその手をかわした。

「カーター!? なにしてるんだ」

「なにって、鍵を手に入れるんだよ」

「奪い取らなくてもアリスはオレたちの協力者だ。国を復興させるのに力を貸してくれる」

 レオは言い聞かせるけど、カーターは今までのおどけていた表情から一変、鋭い瞳で私たちのことを見つめる。

「レオ、お前の時計も寄越せ」

「なんだって……?」

「いいから鍵と時計を寄越せ」

 カーターは冷ややかな声で繰り返す。彼の背後から、バタバタと忙しない音が響き出し、先程の黒スーツの男たち──、ハンプティ・ダンプティが、ずらりと現れた。

「ハンプティ・ダンプティが、なんで、お前と。まさかハート国にヤツらを手引きしたのは……」

「ああ、オイラさ。手引きすればオイラのこと、高い地位で迎えてくれるって言うからさ」

「そんな理由で国を売ったのか!?」

「レオだって、その目で見ただろ、ハンプティ・ダンプティの軍事力を。彼らの生物兵器──、トロイメライは、一瞬の内に国中の人々を深い眠りへと落とせるんだ。アレを食らったら二度と目を覚さない。トロイメライの解毒剤はないんだ、国民たちを目覚めさせる方法はない。そんな相手に敵う訳ないじゃないか。だから時計と鍵をオイラたちに渡しな」

「ふざけるな、誰が渡すもんか! オレは絶対に国を復興させるんだっ!」

「ぷぷっ、国を復興させるだあ? ばっかじゃねーの! さっきも言ったろう、トロイメライの解毒剤はないって。そんな叶わない夢なんか見てないで現実を見ろよ。今ならレオのこともいい待遇で迎えてくれるってよ」

 ふははははっ、とカーターは嘲笑を上げる。すごく不快な音だ。

 その音色に私の頭は、ぐつぐつと煮えたぎって……。

「ちょっと、あなた! さっきから黙って聞いていれば、人の夢をバカにして。あなたの夢は?」

「夢だって? そんなもの、ないよ」

「夢を持ってないの? あなたは夢がないのに、人の夢をバカにするの? 人のことをバカにする暇があるなら自分の夢を探しなさいよ。それから、いいこと? これだけは覚えておきなさい。人が想像できることは、必ず人が実現できる──。未来を思い描けるレオに、人のことを侮辱することしかできないあなたが、絶対に敵う訳ないんだからっ!!!」

 瞬間、私の胸の辺りが急激に光り出した。あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。私は原因のものを手探りで掴み取った。光の源は、あの鍵だ。

「僕の見込みは間違ってなかったようだね──」

 え……? 突然、空から声が降ってきた。顔を上げると、うそ……。なぜか男の子が逆さまな状態で宙に浮いていた。

 男の子の瞳と私のそれとが、宙の一点を通してまっすぐに絡み合った。

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